エピローグ あなたでなくては
盛大な勘違いの末に一世一代の愛の告白をしたついでに罪の告白までする羽目になったメリッサ・ラミレスさん。
レグランには振られ、見下していた私に温情をかけられたと知って彼女が力なく項垂れた丁度その時、私はレグランのオフィスのドアを開けた。
「お邪魔します。……あら、ホントにお邪魔だったかしら?」
「リオナ」
レグランが席を立ち、私の元へとやって来る。
「お話中?出直した方がいい?」
私が室内の重い空気を察してそう言うと、レグランはさらっと答えた。
「大丈夫だ。丁度話が着いたところだよ」
「そうなのね」
ちらりとラミレスさんの方へと視線を向ける。
彼女はなんとも言えない表情を浮かべていた。
するとミライザさんが私に声を掛けてきた。
「リオナ、急にどうしたんだい?実家で羽を伸ばしてたんじゃないのか?」
「ええ、ちょっと報告があって……あら?ミライザさん、それ私のワンピース?」
ミライザさんが見覚えのあるワンピースを着ているのを見て、私はそう訊ねた。
「ああ、勝手に服を拝借してすまないね。だってグライユルが私にリオナを変身しろと言うから」
「私に変身?よく分からないけどとってもよくお似合いだわ。……やだふふふ、私のマキシ丈のワンピースがミライザさんが着るとミモレ丈になるのね」
持ち主よりも素敵に着こなすミライザさんを見て笑う私に、ミライザさんが言った。
「変身を解いたら元の身長に戻るからね」
「素敵だわ。とてもよく似合ってる」
惚れ惚れとしてミライザさんを見る私にレグランが少し心配そうに訊ねてきた。
「それで報告とは何だい?何か急を要する事が起きたのか?」
「だって早く貴方に伝えたくて……」
私はなんだか急に恥ずかしくなってモジモジしてしまう。
「うん?」
不思議そうに私を見るレグラン。
側にはミライザさんもラミレスさんも居るから、私はつま先立ちになりこっそりと夫に耳打ちをした。
少し屈んで私の方に身を傾けたレグランの目が見る間に大きく見開いてゆく。
そして私に向き直り、両肩を掴まれる。
「リオナ……本当に……?」
「ええ。お医者さまが間違いないって」
「っ…リオナ、リオナっ……!」
レグランはそう言って私を勢いよく抱き寄せた。
だけどその力は優しく、包み込まれるような心地だ。
ラミレスさんがじと目でこちらを見ているような気もするけど気にしないでおこう。
そして私を抱きしめながら、レグランが言葉を漏らし続ける。
「嬉しいよっ……!リオナ、ありがとう、ありがとう!」
「ふふ。私の方こそありがとう、レグラン」
「いや、礼を言うのは間違いなく俺の方だよっ」
「私だってお礼を言いたいわ」
「ああ……リオナ!」
私たちのやり取りを見て…というかレグランの様子を見て、ミライザさんもラミレスさんも驚いた表情を浮かべている。
「……珍しいものを見た……グライユル、キミでもそんな感情を曝け出す事があるんだな」
ミライザさんがそう言うと、ラミレスさんも無意識に何度も小さく頷いた。
「これが喜ばずにいられるかっ」
レグランがそう返すとミライザさんが私たちに訊いた。
「一体何がどうしたのか訊いても?」
レグランが私を見る。私が笑顔で頷くと、彼は私の肩を抱いてミライザさんに告げた。
「俺たちに子が出来た」
「「えっ!?」」
ミライザさんとラミレスさんが同時に声を発した。
私が言葉を継いで説明をする。
「以前から悪心を感じていたんだけど、食べ過ぎかもしくはストレスだと思っていたの。でも月のものが遅れていることに気付いて……それで実家の近くにある産院を受診したのよ」
「そこで妊娠を告げられた?」
ミライザさんの言葉に私は頷いた。
「ええ。妊娠十一周目ですって」
「なんて素晴らしい!リオナ!グライユル!おめでとう!」
私の言葉を受けて、ミライザさんが大きく破顔してそう言ってくれた。
「ありがとうございます……!」
「ありがとう」
「二人の愛の結晶だなっ!なぁ?ラミレス?」
純粋な気持ちでそう言ったのか、それとも横恋慕で新婚家庭を引っ掻き回したラミレスさんへの戒めなのかは分からないけどミライザさんがそう言うと、ラミレスさんはもう何度目か分からないほどガックリと項垂れた。
それはもう、首がもげるんじゃないかと心配になるほどに。
そんな彼女にミライザさんが言う。
「これでいよいよ諦めがついたろう。グライユル夫妻は愛し合っていて、二人は子供を授かった。そこにキミも他の誰も入り込む事は出来ない。浅はかな勘違いは捨てて心機一転、私の下で働きなさい。こき使ってあげるから」
「うぅっ~~~……!」
そう悔しそに、そして悲しそうに小さく唸るラミレスさんを見て、ミライザさんは大笑いする。
「あははははっ!!素直に負けを認めろ!人生は長いんだ!もしかしたらキミにも素敵な出会いがあるかもしれないぞ?」
「うぅっ~~~……!」
「あははは!さぁお邪魔虫はさっさと退散だ!キミは自分のデスクやロッカーを片付けて本省を引き払う用意をしなさい」
とそう言ってラミレスさんの首根っこを掴んでレグランのオフィスを出て行った。
最後までラミレスさんの「うぅっ~~~……!」という唸り声が聞こえていたけど。
そして二人きりになった室内でレグランが言う。
「リオナ……本当に嬉しいよ。今度こそ、今度こそ必ずキミもお腹の子も守ると誓う……」
「レグラン?」
「……リオナ……本当にすまなかった。ラミレスがキミに不遜な態度を取り、誤解を助長するよう言動を繰り返していた事に気付かず……キミを守れなかった。どうすればいい?どうすれば俺はキミに償える?」
「まぁレグラン、貴方まだそんな事を気にしていたの?昨日も散々謝ってくれたじゃない」
「そんな事ってリオナっ……」
「だって、ラミレスさんってホントに巧かったんでしょう?私もまんまと彼女にのせられて貴方にも父にも相談しなかったし。意地になっていたのもあるし。貴方だけを責められないわよ」
「だがそれを、俺は夫として悟るべきだったんだ……」
「えー……そんな超人みたいな事、普通の人には無理よぅ」
「いやでもしかし……」
「でもね、貴方は無意識だったかもしれないど、ここぞというところで私を救ってくれていたのよ?」
「……ここぞという時?」
「そう。結婚式で最初にマウントを取られた時、私との新婚旅行を一生に一度の大切な時間だと言ってくれたわ。それに嫌いな食べ物が分かった時も私のおかげで好き嫌いが無くなったって言ってくれた。そして本当にもう無理だと思った時、直ぐに私を探して迎えに来てくれた。私を包み込んで直ぐに連れ帰ってくれた。貴方は無意識にラミレスさんからのマウントを撃退してくれていたの。だから私はラミレスさんに負けたくないって、貴方を取られたくないって戦えたのよ?」
「リオナ……」
「それに結局は私のために行動してくれたじゃない」
「リオナ、キミは優しすぎるよ」
「ふふ、私は聖母みたいなんでしょ?」
「ああそうだ、そうだよ。キミは本当に優しくて温かい、素晴らしい女性だ。そして今は本当に聖母になったな……」
「まぁ、ふふふレグランたら。でもそうね、どうしても私に償いたいと言うのなら、産後は育休を取って欲しいわ」
「育休?」
「ええ。無理にとは言わないけど、赤ちゃんと私と貴方と三人で蜜月のように過ごせる時間が欲しいの。だって新婚当初から大忙しだったし、貴方はこれからどんどん出世して今以上に忙しくなっていくでしょう?だからせめて第一子が生まれた時くらいは水入らずの時間が欲しいの」
「わかった!必ず!必ず育休をもぎ取ってみせる!」
「でも無理はしないでね?貴方を追い詰めたい訳じゃないから」
「無理じゃない、生まれた子供と過ごせるなんて一生に一度の大切な時間だよ」
「ふふ。前と同じ事を言ってくれるのね」
「リオナ、俺はキミとだからこうして幸せでいられる。俺の妻はキミじゃないと務まらないよ」
真剣な眼差しを私に向けてそう言うレグランを見て、私も彼を見つめかえす。
「私もよレグラン。私も貴方とでないと幸せにはなれない。他の誰でもない、貴方だけ。貴方だけを愛してる」
「リオナっ……俺もキミを、キミだけを愛してるっ……」
互いにそう想いを伝え合い、私たちは互いを抱き寄せた。
身を寄せ合う私たちの中心には宿ったばかりの命があり、まるでそれを二人で守り慈しむかのように私たちは抱きしめ合った。
それからすぐにラミレスさんはミライザさんのいる地方局へと転属となった。
本当は新年度からのはずが異例のスピードで即異動となった裏には、私と彼女のいざこざを知った父とレグランが影で動いたからだと、ミライザさんがこっそり教えてくれた。
魔法省きっての、一人一人が御局様級の女性職員たちに厳しく指導され、ラミレスさんは半べそをかきながら新しい部署で頑張っていると思う。
時には本当に廊下で泣いている事もあるそうだけど、それでも辞めずに食らいついて仕事をしているのだから見上げたものだとミライザさんが言っていた。
きっと彼女も、いつかは彼女の想いに応えてくれる唯一無二の男性と出会えるといいなと思う。
この人の代わりは何処にも居ない。
この人でないとと思える人に。
年下の私がかなり偉そうに上から目線で言っているなとは思うけど、彼女にはそれなりに苦労させられたんだから、そのくらいの態度は許されるわよね?
そしてあっという間に産み月になり、私は笑っちゃうくらい実家の父にそっくりな可愛い男の子を出産した。
レグランは私との約束通り、魔法省の男性職員には珍しい育休を取って私と赤ちゃんのお世話を焼いてくれた。
レグランを皮切りに次々と育休を取得する男性職員が増えて、その流れから少しずつ省内で働き方改革が推し進められているそう。
ブラックで有名な魔法省が、これで少しでも変わってくれるといいのだけれど。
こうして私は波乱の新婚時代を経て、今では立派な母親であり妻となった。
あの時、私が妻でなくてもいいだろうと、夫の手を離さなくて本当に良かったと思う。
だからこそ、今の幸せがあるんだもの。
そして新たな幸せも。
母親の勘というか、なんとなく次はレグランにそっくりな可愛い女の子のような気がする。
その勘が当たったかどうか、その結果が分かるのはきっともうすぐ。
終わり
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これにて完結です。
今作もお付き合いありがとうございました!
(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)ペコリ♡...*゜
さて、次回作ですが、片付けてしまいたい仕事がありまして。
そちらを優先させますのでしばらくお休みを頂きます。
しばらくがどのくらいになるかは分からないのですが、目処が立ち次第投稿を開始したいと思います。
タイトルは
『婚約者が魅了にかかりやがりまして』
(タイトル変更の可能性アリ)です。
タイトルまんまですね。
王女の護衛騎士となった婚約者がその王女に魅了を掛けられて変わってしまった事により、踏んだり蹴ったりの苦労を強いられるヒロインのお話です。
投稿する日が決まりましたら、Xとアメブロ、そして著者近況でお知らせします。
どうぞよろしくお願いいたします。
(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)ペコリ♡...*゜