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レグラン・グライユル (レグラン視点)

「私は室長に、ずっと告げたかった言葉があるんです」


長年共に魔法省で働いてきた部下であるメリッサ・

ラミレスが徐にそう言った。


このタイミングでか…と内心思いながら言葉を返す。


「……告げたかった言葉とは?」


するとラミレスは小さく深呼吸をひとつして、やがて意を決したように目を大きく見開き告げた。


「私、グライユル室長の事が……ずっと、ずっと好きだったんですっ……!」


まるでわざと外に聞こえるように彼女は大きな声でそう言った。


少し前までの俺なら、突然の告白に正直度肝を抜かれて唖然としていただろう。


だってラミレスの事は仕事上の部下、もしくは後輩という目でしか見てこなかったのだから。


俺はこう言ってはなんだが昔から何故か女性に言い寄られる事が多かった。

擦り寄ってくる女性は皆、むち打ちか?と問いたくなるほど首を傾げて上目遣いで媚びを売ってくる。


ラミレスは一度もそんな仕草をした事もなければ耳障りな甘ったれた声で話しかけられた事もない。


いつもミスも無く淡々と仕事をこなし、職務に誠実に副官として支えてくれていた。

だからそんな彼女が俺に恋情を抱いているなんて思いもしなかったのだ。


単に俺自身がラミレスを部下としか見ていなかったからそれに気付かなかったとも言えるが……。


その事について同期入省のミライザ・リッテルには朴念仁だの恋愛ポンコツ野郎だの散々な言葉を投げかけかれたがそれも仕方ないだろう。

今まで本気で好きになれる女性に出会えず、かといって適当に女性と付き合う気にもなれず、交際経験が一度もなく生きてきたのだから。


そう。俺にとって女性は勝手に擦り寄ってくる化粧臭い女性か俺に興味がなく仲間として接する事の出来る女性かの二種類だった。


そんな俺に人生がそのままひっくり返るほどの転機が訪れた。


「グライユル。私の娘のリオナはな、可愛くて優しくて料理上手で何処に出しても恥ずかしくない自慢の娘なんだ。本当は何処にも嫁に出さずに一生手元に置きたいが、まぁお前になら任せてやってもいい。どうだ?一度会ってみるか?」


ある日、上官であるトレア法務部長にそう言われた。


世にいう見合いというやつだろう。

本省のお偉いさんから時々縁談を持ち込まれたが正直面倒くさくてこれまでずっと断っていた。

トレア部長に話を持ち掛けられた時も本当はあまり乗り気ではなかったのだ。


とくに結婚に興味もなかったし正直仕事が忙しくて女性と付き合う時間などない。


しかし敬愛するトレア法務部長が溺愛していると有名なお嬢さんを俺になら任せられると言ってくれた事が単に嬉しく、一度だけなら会ってみてもいいだろうと思ったのだ。


聞けば二十歳前の若い娘さんだ。

七つも年上でなんの面白みもない男と結婚なんて無理だと断られるだろう、そう思って見合いの話を受けてトレア法務部長の娘であるリオナと会った。


「はじめまして。お父上には大変お世話になっております。魔法省特別監査室室長、レグラン・グライユルです」


「はじめまして。こちらこそ父がいつもお世話になっております。娘のリオナ・トレアと申します」


なるほど。

トレア部長が自慢するだけの事はある。


若くて可憐な可愛らしいお嬢さんだが、不思議と大人びた落ち着きを感じる。

笑顔が自然で言葉遣いも丁寧で柔らかい。

声も高過ぎず低過ぎず、とても耳に心地よく響くのだ。

それに相手の話をきちんと聞き、それに対しての受け答えも実に気が利いていて話しやすい。


これは……困った……出会ったばかりの彼女なのに、すでに良いところがスラスラと言える。


どうしよう。

彼女を……リオナという女性を知ってしまった。

今まで出会った女性たちとは明らかに違う素晴らしい女性だ。


どうせ断られるだろうに。

こちらは七つも年上なの、ろくに恋愛経験もない、つまらないオッサンなのに。


顔合わせの後はお決まりの「あとは若い者同士で」と言われ、二人で庭を歩きながら悶々とそんな事を考える俺に彼女は言った。


「ごめんなさい。父が無理を言ったのではないですか?こんな子どもが見合い相手なんて、申し訳ないです」


「とんでもない。こちらこそこんなおじさんで申し訳なく思っています」


俺がそう返すと、彼女は…リオナは小さく首を振ってから告げた。


「グライユルさんはおじさんではないですよ。とっても素敵な大人の男性で、私、お会いしてドキドキしてしまいました」


そう言ってはにかんで微笑むリオナを見た瞬間、俺の心は決まった。

彼女に結婚を申し込もう。

断られるかもしれないけど、リオナに選んで貰えるよう努力しようと。


そして俺はその日の内にトレア部長に「お嬢さんと結婚させて下さい!」と願い出た。


部長はまさか俺がこんな早くに結婚を決めるとは思っていなかったようで戸惑った顔をしたが、何度も頭を下げてリオナと結婚したいと頼み込んだ。


やがてトレア部長は「リオナがうんと言うなら」と言い、俺からの結婚の申し込みに「私でよろしければ」とリオナが返事してくれた事により俺たちの結婚が正式に決まった。


とにかくそれからはもう、早くリオナを妻にしたくて破竹の勢いで事を押し進めた。


そして異例の速さで入籍と結婚式に持ち込んだのだった。


その裏で副官であるラミレスが密かに絶望していたなどと知る由もなく。


そして顔を合わせる度に妻となったリオナに対し、ラミレスが精神的に圧をかけ不快にさせる言葉を吐いていたなど全く知らなかった。

俺がそこに居ないタイミングで。

俺に知られないようにこそこそと。


尚且つラミレスは俺の前ではリオナに好意的な事を言っていたのだ。


「リオナさんは若くて可愛らしい方ですね」


「トレア法務部長にそっくりでしっかりとした方ですね」


ラミレスはその言葉の裏でリオナに俺の妻として相応しくないような発言をしていたというのだ。


これはミライザ・リッテルの憶測によるものだが、彼女が我が家に滞在した朝に偶然目にしたリオナとラミレスのやり取りで(おおよ)その事を察したそうだ。


それなのにリッテルはそれを俺に話そうとはしなかった。

ラミレスの転属について、丁度本省に来ているリッテルと直に人事部長と話をつけようとした席でも彼女はそれを俺に話そうとはしなかったのだ。


その時、妙な違和感を感じ、人事部長との話が終わって部屋を出る時に俺はリッテルに訊ねた。


「リッテル、俺に何か隠してないか?」


「……隠すって、何をかな?」


「リッテル」


「……私も確信はしているが証拠がある訳でもない。それに異動までに彼女が何か行動に出るのか見極めたいと思っているんだ。その行動如何(いかん)ではラミレスへの対応を考えねばならないからな」


「それはリオナには関係していない事だな?」


「………」


「リッテル」


「……リオナは私が必ず守るよ」


「リッテル゛」


我ながら出した事もないような低い声が出てしまったのは仕方ないと思う。


そしてようやく観念したリッテルから、ラミレスが俺に恋情を抱いており、妻となったリオナを排除しようとしているのではないかと懸念していると白状した。


あの、俺以上に仕事一辺倒で色恋沙汰など一切興味なさそうにしているラミレスが俺に対し好意を寄せているだと……。


そんな事、考えもしなかった。

こちらがラミレスを異性として見ていなかったから、彼女の気持ちなんて全く気付かなかった。


気付いていれば……側には置かなかった。

“仕事上の妻”などとくだらない揶揄を囁かれ、それを否定しつつも副官に据え置いたのはあくまでも仕事の効率を優先したからだ。


ラミレスも偏に副官としての職務を全うしてくれているのだと、妬みによる発言に翻弄されて有能な部下を無下にするなどくだらないと思っていたから共に仕事をしてきた。


それなのにまさか……


それを知り、これまでの事で頭を抱えたくなる。


祝賀パーティーの時、リオナの様子がおかしかったのはラミレスが彼女に何か言ったのだろう。


俺はそれに気付かず、リオナに辛い思いをさせた。

彼女には苦労は一切させないと妻にと望んだ瞬間にそう誓ったというのに。


何が幹部候補の優秀な男だ。

女性の心を理解せず、行動を読めず、大切な人を守れなかった。


俺は本当に馬鹿だ。

俺は決して俺を許さない。


そしてリオナを傷付けた、目の前にいるラミレスも決して許さない。


そんな思いで俺に思いを告げてきたラミレスを見つめる。


今の彼女は、かつて俺が毛嫌いしていた女たちと同じ目をしている。

こちらの気持ちなど慮ろうとしない、独りよがりの感情を押し付けてくるだけの女たちと。


俺は自分でも驚くほど心が冷えてゆくのを感じた。そして俺を好きだと言ったラミレスに言葉を返す。


「……そうか」


「そうですっ……もっと早く私の気持ちを室長にお伝えしていれば良かったと後悔しております」


「なぜ後悔を?」


「だって、私の気持ちを知っていれば室長は最初から私を女として見てくれていたでしょう……?そうすれば、押し付けられた上官の娘と結婚する事もなかったから……」


「ふ……ははは……」


ラミレスの言葉を聞き、俺は自嘲した。

俺の言葉が足りないばかりにラミレスにそんなくだらない考えを持たせた事と、それと同じ考えをリオナに抱かせていた自分の愚かさに呆れ果ててしまう。


突然力なく笑い出した俺を、ラミレスは怪訝そうに見ていた。


「室長……?」


「俺は今日ほど自分に対し殺意を抱いた事はないよ」


「それは……どういう意味ですか……?」


「俺の暗愚さが、キミの勝手な勘違いを助長させ、何よりも大切な妻に辛い思いをさせた。俺は大切な妻を守れなかった情けない男である自分を許せそうにない」


「勝手な勘違いって……私は本当に室長の事が好きなんです!」


「ああ、キミの気持ちを疑ってるわけじゃないよ。上手く隠せていたなとは思うがそうじゃない。俺が言いたいのは、あたかもキミを特別な存在だと思っていると勘違いさせた事に対してだ」


「えっ……それって……でも室長は誰よりも近くにお側に私を置いて下さいました!それは私が必要だからですよね……?」


「ああそうだ。()()として()()()で必要だったからだ」


「え……?」


「メリッサ・ラミレス。キミを副官として重用していたのはあくまでも職員としてキミの才覚を買っていたからだ。そこに男女の情はない。そんなものが存在していると知っていたら、絶対にキミを側には置かなかった」


「そ、そんなっ……」


「この際ハッキリ言わせて貰おう。キミの気持ちを知ったからといって、私がキミを女性として意識する事はない。むしろ妻に余計な心配をかけさせたくないために半径10メートル以内の接近を禁じたいところだ」


「余計な心配って……だって、リオナさんとは上官の勧めで仕方なく結婚したんじゃ……」


「は?俺が一度でもキミにそんな事を話した事があったか?一度でも態度で匂わせた事があったか?」


「そ、それはないですが……」


「当たり前だ。そんな事実は何処にもないのだから。俺はリオナに惚れ込んで、自ら頭を下げて彼女を妻に迎えたのだからな」


「そんなっ……そんなまさかっ……」


「恋愛感情を抱くのは個人の自由だ。俺の気持ちはともかく、キミの気持ちはキミだけのものなのだからとやかく言うつもりはない。しかしリオナを傷付けたキミを、俺は許さない」


「グ、グライユル室長っ……」


鋭い視線を向けてそう告げると、ショックを受けたラミレスは呆然としていた。


その時、ドアを開けてとある人物が部屋に入って来た。


ラミレスはこれまでの会話のショックのせいかその人物の存在を忘れていたようで焦燥感を露わにした後、相手を睨みつけた。


「……リオナさん、全部聞いていたんでしょう?そりゃそうですよね、貴女がここでの話を聞くように仕向けたのは私なんですから、それで?優越感に浸っているわけですか?」


ラミレスはこれまで俺が見た事もない不貞腐れた不遜な態度で入室したリオナに言った。


「仕向けた、とは?」


俺がラミレスに問うと彼女は投げやりな様子で言った。


「フラレた上に転属となるんだからもうどうでもいいじゃないですか」


「どうでもよくないだろう。上官の妻を勝手に呼び出した行為は問題だぞ」


「……私が室長に告白して、貴方の返事を直接リオナさんに聞かせてあげようと思ったんですよ」


「それだけか?」


「それだけ、とは?」


ラミレスがそう言ったのを受け、俺は使用資格を得ている術式を唱えた。

その術式の文言を耳にしたラミレスが言う。


「今のは、問われた質問に対し偽証をした際にペナルティが課せられる軽度の立証魔法ですか?」


「そうだ。上官()の質問に嘘の発言で答えると痛罰を食らうぞ。ラミレス、事によってはお前を傷害未遂の罪に問う。正直に答えろ、リオナを呼び出した本当の目的はなんだ?」


「なんですかっ?私がリオナさんに危害でも加えるとそう疑っているんですかっ?いくら彼女の事が嫌いでもそこまではしませんよ!……ただ、私の告白の行方を見せつけてやろうと思っただけです……絶対に室長は私を選んでくれるとそう思ったから……私と室長のやり取りを直接見せて、身を引かせようと考えて呼び出しただけです……」


ラミレスが答え終わると、俺は彼女の様子を伺った。

もしラミレスが嘘を吐いたのであれば、たちまち魔法により罰が発動されるからだ。

部位は様々だ。その者のより痛みを感じやすい部位に痛みが起こる。


しかしラミレスの様子はいつもと変わらなかった。

痛罰が課せられなかった事を見ると嘘は吐いていないらしい。


「どうやら、犯罪を犯すつもりまではなかったようだね。まぁ上官夫人に暴言を吐き礼儀を弁えない態度を取りった罪と騙して誘い出した罪はあるけども」


突然そう話し出したリオナにラミレスは驚いた顔を向けた。


「リオナさん……?貴女、話し方が……」


「ん?いつもと違うというのか?私はいつでもこんな話し方だぞ」


「え、………まさか……」


ラミレスのその反応を見て、リオナは……いや、ミライザ・リッテルは自身の変身魔法を解いた。


リッテルの姿にラミレスは驚愕する。


「リッテル地方副局長っ!?」


「やあラミレス。どうだい?私の変身魔法。実は朝の見送りも私がリオナに扮していたんだけれど、全然気づかなかったようだね」


「そ、そんなっ、い、一体いつからっ……?」


「昨日の午後からかな。キミとリオナの関係に気付いた事をグライユルに洗いざらい吐かされて、それですぐにグライユルが動いたんだ。リオナ本人を使ってラミレスの行動を見極めようなんてとんでもない、リオナに何かあったらどうするんだと怒ってね。それで急遽、グライユルはリオナを実家に預けたんだ。久しぶりに娘が泊まりがけで里帰りしたと、トレア部長が喜んで残業を放り出して帰ったそうだよ」


「っ……!」


そういえば昨日、業務後に急いそと帰って行くトレア部長の姿を見た事をラミレスは思い出したようだ。


そんなラミレスにリッテルが言う。


「色々と残念だったね。見せつけたい結果にもならず、呼び出したのがリオナ本人でもなかったなんて」


「くっ……」


まさか自分が警戒されていたとは思ってもいなかったラミレスが何とも言えない表情を浮かべる。

俺はそんなラミレスに告げた。


「残念だ。キミが私の妻に対し敵意を持っていると分かった以上、側には置いておけない。上には既に話はつけてあるから、すぐにでもリッテルのいる地方局へ移るように。そしてこれまでのキミの行動に対する処罰はリッテル地方副局長に一任してある」


「そんなっ……グライユル室長っ……」


「本当はもっと重い処罰を下したかったんだがな、生憎リオナがそこまでしなくて良いと言ったんだ」


「リオナさんが……?」


「すっごく腹が立つけど言いたい事を言ったのは自分も同じだから、罪に問うような事はしなくていいとリオナが言ったんだ。良かったね?リオナがいい子で」


リッテルがそう言うとラミレスはこれまた複雑な表情をして項垂れた。


それに追い討ちを掛けるようにリッテルがラミレスの肩を叩いて軽口で告げる。


「ラミレス。キミには厳しくて怖い、ホントに怖いベテラン女性職員が沢山いる部署で働いてもらう。そこで女性として人生の先輩から大いに学ぶといい」


それを聞きラミレスは何か言いたそうに歯噛みしたが、やがてそんな気力も無くなったのかまたがっくりと項垂れ、小さな声で返事をした。


「っ…………ハイ……」


「やれやれ、一件落着かな……」


リッテルがそう告げた時、ドアをノックする音が聞こえた。


「はい」


返事をして入室を許可するとドアが開く。


そしてそのドアからひょっこりと、今度は正真正銘、本物のリオナが顔を出した。


「お邪魔します。……あら、ホントにお邪魔だったかしら?」







──────────────────────



ホントは今日終わらせようと思ったんですが、長すぎたのでここで切りました。


なので次回が最終話となります。


リオナへ何しに監査室へ……?








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