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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

駅ホラー

作者: 文月獅狼

 この世界には、子供の頃に夢見たような超常現象なんて存在しない。

 つい昨日、いや一昨日までは——そう、思っていた。


「はっはっはっ」


 ただひたすらに駅のホームを駆ける。

 不気味な程に人のいないホームを走り、地下の薄暗い闇を抜ける。

 目前の階段を上った先。そこには、眩いくらいに照らされた改札が、キオスクが、そして出口がある。

 足にいっぱいの力を込めて、2段飛ばしで駆け上がった、そこには。


「——くそっ、だめかっ!!」


 薄暗く照らされた、見慣れた駅のホーム。

 これでもう何度目の事だろうか。息を切らしたまま、連なって置いているビニールのイスに腰掛ける。

 これでもう何日?何週間?今となっては分からないが、ずっとこの現象が続いている。

 このホームから出られないのだ。

 階段を上っても線路をひたすらに歩いてここから離れようとしても。

 光が見えてきたと思ったら、気づけばここにいる。


「くそったれが」


 思わずそう毒づく。

 なにより奇妙なのが、他に人がいないことだ。

 電気系統は生きており自販機も電光掲示板も作動しているにも関わらず、どれだけ待っても人の姿が見えない。

 ここは平行異世界なのだろうか。そんなバカな考えが頭をよぎる程、心身ともに限界が近かった。

 今が何時なのか。朝なのか昼なのか夜なのかも分からない。

 寝ても起きてもずっと、目の前の光景は薄暗いホームのままだ。

 おそらく一生このままなのだろう。こんなことなら、親と喧嘩したくらいでここに逃げてこなければよかった。

 絶望にも等しい黒洞々たる気分が頭をよぎった、その時。

 線路の方から一筋の光が差し込んできた。次第に大きくなってきたそれは、低い音をたてながらこちらへ近づいてくる。


「——電車だ……っ!」


 ずっと見たかった、日常の象徴。

 これで帰れる、これでやっとこの地獄から抜け出せる。

 だがそんな希望も束の間。

 電車は一切勢いを緩めることなく、目の前を過ぎていってしまった。

 あとに残された少しの風と、低いくぐもったような音。

 力なく、再度イスに座る。

 あの電車には、客はおろか車掌も誰もいなかった。

 無人だった。


「……ははっ」


 思わず笑いが漏れてしまう。希望なんて、ない。

 心の奥底で密かに想っていた光が、不意に途切れたようだ。

 もう体の内側は、このホームよりも暗く、陰鬱なものになっていた。

 すると、再び見えてきた一筋の光。

 先程の車両と行き先も見た目も全く変わらない電車が近づいてきた。

 当然勢いもさっきとは変わっていない。

 にわかに立ち上がると、ふらふらした足取りでホームを歩く。


「もう……疲れた」


 この世界はもう嫌だ。早く外に出たい。

 そうだ、これは夢だ。悪夢なんだ。きっと夢の中で死ねば元に戻されるはずさ。

 嗚呼、さっきまでは恨めしかった電車の光が、今では希望の光に見える。

 その光を体に感じながら、線路へと飛び込んだ。




 「あっ……がっ…あっ!あぐっ……あああ!!」


 全身から伝わる、人生で感じたことのない激痛。

 腕が潰れ、頭が、骨が脳にめり込むのを感じる。

 地獄のような痛みの中、次第に目の前が暗くなっていく。

 これが、死か。

 喉が潰れて声にもならない呟きを残して、目を閉じた。







「……え?」


 さっき電車に激突し、死んだはずの体。

 それが今、眩い光の中に包まれていた。

 ずっと望んでいた、薄暗くない本当の光だ。

 やっと、やっと現実に戻ってこれたんだ。

 胸が張り裂けそうな喜びの中、右を向くと。


「なんで」


 目の前には、さっきと同じ電車の姿があった。

 俺の体は、既に線路から飛び込んだ後だった。

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