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第四話『素晴らしきこの世界』


 フェイが最初に取った行動は、宿に荷物を取りに帰るという事だった。


 顔を外套で隠しながら朝焼けの街を歩いて行く。

 この辺は宿場街であり、夜明け頃というのは人々が最も忙しい時期だ。


 一日で着こうが、数十日かかろうが、遠方の依頼を受ける冒険者というのは夜明け頃に出発するものである。単純にこの街を出る者もそうであるし、彼らを対象に商売を行う商人も同様に動き出す時間だ。


 更に言えばそんな彼らが泊まっている宿の主人も、彼らの寝起きに合わせて朝食を用意したり、チェックアウトを行う必要がある。


 観光地としての一面を持つマクシムにおいては、その傾向が強い。事実、道の端を歩いているフェイの視界には行き交う人々と喧騒が映っていた。

 本来ならばフェイも彼らの並に呑まれ、市場で今頃露店の準備を行っていたはずなのだが、人生とは何が起きるか分からないものである。


「~♪」


 妙に気分が良い。鼻歌すら出てくる。

 まるでこれから楽しい予定しか入っていない休日の朝のように、晴れやかな感情で一杯だった。

  

 喧騒の中だから外套を外してしまおうかとも思ったが、それでもこの容姿は目立つ。その上、先ほどは大丈夫だったとはいえもうフェイは『吸血種』なのだ。太陽の下に体を晒す危険性がどれほどあるのか定かではないため、余計な事はしない方が身のためである。


 やがて宿に辿り着けば、いつもと変わらぬ態度で二階へ上がり、借りている部屋へ直行する。


 顔が変わっている事による主人、顔見知りの宿泊者と何かしら問題が起きないとは断言できないが、その時は娼婦だとでも嘘をつけばよい。


 幸いにもフェイの顔は少女に見える。小柄な事を考慮し、顔を隠しながら言えば問題ないだろう。それでも通用しない時は金を握らせればよい。


 主人を含めて商売人が多いこの宿では、大抵の場合金を握らせれば解決するものである。


 とはいえ、そう問題は起きない。

 何事もないままに部屋へ入る事が出来た。


「さて」


 鍵を閉め、そして備え付けのベッドへ腰を下ろす。

 外套を脱ぎ捨てるように放り、軽装となって呟きを零した。


「とりあえず──状況の整理だ」


 と。

 フェイは徐に、懐へ忍ばせていたナイフを取り出すと、躊躇なく指の先端を切り捨てる。


「───」


 激痛が走り、鮮血が噴き出した。

 当然痛みはある。血液も存在する。


 だが数秒も経たないうちに切り捨てられた指の断面が動き始め、やがて地面に落ちた指の欠片が消失すると共に再生した。


 対照的に、床に落ちた鮮血は戻らない。しかし指先を振ってみればそこには確かな重みがあり、とても血液が流れ出た様には感じられなかった。


「僕は、『吸血種ヴァンパイア』になった……」


 この世界に傷を治す回復魔法などは存在するとしても、独りでに再生してしまうような機能は人間に存在しない。


 それに数秒足らずで欠損した肉体を再生してしまう魔法など、かなりの上級魔法だ。それこそ『レイメイ』の魔法使いでも少し苦戦するぐらいの。


 ならば重傷すら治ってしまうこの再生力こそ、フェイが吸血種である証明とも言える。


「しかも、太陽が効かない……」


 『吸血種は太陽に弱い』。


 これは幼子でも知っている様な、吸血種という存在の最も基本的な情報である。

 だがフェイに太陽は効かない。少なくとも、朝焼けは何の効果も無かった。


 それ自体は問題ではないのだ。疑問はルナに尋ねれば全て解決するだろう。

 だがここで問題となるのは──『吸血種』という存在に対する認識が振出しに戻る事である。


 フェイの『吸血種』に対する認識、情報は神話や童話のものだ。だがそれが通用しないのならば、フェイにとって吸血種は全く未知の存在となってしまう。


 不死身以外の強み、弱点すら分からず、自分の事なのに全てが不鮮明のままなのだ。


 これは単純にフェイが自分の事を理解できていないという弱点でもあり、ルナを殺すための情報が不足しているという事でもある。


「強いて言えば、これ・・ぐらいか」


 呟いて、フェイは先ほど使った果物ナイフの腹を掴み──無造作に折り曲げた。


「おぉ……」


 再生能力以外にフェイが分かる特徴と言えば、この様に五感を含めた身体能力が向上している事である。昨夜から続いていた異常な視力による頭痛、異常な聴力による脳の混乱、そして路地裏で吸血種相手に披露した身体能力。


 これらは全て、吸血種の能力と考えるのが正解のはずだ。

 使い物にならなくなったナイフを更にぐにゃぐにゃと曲げて、やがて飽きた様にゴミ箱へ放る。力加減を間違えたせいか激突したゴミ箱の中身が少し凹んだ。


 それらの一切に興味が無いように視線を逸らし、次いでフェイは顎に手を当てる。


「それに、『姫』」


 昨日遭遇した吸血種は、ルナの事を『姫』と呼んでいた。

 彼女が特別な吸血種というのはわかるが、とはいえ何が違うのか、そもそも吸血種に分類は存在するか、フェイは彼女の眷属となったがフェイに眷属は作れるのかなど、不明な点が多すぎる。


 そして恐らく、これはフェイがこの場で試行錯誤していても解明出来ない事であるはずだ。


「ふむ」


 最終目的の為にはそのための積み重ねが必要。

 フェイは今やるべき事を行うため、笑みを浮かべながら腰を上げた。


「──とりあえずは、『情報収集』だね」


~~~~~~~~~~~~~


 観光地や人口の多い街には、大抵の場合『情報屋』という職業がある。


 基本的に行うのは情報の売買。その地を始めて訪れた者に街の特色やローカルルール、流行している事柄などを提供し、反対に土地勘のある人間からは情報を買い取る事を生業としている者たちだ。 

 そして彼らは大半の場合、市場などで露店を開いている。


「やぁ、いいかな」


 マクシム市場。

 町の中心地から壁門に向かうにつれ規模が大きくなっていく、冒険者や観光客向けの市場にして、商人としてのフェイの仕事場だ。


 その喧騒に紛れるようにして、フェイは顔を隠しながら情報屋を訪れてた。


 情報屋の男はこちらを一瞥するが、外套については特に何も言わない。顔を隠して旅をする者などありふれているし、下手に触れて貴族などだった場合が怖いからだ。


「いらっしゃい。街の事なら200ルム、今日の出来事なら500ルム。その他情報によって別途相談だ」


 いかにも商人らしい張り付けた笑みの男は、指を順番に立てた。

 彼の提示した値段は情報屋にしては平均的なもの。むしろ街の情報についての相場が300ルムな事を考えると、むしろ安いぐらいである。


「『吸血種』についての情報って持ってる?」

「『吸血種』……? あの伝説に登場する怪物の事かい?」

「オーケー、内容を変える事にするよ」


 だめ元で尋ねてみたが、やはり『吸血種』についての情報を一般人が知る訳がない。恐らく無理に情報を買ったとしても、伝承に語り継がれている程度、つまりはフェイが知っている程度の情報しか手に入らないだろう。彼の反応からしてそれは丸わかりだ。


「んじゃ、今日起きた事件と市場の流れについて教えてよ」

「1000ルムだね」

「900にならない?」

「950」

「いいよ、交渉成立だ」


 一枚が『100』ルムに該当する銀貨を九枚、一枚が『10』ルムに該当する銅貨を五枚、持ってきたバッグから取り出すと手渡した。


 商人として働いていたフェイにはそれなりの蓄えがある。値切る程の値段でもなかったのだが、そこは商人としての心が働いた。


 彼はフェイから渡された硬貨を一枚一枚数えれば、やがて頷いて傍に置いている金属製の筒の中へ仕舞う。そして懐からメモ帳のような何かを取り出すと捲り始めた。


「いつもならこの時間帯に売れる情報はあまり無いんだけど、今日は別だね。二つあるよ。──路地裏で起きた死体なき事件と、これは事件ではないけどマクシムに来てたお貴族様が帰っていったね」

「へぇ、殺人事件?」

「そう」


 手帳を見つめる情報屋を尻目に、外套の奥でフェイの眼が細められる。


「さっき兵士に聞いた話によると、路地裏に争った痕跡があったみたい。それもかなり荒く。しかも血の匂いが臭いぐらいしてたのに、死体だけないんだって。しかも燃えた後もあったって。明らかに誰かが死んでるのに、死体がないらしいよ」

「へぇ……犯人の痕跡とかは?」

「ないってさ。でも死体を持ち帰ったんじゃないかって言われてるね。それにしては引きずった痕跡さえないのは妙だけど……ともかく分かってるのはこれぐらい。多分そう簡単に解明できるような事件じゃなさそう」

「ふぅん……」


 それ等の情報を得て確信できたが、情報屋が話している事件とは十中八九フェイと『吸血種』によるものだ。戦闘の前後にはかなり血も散乱していたし、首を切断し頭に弾丸をぶち込んだ時も同様だった。


 あの路地裏はそこまで複雑な道ではないし、同様の事件の情報が無い事も考慮すると間違いないだろう。


 ──死体がなくて、更に燃えた跡?


 しかし、おかしいのはその後の情報だ。

 フェイは死体を放置して帰った。それは単純に面倒だったというのもあるし、バレる訳がないからである。放置しない理由が無かったのだ。


 だが、少なくともフェイが路地裏から離れた段階では彼の死体は残っていた。それに燃えた跡というが、最初の男が燃えた痕跡は無かったはずだ。彼は燃えかすが残らない程、全焼していた。

 という事は、『燃えた跡』を残したのは二人目の男のはず。


 ──『吸血種』だから燃えた? やっぱり僕は特別なのか?


 それはまるで伝承の『吸血種』のような死に方である。となればやはり通常の吸血種にとって太陽は弱点という事になるが、ここまでの情報ではフェイが特別だという最初の段階から一歩も進んでいない。


「なるほどね」

「追加で500ルムくれたら、夜までに入った追加情報を伝えに行っても良いよ」

「本当かい? それは助かる。それじゃあ、宿の名前は──」


 こうして約束を取り付け、フェイは更に情報を仕入れていった。


~~~~~~~~~~~~~


「……見つけたぜ」


~~~~~~~~~~~~~


「はぁ……あんまり変わらなかったなぁ」


 購入した食材たちを抱えた宿への帰り道。

 フェイは今日一日の芳しくない成果に対し、独り言を零した。


 時刻はすっかり夕刻だ。朝から日が傾くまでの間、フェイは情報収集に努めたのだが、大した成果は出なかった。


 というのも、その後も何人かの情報屋から情報を買ったが、最初とほとんど変わらなかったのだ。やはり不可解な殺人事件があるという以上の発見はない。


 敷いて言うのならば、ルナと出会った場所である崩れた教会に関して何の情報も無い事を知った程度である。


 それも路地裏での殺人事件に手間取っているだけかもしれないし、やはり前進とは言えない。それこそ、屋台の主人たちからこうして食材を購入してまで噂話などを聞きまわったのに、である。


「……方法が一般的すぎるのかな」


 商人時代はこれが一番確実性の高い方法だった。『生きる情報』とも揶揄されるほど、商人とは時流と流行に敏感なものである。

 本当ならば商人仲間にも聞けた方が良いのだが、やはりこの容姿が邪魔をする。


 となれば、聞く対象を変えて───


「はぁ」


 宿の自分の部屋へ戻り、荷物を置いた後、ベッドへ倒れ込む。

 いつの間にか思考は中断されていたが、どうせ益体のない事だと思えばそれも気にならなかった。


「………………退屈だ・・・


 問題は自然と芽生えてくる感情の方だ。

 ルナと出会い、吸血鬼となって以降芽生えるようになった素直な欲求。フェイという人間は平穏を望まない。求めるのは退屈を埋めるだけの衝撃である。


 そしてそれは人が食事を求めるように、腹が空く・・・・のだ。


「学者か、『星聖教会せいしょうきょうかい』員か……いずれにしても、兵士の詰め所とか行ったら分かるかな」


 とはいえ、もうルナから退屈を殺すきっかけは貰っている。これ以上を望むのは高望みであり、ならばフェイが自ら行動をすべきだろう。


「嬲って潰して砕いて殺せば──いつか闇の方から近寄ってきてくれるよね」


 時刻はちょうど夕方。もうそろそろ闇が満ちる頃である。

 ならば吸血種であるフェイが動き出すのにもちょうど良い時間帯であるはずで──


 その時、部屋のドアが叩かれた。


「はい……?」

『……』


 この宿において主人が尋ねてくる事など滅多にない。宿泊料の滞納をしているというのならその限りではないが、フェイの場合あり得ない。


 となれば、朝方に訪れた情報屋が尋ねてきたのだろうか。だがその場合、名乗りを上げても良さそうなものだ。


「……?」


 フェイは何の疑問もなく・・・・・・ベッドから立ち上がり、ドアの方へ向かっていく。

 そしてドアノブを掴むと、捻りながらゆっくりとドアを開けていく。


 木製のドアの向こう側が少し見える。


 そこに立っていたのが人とは思えない程に美しい金髪と、鮮血の様な瞳を持つ長身の青年だと認識した瞬間。


「初めまして少年・・


 青年の姿が途端にブレて。


「──死んでくれ」


 次の瞬間、フェイは腹部に放たれた蹴りによって、壁に叩きつけられていた。


~~~~~~~~~~~~~~


「っカハァ……ッ!」

  

 あまりの衝撃で叩きつけられた体が一瞬壁に留まり、床に落ちる。

 まるで全力で振るわれた鈍器のような一撃。腹部に走る痛みに対し、否応なしに肺から空気が飛び出した。


「いッ……つ!」


 思わず零れた言葉は、表現できない程の激痛に向けたものだ。

 骨は当然として、恐らく内臓もやられているだろう。


 何の魔法すら使っていないだろう一撃は、発達しているであろうフェイの肉体を破壊したのだ。


 だが、腹とは別にフェイの意識は自身の両掌に向いている。

 まるで酸でもぶっかけられたように溶けている・・・・・両掌に向けて、だ。


 ──あの瞬間、蹴りが放たれた瞬間。

 以前に比べれば『進化』と評してよい程に発達した反射神経は、その蹴りがどこへ繰り出されるかを寸前の所で認識していた。


 蹴撃だけならば、受けても問題は無かった。ただの衝撃などこの肉体においては致命傷になり得ない。例え内臓が破裂していてもすぐに再生するだろう。


 だが、掌の傷は明らかに異常だ。

 穴が開くだけではなく溶けているなど、普通ありえない。


「お~、寸前で対応したか」


 感嘆の声を上げながら、ゆっくりと金髪の青年が部屋の中へ入ってくる。

 一歩踏み出した革靴の先端には、銀で作られたと思わしきナイフが飛び出していた。


 そう、この銀のナイフだけが問題だったのだ。


 仮にフェイの反応が間に合わず、腹部に銀のナイフと蹴り、二つが同時に叩きこまれていた場合、いま折れている骨や傷ついている内臓はこの程度では済まなかっただろう。


 だからこそフェイは咄嗟に両手を腹部の前で重ねるようにして、腹部への直撃を防いだのだ。


 『銀』が吸血種にとって致命傷である事は既に理解している。

 そして、致命傷であっても──患部を取り除いてしまえば問題が無い事も。


「ッ……!」


 掌に生まれた傷口は、銀によって溶けたような状態となり、穴が開いている。

 そしてその穴は炎が燃え広がる様にして、段々と広がり始めていた。


 フェイは即座に昨日の経験を思い出し、懐からナイフを取り出すと、手がまだ機能するうちに片方の手首を切り落とす。


 そして再生が完了すれば、そちらの手にナイフを握り直し、もう片方の手首を切り落とした。


「なるほど、対処法は知ってる訳ね」

「アンタ、『吸血種ヴァンパイア』か……!」

「何も知らないまま『吸血種』になった訳でもない、と。面白いなァ君」


 歩みを進める青年の瞳を、窓から差し込む月明かりが妖しく照らす。

 フェイと同じ色。鮮血に等しい輝きは、今まで見て来た吸血種と同じ代物だ。

 

「でも残念、俺はただの『吸血種』じゃない」

「……ッ!」

「『吸血種ヴァンパイア』と『魔王種ヒュームノヴァ』の混血にして、忌々しき同族を狩る者」


 青年が掌を掲げると、何処からともなくナイフが出現した。それは靴の先端から飛び出している物と明らかに同じ。

 つまりは銀を使って作られたナイフである。


「───『吸血種殺しヴァンパイア・ハンター』。お前を殺す者の名を、冥途の土産に覚えて逝きなァ!」

 

 青年の腕が躍動し、先ほどの蹴り以上の速度でナイフが射出される。あまりの速度に大気が震え、それが振動となって部屋中の物を揺らした。


 フェイの頭へ真っすぐ向かうそれは、間違いなく必殺の一撃だ。ただでさえ銀のナイフで傷つけられれば再生せず致命傷となるのに、吸血種の力で振るわれればその威力は計り知れない。


「アハッ」


 しかしフェイは──ただ静かに、笑みを浮かべた。


 頭部を貫こうと迫る銀のナイフに対し、ただ首を傾けて回避する。

 耳の真横の壁にナイフが突き刺さり、木製の壁に刀身の半分以上が入った。

 

「いいね」

 

 初めて現れた明確な敵。それも初手の段階で自分は不利であり、こうして壁に追い詰められている。情報的にも相手の方が握っていて、軽々と銀のナイフを投げてきた事からまだ在庫はあるだろう。


 些細な部分では分からないが、明らかに闘争者として相手の方が格上だ。

 ならば、そんな相手にフェイが抱く感情は、恐怖か、憎悪か。


 否、歓喜である。


「いいね、いいねェッ! 僕が求めてたのは──こォいうのだよ!!」

 

 青年に負けじとばかりに瞳を輝かせて、フェイの口が三日月のように裂ける。


「くたばれ……!」

「それはどうかなァ!」

「っ!?」

 

 回避したフェイを見て、距離を詰めた青年の回し蹴りが横顔目掛けて振るわれる。だがフェイは冷静に自前のナイフを握り直すと素早く刀身を走らせた。


 抵抗もなく脛の中間あたりを両断し、先端を失った青年の足がフェイの眼前を通過。バランスを崩した青年の体が背後へふらつく。


「チッ……!」

「アハハ、アハハハハ! 『退屈』を埋めてくれるような衝撃とピンチ! キミに『ありがとう』を言いたい気分だ!」


 本当なら銀のナイフで両断したかったが、壁に突き刺さった物を使うには時間が少しだけ足りなかった。そして拳銃を抜くのも同様だ。壁に姿勢を預けながら座り込んでいるフェイに出来る抵抗はこれぐらいである。


「狂人かよ、めんどくせえな……!」


 咄嗟に膝をつき片手で姿勢を保つ青年が声を上げると、切断された足から赤黒い血液が飛び出した。それはやがて糸のように細かく形を取ると、やがて上から貼り付けるように皮膚が覆っていき、元の形を取り戻す。


 『吸血種』の専売特許。

 再生が、完了した。


 ──治った……! いや、治った・・・というよりは治した・・・というべきかな。


 足を着くまでの素早さと、図ったようなタイミング。

 フェイの再生のように無駄な血液が発生する事もなく、最低限の量で足を治した事を考慮すれば、再生力を操ったと見るべきだろう。

 

 ──やっぱりコイツは色々知ってる!

 

「情報なんか集めてるより、こっち・・・の方が百倍手っ取り早い……!」


 勢いよく立ち上がり、ナイフを背後に向かって振るう。窓のガラスが十字に弾け、外の空気が侵入してきた。同時に散乱した物を幾つか拾うと、無造作に窓の外へ向けて放り捨てる。


「僕好みだ」


 そして窓の上縁を右手で掴んだ。


「逃げる気か!」

「逃げやしないさ、こんなに楽しいのに! ──ただ、ここじゃ場が悪い。そろそろ騒ぎを聞きつけて宿の人間が来る頃だろ?」

「……」


 青年が口を噤み、背後に視線を向けている。

 フェイも彼も同様に優れた聴覚を持っているのなら気付いているはずだ。二階で起きた物音に反応し騒いでいる一階の人間たちに。


 やがてフェイは下縁に足をかける。


「だから付いておいでよ。もっと『月』が近い場所で殺ろうじゃないか」

「……上等だ」


 革靴の音が木霊する。



「『吸血種ヴァンパイア』になったばかりのくせして、生意気な事言いやがる。ノッてやるよ、『後輩』──」


「──僕を『退屈』させないでほしいな、『先輩』?」



 そうして二人は、屋根の上へと躍り出た。


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