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第十話『人間性』


 ───砂煙が舞う空間の中、二人の吸血種は笑い合う。


「アッハハハハハハ!! ナイスナァイス、『相棒』!!」

「テメェこそ大層な演技じゃねェか、『相棒』。ずっと笑いたくなるのを抑えてなァ! らしくもねェのに真面目くさって!」


 教会の中央で二人は合流した。

 当然フェイの手の中にはテトが横抱きになっている。彼女の腕は既に言い表せないほど酷い有様になっており、出来るだけ迅速な治療が必要だろう。


「……命に別状はねえな」

「吸血種の力で他者の治療とか出来ないの?」

「出来ねえ。一部卓越した力を持ってるやつは別だが、少なくとも俺や普通のヤツには無理だ」

「そっか」


 ならばやはり、早くこの場から放れる必要があるだろう。

 

 思惑とは裏腹に、、自然と二人の視線は砂煙の方へ向けられる。

 出来る事ならばこのまま終わりになってほしかった。


 だが果たしてそれを許すかは、この場を支配する凶人次第である。


「───やってくれましたね」


 広がっていく砂煙の中に、一筋の光が走った。

 黄金にも等しい聖なる輝きは何重にも及びながら、やがて凄まじい速度で大棘にまで手を伸ばしていく。


 何かを切り裂くような音が響き渡り、数刻の時を待たずして。

 砂煙ごと、神父へ襲い掛かった大棘の全ては切り刻まれていた。


 衝撃が走り、爆風と共に大棘と砂煙が散らばっていく。

 中から出現したのは当然ピエトロだ。彼は体勢を落としながら、まるで攻防を終えた剣士のように腕を振り切っている。


 ただ一つの変化は、彼が右手に携えた光を纏う刃だ。

 彼が人差し指に嵌めた指輪から光が飛び出し、それが剣の形を為していた。


「星聖式量産型武装──通称『擬似聖剣プロトカリバー』か」

「ええ、御名答です、『混沌の子ヤオダバオト』。聖属性の魔力を噴射し続け、疑似的に聖剣の性能を模倣できる我らが御業ですよ」


 ゆっくりと顔を上げた彼の前身は、血で濡れていた。

 肉が大きく抉れていたり、致命傷と思わしき箇所はない。だが確実に怪我は負っており、逆に言えば彼はほとんど即死に近かった先ほどの強襲を軽傷で済ませたのである。


「危ないところでした……聖剣の展開が遅れていれば私は串刺しでしたよ……!」


 先ほど、フェイによって刺激された際は酷く荒れていたのに、今は反対にとても穏やかな様子である。

 どうやら一周回った・・・・・らしい。


「最初から、読んでいたのですね。私が『結界』を使う事も、人質を使う事も。──分かっていたからこそ、一度ナイフで攻撃を仕掛け、私を油断させた……!」

「アッハハハハ! その通りサ!!!」


 先ほどまでは、人質を取られていた。

 だが今、テトの身柄がフェイたちの方へあるのだから、言葉に気を付ける必要は一切ない。


「ウチの『相棒』は優秀なんだ。『結界』の弱点っていうのは、君たち星聖教徒でさえも知らないんだってねッ!」


星聖教徒の使う魔法である『結界』の弱点、否、性質は、生成した地形に沿って形を取るというものである。

 簡潔に言えば、分厚い壁が存在する地形──地面を対象としないのである。


 これは偏に、地面の中には『結界』を生み出す必要ないからだ。

 誰も結界を破るために地中から攻撃を仕掛けようと思わない。否、仕掛けられないのだ。

 

 それこそ、吸血種以外では。


 吸血種退治の専門家であるはずの星聖教徒、ピエトロがこの弱点を知らない事が、今まで誰もやっていないが無い事の証明となっている。

 こんな弱点があるのなら星聖教徒が知っていても良いのでは、と思わなくもないが──少し考えれば、この弱点を知った星聖教徒は、その時点で結界を突破されている訳で、大抵の場合既に手遅れなのだ。


 事実、ヴェンがこの情報を知っているのは、以前に結界を何とか突破しようとした結果らしい。もっとも根本的に破壊できない結界も存在するようだが。


「『結界』はどうしても真正面からじゃ突破できねェ。この弱点を知っていても、真正面から仕掛けりゃテト嬢ちゃんを殺されるかもしれねェからな」

「だからナイフを……? ……なるほど、いつの間にかすり替えていましたか」


 ピエトロが足元から拾い上げたのは、先ほどフェイが結界に向けて投擲したナイフだ。

 それはピエトロが自決用として投げた、銀のナイフ──ではない・・・・


 フェイ投げたナイフ。

 それは、銀ではなく鉄のナイフである。持ち手や刃に過度とも思える装飾の付いた、普通よりも重量・・のあるナイフだ。


「鉄は銀よりも重く、そこに色々と装飾を付けた場合、地面に落ちた時の音も変わってくる。事前にその音を知っておけば、落ちた時に合わせて攻撃を仕掛けるなんざ、簡単だったぜェ?」


 フェイはナイフを、ヴェンから受け取った代物とすり替えていたのだ。


 真正面から攻撃を仕掛けても成功する可能性は低い。だからこそ不意を突く手段として、二人はナイフの重量と音を利用した完全なる死角からの攻撃を企てていた。


 フェイは隙を見て結界へと攻撃を仕掛け、相手の油断を誘発すると共にナイフを地面へ落下させ、その音を響かせる事でヴェンへ合図を送っていたのである。


 加えて言うのなら、ピエトロが執着にテトの腕を踏みつけていたのもヴェンの攻撃の助けになっていた。ヴェンはあくまでも外から攻撃を仕掛ける関係上、音と感覚を元にするしかない。

 だが態々ナイフ以外にも大きな音を立てていた事で、よりやりやすかったのだ。


「人は相手の策を潰した瞬間に油断する。君も例外じゃなかったね……っ!」

「ぬかりましたね。私とした事が」

「油断してくれてありがとう! おかげでこの子は手の中だ」

「ええ、そう、ですね……」


 区切る様に言ったピエトロを中心として、空間が歪む様な感覚が生じ始めた。

 視界に重さが生じた様な特有のそれは、人間が体内の魔力を活性化──即ち、戦闘準備を行っている事の証拠である。  


 それを見て、フェイは隣に佇むヴェンへと視線を向けた。


「ヴェン、テトを預かっててくれないかな。出来れば外へ逃げてほしいんだけど……」

「逃げんのは無理だ。アイツ、どうやら俺たちが教会の近くへ来た時点で『結界』を張ったらしい。吸血種である俺たちが触れれば銀と同じ結果になっちまう。アイツが自分を守っていた結界は別種だったから血液で貫けたが、外のは無理だ」


 即ち、結界の用途が違うのだ。

 外の結界は吸血種にとって弱点。即ち二人には破壊できず、結界の外に出る方法はピエトロが解除するか術者である彼を殺すしかない。


 彼が結界を解除する訳はなく、選択肢は一つしかないだろう。


「俺が嬢ちゃんを預かるってのは、それはつまりお前が一人で戦うって事か?」

「え、うん。そうだよ!」


 言葉を選ばないのなら、テトという荷物がいる以上、どちらかの動きを制限するしかない。床に放置すれば再びピエトロに攫われ二の舞になってしまう。

 抱えて戦闘を行うしかないのなら、フェイはヴェンに守ってほしいと考えた。


「君は『血液操作』が出来て、近距離遠距離の攻防手段が豊富だ。だったら君の方が臨機応変に動けるだろう?」

「一理あるな」


 フェイに出来る事はまだ、身体能力を活かした肉弾戦のみだ。血液操作によって遠距離から攻撃できるヴェンならば、テトを守りつつも援護が出来る。


「この神父サンについての追加情報があるのなら、口頭で言ってくれればいい。知識のある君が監察をする事で気付く事だってあるかもしれない。そっちの方が合理的・・・さ」

「…………それ、嘘だろ?」

「うん?」


 話しながらフェイがテトを手渡せば、ヴェンは肩に背負いながら少し間をおいて返事をした。

 その返答の内容が少しだけ予想外で思わず聞き返してしまう。


「くだらねェ噓は辞めろよ。合理的ってのはお前らしくねェ。──そっちの方が面白い・・・、だろ?」

「……アハッ。僕の事をよく分かってるじゃないか」


 話を通しやすいと思い、フェイは『合理的』という言葉を選択したがどうやら必要なかったようだ。彼はそんな事をしなくとも全てを理解していた。


 この『相棒』は、少なくともフェイを退屈させないらしい。

 それでこそと、自然と笑みが深まった。


「いいね。ますます僕好みだ」

「野郎に好かれる趣味はねェ」

「え、外見だけなら僕可愛くな~い? ──ま、とりあえずその子を頼んだよ」


 そう告げて、フェイは体の調子を確かめながら前へ歩いて行く。

 即ち講壇の傍で佇んている、凶人神父の元へと。

 

「……こうなった以上、殺生は致し方ありませんね」

「自殺させようとした人が何言ってんのさ」

「出来れば手を汚したくはなかった、と言っているのです」


 右手で輝く聖剣を構えながら、ピエトロは腰を下ろす。彼の聖剣は本当の剣ではなく、指輪から飛び出した少し例外的なものだ。

 故に、構えもどちらかといえば拳闘士のように独特である。


「上等サ」


 対して、フェイもナイフを取り出した。

 いま彼の懐には、事前にヴェンから受け取った鉄と銀のナイフが十本程度ある。少なくとも一、二本使ったって程度で終わる事はない。


 そしてこの戦闘で使う事はないだろうが、拳銃も懐に忍ばせてある。

 フェイが持つのはこの二種類の得物と己の肉体ぐらいだが、それでも凶人神父を破壊するのには充分な力を持っている。


 講壇の目の前で構えるピエトロと、教会の中央でナイフを構えるフェイに、その後ろでテトを抱えながら隙を伺うヴェン。


 そんな風な構図で、壊れかけの教会での戦闘は始まる。


「さぁ、愛し愛され愛ゆえに───死ね」


 爆発的な脚力を以て、フェイの肉体が弾丸のように跳ねた。


~~~~~~~~~~~~~


 講壇までの一本道を、フェイは凄まじい速度で破壊しながら駆け抜ける。

 

「アハハハァッ!」

「ふ──」


 小柄な肉体が僅かに跳ね、回転による遠心力を得ながらナイフが振り下ろされる。

 ピエトロは静かに息を吐くと、指輪から飛び出した聖剣をナイフと自分の肉体の間に滑り込ませた。

 衝突の余波が空間を走り、周囲の破片や参列席を剥がしていく。


「よッ──いしょぉ!」


 即座に身を引いたフェイが未だ無事な席へ後退し、背もたれ部分に足を着けると、床に落ちていくよりも先に横へ飛び出した。


 壁を蹴り推進力を得て凶人神父へ迫る。再び得物を振るうが、方向転換に瞬時に反応され、再び聖剣の輝きが視界を薙いだ。


 二人の力が均衡し、火花が散る。

 それを見てフェイは空中へ戻り、今度は壁、床、崩れかけの天井──まるでピンボールのように攪乱しな

がら肉薄。斬撃を見舞うが、人間とは思えない様なピエトロの動体視力は、悉くを防いだ。


「無駄ですよ」

「アハッ♡ 凄い凄い! じゃあこういうのは、どうかなぁッ!?」


 強烈な力で後退したフェイが地面に足を擦り付け、破壊しながら速度を殺した。

 崩れた姿勢を逆に活かして沈み込み、即座に懐からもう一本ナイフを取り出すと、胸の前で引き絞り解放。


 腕を大きく広げる過程でナイフを投擲すれば、砲弾のような衝撃を撒き散らしながら凶人神父へ飛んでいった。

 ほぼ同時に、吸血種の身体能力で地面を砕く音が二回・・鳴り響く。

  

 瞬間移動と見間違う動きで肉薄したフェイよりも僅かに速く、投擲したナイフはピエトロへ到達する。

 瞬き程の遅延の果てに訪れるのは、先ほどよりもより加速したフェイによる斬撃だ。


「──遅い」


 だが、その程度で星聖教会特殊部隊は務まらないとばかりに、彼は神速の迎撃を以て全てを切り払った。

 続けて眼前のフェイに対し聖剣の一撃を見舞うが、当然フェイとてそれを簡単に食らうほど軟ではない。


「これも防ぐの!?」

「この程度造作もありませんとも。主への信仰が、私に力を授けて下さってますから……!」

「え、君の才能と努力じゃん?」

「──殺します」


 あと一歩近づけば抱き合ってしまいそうな超至近距離で、互いの剣が火花を散らす。


 フェイは吸血種であり聖剣の一撃を受ければ致命傷となるがゆえに。ピエトロは人間であり単純に吸血種の身体能力で振るわれる一撃を喰らえば即死であるがゆえに。

 両者ともに一歩も引かぬ攻防を繰り広げている。


 力任せに振るわれた横なぎに対し、ピエトロは少し身を後ろに下げながら聖剣を当てる事で弾いた。返す刀の斬撃をフェイは身を屈める事で回避し、そのまま右側にステップを踏みつつ、空中でナイフを上に投げると、左手でそれをキャッチ。

 

 逆手で持ち直した刃で側面から刺しにかかるが、ピエトロの聖剣は反対の軌跡を描いて防いだ。


「シッ……!」


 間髪入れずに彼は聖剣を振り上げると、小さく零れた息と共に最速で振り下ろす。

 防ぐよりも避ける方が良いと判断したフェイが身を引けば、行き場を失った暴力は地面を粉砕した。


 すると突如、フェイの右脇を鮮血の槍の大群が通り抜ける。寸分違わずピエトロへ迫ったそれは、後方で戦闘を見守っていたヴェンのものだ。


 だが、ただ質量が多いだけの攻撃は彼に通用しない。聖剣を数回振られれば、あっという間にバラされた鮮血が大気を汚した。


「チッ……単純に強ェ」


 次いで振るわれたヴェンの指先から滴る鮮血が飛び散り、教会の床に積もる瓦礫に付着。すると下に染み込んだ血液が突如として膨張を始め、瓦礫の山を空中へ打ち上げた。


「『紅五月雨ブラッド・レイン』」


 そして打ちあげられた瓦礫にはまた別の血液が付着している。

 空中で舞い散る数多くの瓦礫から赤黒い光が発生し──そこから発射された血液の弾丸が乱反射。


 空中から、はたまた平行に、更には床に反射し下から、高速で打ち出された血液はその周囲ごとピエトロへ襲い掛かった。 


「意志の介さない無差別の攻撃、ですか」


 ピエトロは聖剣を前に突き出した。


「ならばこちらは、全てを掌握致しましょう」


 瞬間、聖剣の刀身を中心として魔法陣が出現。

 聖剣と同じ白の混じった黄金の色彩は、つまり聖属性の魔法を秘めた魔法陣である。


 花弁を開くようにして回転を始め、光を増していく魔法陣を尻目に、ピエトロは自身の前に立ち塞がる敵を見据えながら宣言した。

 

「『蹂躙なさい』──『天神の聖涙(ティアーレイ)』」


 魔法陣の至る所から、聖属性の魔力による弾丸が射出された。規則正しい弾丸の雨は、ピエトロへ到来する血液に反応すると唐突に軌道を変え、その聖なる力を以て打ち破っていく。

 というよりも相殺と呼ぶべきか。互いに打ち消し合ってはいるのだが、相性の問題で僅かにピエトロの弾丸が勝っているのだ。


 どうやら『天神の聖涙(ティアーレイ)』は『紅五月雨ブラッド・レイン』の血液の中に眠る悪しき魔力を頼りに迎撃をしているようである。


 ──ならば当然、フェイやヴェンもその対象だ。


「よっ、ほっ!」


 フェイは止まる事なく動き続けながら、壁や床に弾丸を誘発させつつ回避していく。

 次いで、瓦礫の山へと足を向ければ、残骸の一つに足を引っ掻け、勢いよく蹴り上げた。震動が連鎖し、瓦礫の山の一部が空中へと舞い、フェイを追った弾丸の雨が次々と破片にぶち当たり消滅していく。


「あ、ミス──いったァ!」


 だがそれでも完全には消し切れず、何発か体に直撃した。腕、脚、肩と比較的外側の部位にばかり当たっているのは、咄嗟に体を捻ったフェイによる機転だ。

 故に、彼はすぐ様ナイフを自身の体へ通し、患部を取り除く事で聖属性による浸食を防いだ。


 聖属性が直撃した血肉が宙を舞い、炎上するよりも早く溶ける様に消滅した。

 どうやら銀のそれよりも上位の力を持っているらしい。これが心臓や首に当たれば、フェイは患部を取り除く暇もなく死んでしまうだろう。


「めんどくせェ! ──『血濡れの邪剣ティルフィング』」


 対し、ヴェンは確実にテトを守る制約がある以上派手に動けない。

 故に彼は掌に鮮血を集合させると、圧縮し、まるで水の刃のように血液の剣を生み出した。


 振るわれた瞬間に刀身が伸び、ヴェンへ向かって襲い掛かった弾丸の全てを薙ぎ払う。

 聖属性に血液は負けてしまうが、弱点の分を量で埋めているのだろう。結果として卓越した血液操作能力によって生み出された血刃は、弾丸への迎撃を終えた時点でちょうど消滅した。


「らァッ!」


 ヴェンは再び血液を掌に集中させると眼前に向けて突き出した。

 腕の動作と連動して血液がうねり、やがて抑えきれなくなったようにピエトロへ放射される。


 大気を切り裂き、フェイが空中へ打ち上げた教会の残骸を飲み込みながら駆ける破壊の権化。

 圧縮した血液に指方性を与え、それを光線ビームとして打ち出したのだ。


「凄まじい威力ですが、私には効きません」


 魔法陣の付いた剣を突きだせば、そこから半円状の魔力が滲みだし聖属性の盾を形成──着弾。

 衝撃を逸らす形を為している盾は、ヴェンの一撃を天へと弾き飛ばした。


「少々厄介ですね……」


 展開された魔法陣が、ピエトロの剣を振るう動きと連動して消えていく。

 だがそれで攻撃の手が緩まった訳ではなく、彼は呼吸を置く暇もなく剣を構えると、人間離れした身体能力を活かし、中央の道を疾走し始めた。


「はッ───!」

「アハハッ!」


 迎え撃つフェイとピエトロが接近し、両者の刃がぶつかり合う瞬間──


「生憎、今は貴方に用はありません」


 ──ピエトロの聖剣を生み出している指輪から、光が消え、同時にフェイの一撃は空ぶった。


「……!? そんなん出来るの!?」

「チッ……!」


 驚くフェイを尻目に、ピエトロは軽やかな身のこなしで横をすり抜けると、そのままヴェンに向かって肉迫する。

 ヴェンはすぐ様テトを抱えて回避行動に移ろうとするが、それよりもピエトロが到達する方が早い。タッチの差だが、戦闘においてこの一瞬は生死を分ける。


「───!」


 指輪が光り輝き、再び聖剣が出現。

 凄まじい光を携えた刃が振り下ろされ、ヴェンは咄嗟に取り出したナイフでそれを迎え撃った。


「コイツらの『聖剣』は魔力で編まれた物で出し入れは自由だ! 気ィつけろ!」 

「りょう──」


 ピエトロと鍔ぜり合うヴェンだが、テトを抱えている上に不安定な姿勢で刃を受けたせいか、僅かに押されている。

 このままでは切られるというのはこの場にいる全員が理解している事で、だからこそフェイはすぐさま地面を蹴った。


「かいっ!!」

「ぐ、おおぉおおっ!!?」


 いつの間にかピエトロの傍へと肉薄したフェイによる回し蹴り。相手を殺すのではなく当てる事を意識した、確実性の高い攻撃だったが、人間である彼を吹き飛ばすのには十分すぎる威力を持っていた。


 横っ腹から直撃を受けたピエトロの肉体がひしゃげ、一瞬にして反対の壁へと激突し噴煙を上げた。


 蹴り勢いを殺すように、フェイは着地して僅かに踏ん張る。

 だが。


「ッ、神父さん、なんか張ってたね・・・・・……!?」


 踏ん張ったフェイの足。

 ピエトロを蹴り飛ばした右足が、聖属性の浸食を受けて崩れた。


 気付いた瞬間、無事な部分の足を素早く切り落とす事で事なきを得たが、怪我を負う度に自傷を行うのは悪手過ぎる。


「どうだ」

「蹴った感覚が鈍い。それに足が溶けた! 多分何かで防御したんじゃないかと思うんだけど……」

「ええ、その通りです」


 会話をする二人を尻目に、突如として煙が晴れた。

 風が教会を凱旋する中、中心地には崩れた壁の瓦礫に立つピエトロの姿がそこにはある。


 髪が僅かに乱れ、神父服が破れているが、それでも彼は無傷だった。

 余裕とばかりに衣服に付いた砂を払っている。

 彼は両手を広げた。


「肉体はまだしも、私を守るこの衣服に聖属性の加護が付いています。──触れただけで貴方たちの肉体は溶けてしまうでしょう。そして物理的な衝撃に対する障壁もね。とはいえ、今の一撃を受けた事で少し削れましたが……あと数発は受けても無事でしょう」


 聖剣があり、聖属性を帯びた神父服もある。

 結界とは違い弱点も無い。


 攻守ともに完璧といった所だろうか。


「アッハハ、強いねぇこの神父さん」


 フェイは姿勢を低くしながらナイフを逆手に構え、いつでも駆け出せるような体勢を取っている。

 先ほど患部を取り除いた事による傷は既に塞がっているが、些か疲労していた。


「再生能力って体力とか使ってる?」

「体力と血液……まぁ魔力だな。俺たちは豊富にあるが消費はする。不死身に近いが不死身ではねェって話だ」

「だっから疲れるのかぁ……」


 複数個所を治せば、その分だけエネルギーを消費している事になる。吸血種になりたてのフェイにはまだ慣れない事だ。

 これが再生能力を『操れていない』事の弊害なのだろうか。


「……マズいな」


 ふと、ヴェンが呟いた。

 それは特定の何かを指して言った言葉ではない。この状況を総合的に見た上での言葉だ。


「かもねぇ……」


 そして、フェイもそれには気づいている。


 まず戦力は均衡しているように見えるが、相性という観点で二人は劣っている。その上、身体能力で本来なら勝っているはずなのに、単純な腕力などの観点を除き、ピエトロはフェイに追随するほどの性能を見せていた。

 

 更に攻撃手段、防御手段共に相手の方が豊富である。それに対抗するにはヴェンの力が必要不可欠だが、彼はテトを守るためにその力を割いている。

 本当ならフェイが守に回るべきなのかもしれないが、先ほどの攻防を見ればわかる通り、こちらは少し対応力に欠けているのだ。


「ヴェン、悪いけどテトを見捨てる選択は無しだよ」


 隣の相棒が考えてそうな事を先読みし、封じる。


 畢竟、合理的なのはその選択である。

 足手まといのテトを見捨てれば、ヴェンが本格的に戦闘へと加わり、人数的に有利になる。むしろ彼女を囮にすれば確実にピエトロを打破できるだろう。例え服による防護があったとしても、一斉に攻撃を仕掛ければ突破は可能なはずだ。


「そりゃなんでだ。嬢ちゃん守って俺ら死んだら元もこもねェぞ」

「だってさぁ、僕たちおびき寄せられて殺されそうになったんだよ? 僕は友達をこんな風にもされたんだ。人質回収できたのに、その上で見捨てて帰るなんて──ダサいし、気に食わないんだけど、ヴェンは違う?」

「ハッ!」


 ヴェンは鼻で笑った。


 現在、三人は硬直状態だ。

 フェイとヴェンは話し合いをしており、反対にピエトロは隙を見出そうとその会話を聞きながら聖剣を構えている。


 この時間は互いに視線や微妙な体の動きで牽制しあう事によって作り出されている。


「オーケー、見捨てる線は無しだ。だったらどうする? このままじゃ俺たちが消耗していくだけだぞ」

「ええ、その通りです。ですから大人しく死んで頂けませんか?」

「はァ? お断りだゴミ神父。こちとら作戦会議中だから少し待ってろ」

「生憎と、何かヒントを得られるかと思い傍聴していましたが……どうやら特に得られるものはなさそうです。ですから──」


 ピエトロが腰を落とし、深く、構えた。


「少々手荒くいきましょうッ!」


 破砕音と共に、ピエトロの肉体が風と化す。

 一瞬にしてフェイたちとの距離は縮まるが、二人が左右に分かれて飛びのけば、ピエトロの勢いは止まらずそのまま教会の壁を切り裂いた。


 たまらず壁が崩れ、その余波を受けて元々崩壊気味だった教会が音を奏でる。

 倒壊寸前。

 まるで地響きのように教会全体が振動し始めた。


「全ては、尊き犠牲の上に」


 関係ないとばかりに跳ねる凶人神父。

 ヴェンは迎撃として血液の弾丸を放つが、切り捨て、縦横無尽に駆ける彼を捉える事は出来ない。


 神父服が有効だという事を理解したからか、あるいは勝負を決めるために覚悟を決めたからか。

 彼の動きは先ほどよりも機敏で、より野蛮だった。


「限界がちけェか……!」

「ヴェン!」  

 

 舌打ちをするヴェンと神父の間に、フェイが刃を以て割り込んだ。あまりにも現実離れした斬撃が交差し、互いの剣が拮抗する。


「援護、頼んだよ!」


 強くフェイの体が躍動し、押し切る事で敵を後退させる。 

 同時に目配せをし、フェイとヴェンも距離を取った。


「っ、何をする気だフェイ!」


 崩壊を続ける教会の中、ヴェンの疑問の声が響く。

 会話をピエトロが聞いている事など百も承知だろうが、それでも彼は尋ねた。彼自身もこの状況を打開する策を考え続け、結論が出ないが故だろう。


 フェイには答える義務がある。

 例え伝えられないとしても、ヴェンを動かすだけの一言が、必要だ。


 だが、彼は、ゆっくりと笑みを浮かべた。


「──アハッ」


 戦力が拮抗し、互いにあと一歩が足りないという現状。

 ヴェンが動ければ敵を打破できるだろうが、それは不可能に近い。


 だがピエトロは多少の犠牲を許容した。

 荒事を肯定した。

 ならば、このまま同じ状態を続けていても殺されるのはフェイたちだ。


 では、この状況を打破する最も有効な手は何か。


「何をする、だって?」


 テトを見捨てる事?

 犠牲覚悟でヴェンが動き出す事?

 

 否。

 もっと単純でより良い方法がある。


 誰も犠牲にせず、むしろこれからの為になる素晴らしい方法が。


「僕は今から、人間性を捨てるのさ」

  

 解答──フェイが『血液操作』を習得し、戦力の均衡を崩す。


~~~~~~~~~~~~~~~


「『血液操作』が出来る様になるコツって、なに?」


 神父からの手紙を受け取り、教会へ屋根を伝いながら向かう最中。

 フェイは、ほど近い所を疾走する『相棒』へそう問いかけた。


「コツか」


 『相棒』は視線をこちらに向けず、前を向いたまま呟く。


「一言で言えば、『感性の爆発』だな」

「爆発~?」

「あぁ。俺たち吸血種の血液操作ってのは、体内の血液、もしくは血液に変換した魔力を使用する、っていうのは覚えてるな?」

「それぐらい覚えてるよ」


 昨日の夜、『相棒』によってフェイは『血液操作』とはなんたるかを学んだ。


「僕たちが再生時に貧血にならないのは、自動的に魔力を血液に変換してるからで、人間は吸血種になった時に魔力が爆増する、だったよね?」


 言いながら、フェイは掌に視線を向ける。

 体内に溢れる吸血種の血液。それに意識を飛ばすイメージで集中し、手足のように操るべく力を込める。


 血液が飛び出せるだけの小さな、小さな穴を掌に生成。そこから『三本目の手』とも呼べる鮮血を───


「……やっぱダメっぽい!」

「そりゃ今の一瞬で出来る様になったら世話ねェよ」

「むっかつくんだけど!」


 そう、フェイは『相棒』の授業を受けたが、すぐに血液操作を習得は出来なかった。前段階で躓いたのだ。これは人間が扱う技術と同じであり、感覚的なものだからこそ時間がかかる者は多いらしい。

 基本的に一週間程度かかるのが殆どのようだ。


「お前が血液を操作できないのは、感覚を知らないからだ。あるだろ? 小さい頃、全然できない事があったのに一度出来たらその後は失敗しなくなった経験」

「あるある。誰にでもあるよね」

「『感性の爆発』ってのは、要するにその一回目だ」


 建物の繋ぎ目を飛び越える。


「爆発させる方法はいくつかあるが、意識を極限まで集中させる事、死の淵に陥る事、後は……人間性を捨てる・・・・・・・・事だな」

「人間性?」

「おう。俺もこれがきっかけだった」


 『相棒』の目配せに従い、少しペースを落とす。


「吸血種ってのは人間じゃねえ・・・・・・。だが、多くの奴はその感覚を掴めねえのさ。無意識的に自分の事を人間だと考えちまう。多分、おまえも例外じゃねえぞ」

「え? ほんと? 別に人殺す事に嫌悪感とかないけど」

「こればっかりは感覚的な事だ。何かのきっかけ・・・・を得る事で、自分が人ならざる何かだと強く認識する。そうする事で初めて血液操作を会得するなんて場合も多い」


 即ち、今のフェイは吸血種であるという自覚はあるが、無意識のどこかではまだ成り切れていない・・・・・・・・、その可能性があるという事だろう。

 それを取っ払った時こそ、血液操作に辿り着ける。


「きっかけって、例えば?」

「そォだな」


 フェイの疑問に、『相棒』は笑った。


「──人を食う、とかな」


~~~~~~~~~~~~~~~


「アハッ♡」

 

 いま、フェイとヴェンは講壇の近くに立っている。

 そこは戦闘が始まるよりも前に、ピエトロがテトの事を嬲った場所であり、血液が滴っていた。


「何を企んでいるかは知りませんが──」


 神父の聖剣が光を発する。

 間を滅す力を以て、距離は一瞬で縮まった。


「──そろそろ、斃れてもらいますッ!」

「……!!」


 一瞬、迷った様に瞳が揺れて、ヴェンは血液の刃で迎え撃った。

 避けるか否か迷ったのだろう。だがフェイの言葉を信じ、フェイへ攻撃がいかないように受け止めたのだ。

 

 それを見て、フェイは血溜まりの中に手を伸ばす。

 即ち──そこに転がったテトの腕へと。


 掴み取り、掲げ、一口で嚙み千切り、咀嚼した。


「───」


 吸血種とは他者の血肉を食らい、生き永らえる怪物である。

 そんな彼が人肉を食した時、何が起きるのかは火を見るよりも明らかだ。


 栄養補給。

 再生や運動によって消費された体力が一気に全快し、全身を廻る血液が活性化した。


「ク、ソ……!」


 剣戟の隙間、ヴェンの腕が切り落とされる。

 反対に、ヴェンの一撃を受けたピエトロの脇腹が、神父服の防護を得た上で僅かに抉れた。


死んでもらう・・・・・・?」


 刹那。

 ピエトロの肉体が背後へ飛んでいく。


 金属音が響いた。

 音の発生源はピエトロの腹部辺りにある血液の剣だ。あと一瞬でも彼の反応が遅れていれば刺さっていたそれを、獣のような反射神経で反応し、聖剣を着弾地点である腹部に置く事で防いでいた。


「ぬ、ぐ、ぁあああァあアあアアアあ!?」


 だが衝撃までは殺せない。

 凶人神父は、崩壊中の教会へ叩きつけられた。


「何を言ってるんだい」


 崩壊。

 轟音。


 そんな間隙。

 腕を振りぬいた姿勢の彼の腕には、どこからともなく出現・・・・・・・・・・した・・血液が付着している。


 血溜まりと血化粧と彼の腕に滲んだ血液。

 鮮血という楽園の中で、彼は言った。


死ぬのは君サ・・・・・・。憐れな神父さん」


 ───教会が、完全に崩れた。



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