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第16話 叱られたシス

 野原のど真ん中にポツンと生えた木の下で、シスは私を膝の上に抱いたまま、ニコニコと見つめている。余程デザートに満足したらしい。黄金とも黄色ともとれる虹彩が、普段よりも輝いて見えるのは気の所為じゃない気がした。


 男性慣れしていない私の心臓は、未だにバクバクとうるさい。どうやら心拍数が上がると私から血の匂いが漂うらしいので、これはあまりいい状況ではなかった。こんなんじゃ、いつまたフラフラと吸い寄せられて血を吸いたいと言われるか分かったもんじゃない。


 こんなのに近寄られたら、普通の女子はまあドキドキしちゃうのは仕方ないだろう。私だって、うら若き乙女のひとりだから。


 だけど、相手はヒトの血を吸う亜人。いくらシスが私を食べないと宣言していても、どうもいまいち信用ならない。だったら、自分の身を守る為に必要な行動はひとつしかない。


 早くシスから離れるんだ。私を支えていたシスのがっちりとした腕に手を乗せ、体重をかける。


「ご、ご褒美はこれでおしまいだからね!」


 そのまま勢いよく立ち上がったら、くらりと目眩がして動作が止まってしまった。まだ膝をついたままのシスが、私の腰を抱いて支える。


「小町、大丈夫かー?」


 満足げな笑顔に心配そうな色をほんのり浮かべたシスが、私の顔を見上げてきた。一瞬、ベタなおとぎ話に出てくるお姫様に忠誠を誓う騎士みたい、なんて馬鹿なことを考えてしまう。


 視界が白くてチカチカと眩しいから、幻覚を見たのかもしれない。実際に私の前に膝を付いているのは、露出狂と言っても過言じゃない服装をした吸血鬼なんだから。まあ、露出度については私も人のことは言えないけど。


「ちょ、ちょっとだけ待って……」


 それにしても、足が重い。これって、もしかして貧血の症状じゃないの。


「小町……、本当にどうした?」


 多分、自分の顔に乙女のハートを鷲掴みに出来る破壊力が備わっているなんて、シスは気付いてもいないんだろう。単純な性格だけあって、敵同士な筈のヒトである私にもにこやかに笑いかける。全く、この警戒心ゼロの亜人は。これじゃ、怒りたくても怒れないじゃない。まあ、怒るけど。


「……あのねえ、吸い過ぎなの!」

「え? あれだけで?」


 たった三口(みくち)だぞ、と言うシスの脳天に軽くチョップを入れた。途端、突き出されるシスの下唇が……可愛いけど、そんな顔をしても駄目。


 シスの少し癖のある、上に向かってうねる青い髪。初めて触れたけど、固そうだと思ってたのに柔らかくて、心臓がまたバクン、と変な音を立ててしまった。うわあ、大人の男性の頭に、初めて触っちゃった。


 もうちょっと触っていたくて、シスを叱りながら髪の毛をさりげなく指で摘んでみる。うは、艶々。


三口(みくち)じゃないでしょ! 最後にたっぷり口の中に頬張ってたじゃないの!」

「うっ」


 バツが悪そうに目線を逸らすシス。私に頭を触れられていることは、あまり気にならないらしい。皮膚感覚が鈍いのか。


「だって、小町が美味しくて……っ」

「約束は約束でしょ!」


 もっと触っていたかったけど、これ以上触っていたら、多分つい撫でてしまう。大きなペットみたいだと言ったら、さすがのシスも怒るかな。


 残念だけど、シスの頭から手を離した。ちょっとぐしゃぐしゃになっちゃったけど、まあ私以外見る者はいないからいいだろう。


「もう次のデザートがなくなってもいいの?」


 私の言葉に、シスが涙目になって私の腰を抱き寄せ、腹部に頬をぐりぐりと押し付けてきた。な、な、何してるのこの馬鹿!


「やだー!」


 だから、その言い方。離したばかりの頭を、今度は両手で鷲掴みにして押す。やっぱりびくともしない。この馬鹿力め。


「シス! 離しなさいってば!」

「次もデザート欲しい! 護衛、ちゃんとするから! くれるって言うまで離さない!」


 シスが私の腰を引き寄せ、いやいやをしている。いやいやしたいのはこっちだってば。


「あんたが飲みすぎるからでしょうが!」

「もう飲みすぎないって約束するから!」


 お願い小町ー! と潤んだ瞳で私を見上げるシス。――ま、眩しい! 顔面が眩しすぎる!


「……つ、次に飲み過ぎたら、もうなしだからね!」

「……うんっ!」


 シスが、パアアッと、それはそれは晴れやかな笑顔になる。そしてそのまま私の腰にぎゅっと抱きつくと、一向に離さないまま目を閉じ、私の腹部に鼻先をぐりぐりと擦り寄せ続けたのだった。


 ……なにこれ。

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