フェステ
「…………それで? 乙女はその後どうしたの?」
「…………逃げ出しました」
…………いやなんでこんな目に……
椅子に座る夜久乃姉と、その下で床に正座させられる俺。そろそろ足が痛くなってきたな……
「…………おばか?」
「なんで疑問形なんだ?」
「おばか、さん」
「丁寧になった!?」
「たわけ」
「もっと酷くなった!?」
「お間抜け、腰抜け、直情径行」
「うぐぅ……」
さっきから罵られてばっかりだ……や、それよりもさっきから目線の先に映る夜久乃姉の足が……
「あらなぁに? もっと罵って欲しいの?」
「もう充分です」
「あら、そう」
「…………なんでそんな つまんなそうなんですか……」
夜久乃姉には元から加虐趣味があるけど、普段ならもうちょい楽しそうな顔をするのに。いや俺にいぢめて欲しいとかいう嗜好は無いけど。
それよりもこの体勢をどうにかしてくれないかねぇ…………正座は痛いし、なによりさっきから組み替えられてる夜久乃姉の足が視界にチラついて…………
「ふぅん? 」
あ、夜久乃姉の目が光った。……って、いやなんでスカート引き上げてんの!?
「あら、見たいんじゃないの?」
「見たくねぇって!!」
「その割に身体が前のめってるわね?」
「そ、そんなわけ……」
「……特別サービス、しましょっか」
「え」
夜久乃姉は立ち上がると、スカートの両サイドに手を差し入れてしゅるり、と紐を解く。ぱさり、と床に落ちた布切れが部屋に香りを1つ添えたところで俺は立ち上がる。
「夜久乃姉、ストップ」
じんじんする足をこき使って夜久乃姉の前に立ち塞がる。
「……夜久乃姉は昔っから『自分の身体は大切にしろ』ってうるさいクセに、自分の身体は粗末に使うんだから」
「貴女に意見される必要は無いわ」
「そう言うとこ」
人に指図しておいて自分はやらないとこ、それも周りの人が食らうはずの被害を全部自分で背負おうとするとこ。この10年ずっとそればかり見せられて居るあたしが黙ってられるわけがない。
「…………その芸はあれか、タヌキジジイ共に仕込まれたか?」
言い終わる前に部屋に乾いた音が響く。
「…………出て行きなさい」
「やだね」
揺さぶられた視線を真っ直ぐに戻すと、キッと夜久乃姉を見据える。
「夜久乃姉1人で全部背負うとこ、俺は嫌いだよ」
「なら尚更」
「だけどな」
夜久乃姉の襟元を掴む。
「その為に夜久乃姉が傷つく方がよっぽど嫌いだ」
「知ったような口を利かないで」
逆に襟元を掴んで壁へと押し付けられる。
「……ボクがどんな気持ちで今ここに立ってるのかを乙女に語られる筋合いは無い」
「…………へぇ、夜久乃姉」
無理に作られた怒り顔の、その向こうを見透かして。
「そんな顔もできるじゃんか」
「っ!?」
夜久乃姉の身体で壁に押し付けられる。
「忘れなさい乙女、これは【歌劇】よ」
「忘れられると思うか?」
「台詞のように忘れなさい、これは【歌劇】よ」
「| The play's the thing!《劇こそまさにうってつけ!!》」
弾かれたように離れる夜久乃姉。
「乙女、それって…………」
「夜久乃姉、俺だって昔『演ってた』んだぜ? そう簡単に忘れないって」
「……その割に英語の点低いわよね?」
「ノーコメント」
「そう」
後ろを向いた夜久乃姉の口元が僅かに緩んだように見えて、
「……でも、今日はもう帰って。疲れたわ」
「……ああ、明日また来る」
扉を開けて夜久乃姉の幕を一旦下ろす。
…………ふふっ、久々に夜久乃姉から1本取れたぜ。