案じて。
「……さて、第一章を始めましょうか」
「うぇぇ……は、はい……」
テーブルを挟んで向き合う夜久乃先輩がレポートに目を落とす。かと思えばまた視線を上げて入口の方を見る。と、
「………棄ててきた」
不躾にドアを開けて、ことも無さげに乙女さんーー夜久乃先輩にさっき名前を教えてもらったーーが帰ってくる。と同時に洗面台に駆け込んで手をゴシゴシ洗っている。
「水が跳ねるからもっと静かに使いなさいな」
「だってあんな汚いものを……」
「観客にそういうこと言わないの」
「へーい……」
手を拭きながら出てくると、乙女さんは夜久乃先輩の背後に回る。
「改めて。この1週間の成果の程を確かめさせて貰うから」
レポートを1枚捲ると、真剣な表情で中身を追っていく夜久乃先輩。それを後ろから見つめる乙女さんの表情も若干険しくて。
そのままどれ位の時間が経っただろう。最後のページが終わると、夜久乃先輩が小さく息をつく。
「………………そう、そうなのね」
レポートを机の上に投げて視線を上げる。
「………暁乃の塩梅はそんなに悪いのか?」
乙女さんがレポートを拾い上げてパラパラと捲り、首を傾げてそっと机に戻す。
「見た感じだとまともなようだが?」
「周りに誰も居ないのが気掛かりなの」
ふぅ、と息をつく夜久乃先輩。
「そう言ってやるなよ、あいつはそういう性分だから」
「………そう、ね」
その後しばらくは2人だけの話が続いてて。……うーん、なんだか居心地が悪いなぁとおしりをもぞもぞさせていると、
「………おい、ところでこれはどうすんだ?」
と乙女さんに指を指される。
「あら忘れてたわ。そうね、報酬のこともあったし……こっちにいらっしゃい」
お、やっと帰れるかな? それにしても報酬のバナナはどこだろう? ときょろきょろしつつ席を立って歩いていくと、
「そうね、まずは……」
白い指が私の首筋にかかって、そのまますすすっ、と滑る。その度にぞわわわっとよくわかんない何かが身体を走り抜けて、
「………リボン曲がってるわよ」
「………ひゃいっ」
胸元に滑り込んだりはせず、そのままリボン直しが始まる。
「ん、これでよし。あとはそうね、報酬のバナナはこれ。……正直、貴方の情報には期待してなかったから手切れの半房しか無いけど」
「あ、どうも、あざっす」
「……また何か頼むかもしれないから。その時は乙女を差向けるかも」
「えぇー……」
見るからに嫌そうな顔する乙女さん。
「あ、分かりました……今後ともよろしくお願いします、乙女さん」
「こらその名前で呼ぶなっ!? 俺には陸原って名前が」
「それは苗字で名前は乙女でしょうに」
「夜久乃姉ぇまでぇ……」
とまぁそんなドタバタはありつつもなんとか夜久乃先輩の部屋を脱出して菊花寮を出たわけだけど。
「なんで居るんですかくが……乙女さん」
「待て、なんで苗字にしかけて名前にした」
「えーと、なんとなく? 」
「………けっ、夜久乃姉の命令だよ。お前を桜花まで送ってけってさ。まー俺も家帰るから丁度いいけど……よっ」
足下の小石を蹴っ飛ばす。あーあー、ガラスでも割っちゃわないといいけど。
「…………んで情報屋、暁乃の事だけど」
「ああ、調べて欲しいって言われてた人ですね。夜久乃先輩のお気に入りなんですか?」
「お気に入りと言うより……いや、この先は言えないな。気になるなら自分で調べろ」
「ええー」
「……とはいえ俺にとっても大事なヤツなんだ、暁乃って奴はな。年も同じだったし、昔は良い奴だったんだけど……こっち来てからはな、学年も別になっちったし」
「ほえー……早生まれなんですか?」
「ん、あぁあいつはけっこう早いな」
…………ん?
「え、でも夜久乃先輩のことを姉って」
「え、待てお前気づかなかったのか?」
そう言うが早いか、乙女さんは電灯の下まで歩いていって振り返る。けっこう身長のある乙女さんだけど、少し離れてみると全体図が見えて……って、
「こっ、校章が同じ色ぉ!?」
「やっぱ気づいてなかったのか……」
頭を抱えた乙女さんの制服の胸についてたのは我が星花女子学園の校章……なんだけど、私よりぺちゃ……失礼、私よりも高い位置にあるそのお胸の校章の色は黄緑で。
「まぁこの色だと見えにくいっちゃ見えにくいけどよ…………2年目だけど1年生なんだよ、悪いか?」
「えーとそれはつまりあれですか、りゅうね」
「言うな踏むぞ蹴るぞ埋めるぞ」
「埋める!?」
「体力には自信あるからな、1m位で足りるだろ、ん?」
「同じ1年生……」
乙女さんと私とを代わる代わる見比べて、むにっとしてみてさらに見比べるとだんだん乙女さんが不機嫌になる。
「なんだ? 自分の方が大きいかもとか比べてんのか?ん?」
「同級生なら……乙女さん、改め、乙女ちゃん?」
「よーしお前そこ動くな今スコップ探してくるから」
あ、割と本気で怒ってらっしゃる…………
「……ったく、誰だよこんな変な名前付けたのはぁ……いいな、俺は陸原だからな、下の名前呼んだらマジで街路樹の栄養分にすっからな?」
「はーい、乙女ちゃ」
脳天空手チョップ炸裂。ななせは たおされた!!