未知数の戦力ばかり【Cパート】
「――というのが、今回のゲームのストーリーの流れと、各攻略キャラの目的です。」
窓野はシナリオライターの千倉にざっくりと説明をした。
「大体わかりましたけど、私、軍事方面はあまりよくわからないので、その都度訊いてもいいですかぁ?」
千倉は三十代後半の太めの女性だった。
胃が悪いのだろうか、口臭がすごい。
「はい、構いません。メールでも電話でも。
大体、会社にいますんで。」
この時、まだ窓野は今後、千倉の長電話攻撃に悩まされる事になろうとは夢にも思わなかった。
「それから、前作の主人公はどう扱いましょう?」
「それはいなかった事にしてください。
転校してくる新たな主人公が自分の投影キャラになりますので。」
「じゃあ、ライバルというか悪役の女の子たちは?」
「ヴェルミーナ、マリリン、オーグスタたちは一学年先輩として登場させます。
性格は‥‥まあ、多少面倒見のよさは出しても、基本は前作に近い形でお願いします。
今回は彼女たちを没落させるルートも作りますので。」
「私が書くと、優しくなっちゃうかも。」
「ええまあ、極力で構いませんよ。
今回彼女たちの父親を出しますが、彼らも凶悪な悪事を企むので、むしろそっちが悪役として描きやすいかもしれませんね。」
「それと文量ですが、この期間だと私一人では書き切れないです。
サブのライターを付けてもらえないですか?」
千倉の出した条件に、窓野は羽田をチラ見した。
「ええ、それは手配します。
粟原と春目というライターならすぐに押さえられるかと。」
(げっ。)
窓野は羽田がアテンドしたシナリオライターの名を聞いてうんざりした。
スピードこそあるが、攻略キャラクター別のシナリオのほとんどがコピペで、しかもつまらない。
それでいて日本語力だけは確かなのでリテイクが出しにくいというプランナー泣かせのライターだ。
そもそもすぐに押さえられるライターという時点で業界からの評価は推して知るべしである。
そして、この後、この二人が千倉と犬猿の仲にまで発展する事を、この時の窓野は知る由もなかった。
● ● ●
千倉との打ち合わせが終わり、窓野は千倉が要求してきた資料を掻き集めていた。
と、そこへ羽田が現れる。
「窓野さん、いい話と悪い話があるんだけど、どっちから聞きたい?」
「‥‥じゃあ、いい話から。」
「粟原さんと春目さん、OKだって。」
(でしょうね。)
窓野は心の中で言う。
しかし、この程度がいい話では悪い話に対する受け身が取れない。
「で、悪い話なんだけど――」
「どうしても聞かなくちゃダメっスか?」
「うん。」
「わかりました。」
「原画の外川さん、今回使えなくなっちゃったから、直木さんに探してもらってる。」
外川新之助は通いで来てくれるフリーランスの原画マンで、しかも月極だ。
技量は確かで、1言えば10とまでは行かずとも7か8は理解してくれる頼れる男だったのだが‥‥。
「‥‥まあ、仕方ないですね。」
窓野は絵コンテの精度を上げなければならない事を覚悟した。
「月極は予算的に無理だから単価発注になるわね。」
精度を上げた上でスピードも上げなければならない。
窓野は泊まり込みを覚悟した。
「それから――」
どうやら悪い話は一つではなかったらしい。
「キャラデザの現路ココナさん、予算とあちら側のスケジュールの都合で主人公と攻略対象三人だけになったから。」
「――って、他のキャラはどうするんです?
旧キャラクター、卒業するんで衣装が変わるんですけど。」
「ウチのデザイナーで何とかするしかないわね。
ちょっとビミョーになるかもだけど。」
窓野にはゲームの『ウリ』が目減りしていくのが明確に感じられた。
「現路さんとの打ち合わせは早まったりしませんよね?」
「あれ、どうしてわかったの?
明後日になったから。」
悪い話は二つでもなかったらしい。
「その席に千倉さんも呼んでいいですか?
イメージをかっちり固めたいんで。」
「いいんじゃない。
じゃあ、千倉さんへの連絡は任せたから。」
そう言うと羽田は自分の席へと戻って行った。
「‥‥‥‥‥‥。」
ラインがスタートして間もないうちに修羅場に突入した窓野は遠い目で天井を眺めた。
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