スカイドンとマスターアップ【Aパート】
これはフィクションとしておきます。
仮に現実で似た事があったとしてもフィクションとしてお読みください。
「スカイドン、来たーっ!」
窓野がイレブンキーのファクシミリに届いたソニーからのバグチェックを見て叫んだ。
スカイドンとは特撮番組『ウルトラマン』に登場した怪獣である。
空へ何度も打ち上げてもその都度地上に舞い戻ってくるというストーリーから、マスターロムを何度出し直しても突っ返される現象をイレブンキーではそう呼んでいた。
「三度目もダメだったかぁ‥‥。」
羽田が両手を腰に当てて残念そうにつぶやいた。
「誤字脱字はCバグなんで、この際、仕様で通しても問題ないとは思うんですが、一件だけ画面停止系があるんで逃げられないですね‥‥。」
『画面停止』という単語を耳にしたメインプログラマーの不二がツカツカと歩いてきた。
「ちょっと見せて。」
「あ、はい、どうぞ。」
不二は窓野からファクスを受け取ると眼鏡のブリッジを一回持ち上げ、舐めるように見る。
そして読み終えたと思ったら、開口一番、
「あー、これ直すと他が縁バグ起こすかもしれない。」
不吉な事を言う。
縁バグとは、そのバグの対応をした事で他に新たなバグを引き起こす現象で、『エンドレス・バグ』とも呼ばれる。
「何とかならないですか?」
「対応するには根本から直さないとダメ。」
「不二くん、どれぐらい掛かりそう?」
羽田も心配そうに尋ねる。
「うーん、中を見直さないと何とも‥‥。
検証含めて二日‥‥いや、三日かなぁ。」
「三日、ですか‥‥。
――羽田さん、誤字の方も直しちゃっていいですか?」
可能な限り完璧に仕上げたいと願うのはどのプランナーも一緒だ。
「あんまりこの時期にスクリプトをいじらないで欲しいとこだけど、一応、ツナミさんの指示を仰いで。」
「でも、音声ファイルをいじるのは禁止ね。」
不二が口を挟む。
音声ファイルを加工して別の台詞にする、通称『捏造』と呼ばれる技術を持っていた窓野は不二から警戒された。
「それはしませんって。」
本当は時間がなくて取り切れていないプチノイズ入りの音バグも直したいところだが、窓野はぐっと我慢した。
● ● ●
窓野はツナミの土谷に電話を入れ、ソニーチェックの対応に要する日数を相談した。
その際、Cバグ扱いの誤字脱字関連の対応も、チェックを責任を持って行う事を担保に修正許可を得た。
この時期にはスクリプターは伊佐丸だけになっていた。
実のところ、伊佐丸もお役御免の期日はとっくに来ていたのだが、マスターアップまでは残しておいて欲しいという現場側の意見に負ける形で羽田が折れたのだった。
「これを直せばいいのね?」
伊佐丸がソニーチェックの紙に目を通しながら窓野に確認を取った。
「はい、お願いします。」
「わかった。
けど、ちゃんとチェックはするんだよ、いいね?」
念を押す伊佐丸。
本チャン用のロムにはデバッグ機能がない。
たかが一文字直したシナリオを、頭から通しの天然プレイで確認するのはなかなかの苦行だ。
それを社内のデバッガーチームだけで回さなければならない。
もっともチームと言っても氷室と窓野の二人しかいないが。
だからこそ、伊佐丸は窓野の覚悟を確認したのだ。
「『命を削っても仕様は削らず』が自分のモットーなんで、チェックくらい大丈夫です。」
「いや、そこまでは求めてないけどさ。」
窓野の覚悟を呆れたように伊佐丸がボヤいた。
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