サインをもらって叱られて【Cパート】
「はい、すみません。
よく言って聞かせておきますんで‥‥。」
翌朝、イレブンキー社内で羽田が受話器を持ちながら頭をぺこぺこと下げていた。
やがて電話が終わると羽田は深いため息をひとつ。
「窓野さん、ちょっと来て。」
「あ、はい。」
羽田に呼ばれて席を立つ窓野。
「なんでしょう?」
「昨日の収録ん時、千倉さんと一緒に声優さんのサインをもらったんですって?」
「ええ、頂きましたが‥‥それが何か?」
「その事で今、尾上さんからお叱りの電話が来たんですよ。
仕事なんだから節度を持って接して頂きたいんだそうです。」
昨日の文句は昨日のうちに本人たちに直接言ってくれ。
「はあ、すいません‥‥。
千倉さんとも共有しておきます。
会社の本棚に声優さんのサイン入りの台本があったもので、大丈夫だと思ってたんですよね。」
「あれは‥‥私がもらったんだけどさぁ‥‥。
――どうしても欲しい人のサインなら、事前にキャスティングの人に話を通しておいて。」
「わかりました。」
● ● ●
「――という訳なんですよ。」
窓野は表現を柔らかくして電話で千倉に伝えた。
「そんな事ぐらいでお叱りを受けるのっておかしくないですか?」
ごもっとも。
「そうなんですよねぇ。
自分も本音を言えばその通りだと思いますよ。」
「でしょう?」
「はい。
――でもまぁ、郷に入っては郷に従えって言葉もありますし、ツナミさんで仕事をしてるうちはツナミさんルールに従うしかないですね。」
窓野は丸めに掛かった。
人間、三十代後半になったらフィニッシュホールドはスモールパッケージホールドに限る。
「窓野さんの言う事はわかります。
でも納得いかないですよ、たかが数秒の事でお叱りを受けるなんて。
今までそんな現場はなかったですし!」
カウント2で跳ね返された。
むしろ段々エキサイトしているような気もする。
「ええ、千倉さんの言う通りなんですよ、まったく以て。」
「ツナミさんのルールがあるんだったら事前に言っておくべきですよ!」
火に油を注いでないか、俺‥‥。
「はあ、そうですよねぇ。」
「そんな会社での収録立ち合いなんて、金輪際まっぴらです!
今日の収録、私、行きませんから!」
カウンターでラリアットをくらったような衝撃が走った。
「まあ、千倉さん、攻略対象の残り五人だけなんで我慢してお付き合いくださいよ。」
窓野はまた丸め込みに掛かる。
頼りない録音監督の上にライター不在の現場など、ガラスのロープの綱渡りよりも恐ろしい。
「イヤです。」
千倉もなかなか頑固だ。
やむを得ず、窓野は切り札を出す事にした。
「――プロ、なんですよね?」
逃げられないように絞め付ける、言わば言葉のストレッチプラムだ。
「うっ‥‥‥‥。」
暫く千倉は沈黙した。
窓野も敢えて追い打ちは掛けない。
無言こそが最大の圧であった。
窓野は千倉が自らギブアップしてくるのをじっと待っていた。
電話という闘いのリングの中、今、先に言葉を発した方が負けなのである。
「‥‥わ、わかりました。
‥‥残りの仕事、立ち会わせて頂きます。」
試合時間、実に四十五分、窓野が勝った。
途端に一日分のスタミナをロスしたような疲れがどっと押し寄せた。
(今日の収録、最後まで寝ないでいけるかな‥‥?)
この日、音声収録が台詞数の少ないキラルだけなのが救いだった。
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