サインをもらって叱られて【Bパート】
「パス!」
プロであっても、言いにくい台詞というものは確かに存在する。
十三テイクほど同じ台詞でNGを出した律田はその台詞を後回しにした。
時間が限られているゲームの音声収録では珍しくはない光景だ。
が、キュー出しが初体験の尾上には予想外の出来事のように感じられたのだろう。
「どうしますか?」
窓野に尋ねてきた。
「後回しでいいんじゃないですか。
――ああ、千倉さん、もしもの時の為にさっきの台詞、律田さんが言い易いような代案、考えといてください。」
「了解です。」
と、このような時の対応の為にライターが収録現場に必要な訳だ。
もし、いない時には窓野か尾上が代案を考えなければならない。
● ● ●
いくつかのリテイク台詞を録り終え、フリートークも録り終え、時間を余らせて律田の仕事は終わった。
控室に薄手のジャケットを取りに入ってきた律田は、
「ヴォルフガング少佐、あんな感じでよかったですか?」
尾上たちに尋ねた。
「ええ、いい感じだったと思いますよ。」
尾上が代表して返答した。
「はい、問題なかったですよ。
ありがとうございました。」
窓野が続く。
「カッコよかったですぅ。
あの、よかったらサインを頂けますか?
娘がテブプリの犬飼のファンなもので。」
千倉がチェックを入れていた自分用の台本を差し出す。
「ええ、いいですよ。」
律田は快く応じた。
「ああ、では自分にも。」
窓野も台本を差し出した。
だが、これが後でひと悶着の火種となるとは窓野も千倉も予想だにしていなかった。
● ● ●
続いての収録は若手で売り出し中の福川準だ。
軽い打ち合わせを控室で終えると、福川は興奮気味に語り始めた。
「俺、初めてなんですよ、こういう悪役って。
しかも、天才役でしょ。
そういうの、あまり経験がなくって‥‥イメージが違うようなら言ってください。」
後にテレビアニメでも悪役もこなすようになる彼だが、初の悪役、しかもラスボスという事もあり、超絶に張り切っていた。
「はい、わかりました。
では、よろしくお願いします。」
窓野が頭を下げると、尾上と千倉も軽く頭を下げる。
● ● ●
福川はドイツ語やラテン語の単語に苦戦したものの、それ以外は難なくジークフリードを演じ切った。
むしろ福川が演じた事でジークフリードというキャラクターが生まれたと言っても過言ではなかった。
それ程、当時のテレビアニメで彼が演じてきた純朴な少年像とは全く違う魅力が出ていたのだ。
最後の最後、フリートークで噛んでしまったが、それもそれで人間味があってよかった。
感想、評価、ブクマを付けてくださっている方々、本当にありがとうございます。




