音声収録スタート【Aパート】
これはフィクションとしておきます。
仮に現実で似た事があったとしてもフィクションとしてお読みください。
「かなりマイルドになっちゃったね。」
デバッグをしていたグラフィックデザイナーの氷室が調整版の悪役令嬢三人娘の率直な意見を言ってきた。
彼はデバッガーとしてもかなり優秀で、デバッグ会社でも見つけられないようなレアなバグをたくさん見つけ出してくれる。
「そうなんですよね。
でも、これくらいにしないとツナミさんが納得してくれなくて‥‥。」
「代わりに彼女たちの親父たちが凶悪度が増したね。」
「父親の悪だくみに巻き込まれる形に直しましたから。
正直、直す前の方が没落ルートに意味があったんですが。」
「まあ、クライアントからの要望じゃ仕方ないかなぁ。」
氷室はそう言うと、スキンヘッドにブルーのタオルを巻いて自分の席へ戻って行った。
(さてと‥‥。)
窓野はシナリオのデータを入れたUSBメモリースティックを緑色のリュックサックの内ポケットに入れると、台本の印刷を依頼しに新宿へ向かった。
攻略対象キャラクターである九人分の台本はアニメ用の製本にしたいとの事だったのでツナミ側が費用から発送まで持つことになったが、悪役令嬢三人を含めた有象無象のキャラクターの分は全てイレブンキー側が用意しなければならなかった。
● ● ●
「先月からシステムが変わって、お客様がデータをパソコンで入力される形になったんですよ。」
印刷会社キンカンズの受付の男性が窓野に説明した。
「えっ? は、はあ。」
メモリースティックを渡すだけと事前に牧場から聞聞いていた窓野は目が点になる。
「今、パソコンに案内しますので、そこでデータをお願いします。
ご不明な点はスタッフにお訊きください。
――では、こちらへ。」
● ● ●
(わからん‥‥。)
メカ音痴の窓野は三十分パソコンと格闘するも、一向にデータを入力出来ない状況だった。
「あの、すみません、データを読み込ませる所から教えて頂けますか。」
窓野はキンカンズのスタッフらしき男性に声を掛けた。
「はい、少々お待ちください。」
そう言って足早に他の業務の持ち場へ向かう社員。
● ● ●
「お待たせしました。」
三十分近く経ち、声を掛けたスタッフと違う男性が窓野に声を掛けてきた。
(やっと来た。)
安堵のため息を吐く窓野。
「この中にあるデータを読み込ませたいんですけど、操作が良くわからなくて。」
「表示される通りに操作して頂ければ出来るはずなのですが。
データは壊れてませんか?」
「壊れてないと思います。
会社のパソコンで確認してきましたので。」
「メモリースティックは壊れてませんか?」
‥‥さっきの話、聞いてた?
「はい。
さっき言った通り、会社のパソコンで確認してきましたので。」
「電車の中とかで破損する可能性もありますので。」
どこまで疑り深いんだ。
「可能性はゼロではないでしょうが‥‥。」
「では、そちらをお貸しください。」
キンカンズのスタッフに窓野はメモリースティックを手渡した。
そしてスタッフは手慣れた手つきで操作を始める。
「‥‥読み込まないですね。
やはり、データかメモリースティックが破損しているようです。」
「ええっ‥‥。
――念の為、他のマシンで調べて頂けないでしょうか。」
窓野の言葉に不快感を隠し切れないスタッフ。
「‥‥わかりました。少々お待ちください。」
スタッフはメモリースティックを抜き、奥へと進んで行った。
● ● ●
更に十分後、そのスタッフが戻って来るや否や、他のメモリースティックを窓野の前のパソコンに挿す。
「あれ、読み込まないな‥‥。」
スタッフの口から心の中の台詞が漏れる。
「えーと‥‥どんな具合でしたか、自分のメモステ?」
「お客様のデータは読み込めました。
――どうやら、このマシンが故障しているようです。
なので他のパソコンに案内します。
ですが、ただ今すごく混雑しているのでしばらくお待ちください。」
窓野が他のパソコンに案内されたのは、それから一時間半後の事だった。
● ● ●
台本用の入力を終えたものの、すぐさま帰社する訳にはいかなかった。
印刷済みの台本が入った段ボール箱を、声優のキャスティング会社であるネムケプランニングに一部、音声収録先であるツナミに二部、イレブンキーに二部、発送する為の伝票を書かなければならなかった。
感想、評価、ブクマを付けてくださっている方々、本当にありがとうございます。




