銀入りのスプレー【Aパート】
これはフィクションとしておきます。
仮に現実で似た事があったとしてもフィクションとしてお読みください。
「甘~~いっ!」
イレブンキーの会議室で行われていた定例会議の席で、突然、尾上がお笑いコンビのスピードワゴンのギャグを言い放った。
「えーと‥‥何がでしょう?」
窓野が腫れ物にでも触るかのように恐る恐る尋ねた。
「戦争が全体的に甘いですね。
せっかく題材が戦争なのですから、そこはしっかり押さえないと。」
(えっ、今更?)
その場に居合わせた窓野、羽田、直木の誰もが思考をシンクロさせた。
もう既に声優台本用の削り作業も終えているこの段階で言うとは正気の沙汰とは思えない。
「あの、お言葉ですが、この段階で書き直しとなると期限の方も、押さえているスクリプターの予算もオーバーしてしまうのですが‥‥。」
制作進行の立場から直木が真っ先に口を開いた。
「追加予算は出ません。
それを前提に出来得る範囲の修正をお願いします。
だって戦争なんですよ?
もっと人が死んで当たり前じゃないですか。」
あんた、乙女ゲームに何を求めてんの?
「――では、新キャラに死んでもらいましょう。」
窓野は突然、打開策を言葉にした。
「出来るの?」
羽田が心配そうに尋ねてきた。
「今のシナリオでもラスボスのジークフリートは死にますが、他の新キャラ二人にも死亡する分岐を作るんですよ。
さすがに旧キャラ六人はツナミさんからの借り物という事もあるので無理ですが、この案なら最低限のシナリオとスクリプトの分岐作業と一枚絵の追加で済みます。
有象無象の対面のないキャラクターが死ぬより、攻略対象が死ぬ方が遥かに効果的です。」
「‥‥まあ、妥当な線ですね。」
尾上はそう言うとお茶をすすった。
「千倉さん、大変そうだなぁ。」
直木が下を向いて嘆く。
「これは千倉さんには振らないから安心してください。
分岐シナリオは自分が書き足しますから。
この土壇場じゃ、分岐や親密度の増減値を知ってる自分でないと書けないですよ。」
窓野は自分で自分の首を絞めた。
追加予算が出ない以上、外部の人間に無茶をさせる訳にはいかない。
しかし、窓野はイレブンキーには残業代というものがない事に着眼した。
つまり、何時間働こうがお咎めがないという事だ。
全てが丸く収まる万々歳の策であった。
「私、昔っから死ぬ男性キャラに萌えるんです。」
羽田が突如、訳のわからない事をカミングアウトしてきた。
どう反応すればいいんだ、これ。
「でも尾上さん、これ以上ハードにはしないですよ?
一応、女性向けなんで。」
直木がイレブンキー側の気持ちを代弁した。
「ええ、わかりました。
攻略対象キャラの死亡フラグなら雑誌の記事にもし易いですからね。」
ほっと胸を撫で下ろす三人。
● ● ●
会議が終わった後、羽田が窓野に話し掛ける。
「さっきの、何日くらいで上げられる?」
「実質二人の死亡分岐シナリオなんで、一日泊まればなんとか。」
「泊まる事を前提にしないで。」
珍しく羽田が気遣ってくれている、と思いきや――
「一部のスタッフから窓野さんが臭いってクレームが来てるから。」
見事にオチを付けてくれる羽田であった。
ていうか、誰だよ、そのクレイマーは?
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