帰宅難民状態【Cパート】
「これでいいじゃん。」
十五時に出社してきた不二は窓野に伝えた。
「いや、それあくまでダミーですから。」
窓野がそう言うのにはいくつか理由があった。
直木はフリーランスという事もあり、月極拘束のギャランティが窓野のもらう給料よりも高い。
人のアテンドと進行管理だけで、それだけの額面を持っていかれるのは社内的にもどうよ、という空気になっていたので本編に関わる仕事を捻じ込んだという事がまず一点。
直木に割り振った仕事を窓野が勝手にやってしまうと彼のプライドを傷つけてしまい、そのフォローが面倒というのが二点目の理由。
三点目は羽田が直木の仕事を高く信頼しているという事。
これは窓野よりも付き合いが長いという点がかなり大きい。
彼のやった仕事だと言えば、羽田からの横槍が入る事は少ない、というか、まずない。
要は、いろいろと面倒なのだ。
「直木さんから上がってきたデータが使えなかったら、そのままでもいいっスけど。」
そもそも期限通りに来るかも怪しいが。
「あと、今、適当に俺が動かしているんだけど、スクリプト、どうする?」
不二が尋ねてきた。
これから先、対面キャラクターの表情替えやら動きの演出付けなどが必要となる。
そこで必要となるのはスクリプトプログラマーだった。
しかし、窓野にはそれが出来ない。
プランナーには大きく分けてザク型とジム型がいる。
簡単に説明すれば、絵コンテやプロットといったものを手早く上げる、ゲーム開発の序盤に絶大な力を発揮するのがザク型。
スクリプトを打てて、デバッグツール、声優用の台本ツール等を難なく使いこなせる開発の中盤から後半に力を発揮するのがジム型である。
中には直木のような万能型もいるが、例外なくコストが高いのがネックだ。
窓野は典型的なザク型で、外部からスクリプトプログラマーを招聘しないといけない事が、彼の評価を今一つ上げさせない理由になっていた。
総じて、中小企業のデベロッパーではジム型が重宝される風潮がこの当時あった。
「牧場さんも足鳥さんも松木さんも他のラインで忙しいから、外部召喚になりますね。
まあ、この辺りは予算との絡みがあるから羽田さんと相談かなぁ。」
「その辺は任せた。」
そう言うと、不二は自分の席へと戻って行った。
● ● ●
その夜、千倉からの電話が鳴った。
「はい、イレブンキーです。」
ナンバーディスプレイには『千倉碧』と表示されているが、セオリー通りに電話の応対をする窓野。
「千倉です。窓野さんですね。」
二十二時に会社に残っている社員は少ない。
というか、その時間まで残ってる事が当たり前になっているのはどうかと思う。
「はい。」
千倉は夜型のライターなので、おそらく今から作業を始めるのだろう。
「悪役令嬢の一人、ミーナ親子の悪だくみが今一つ分からなかったんで、説明してくれませんか。」
ミーナとはヴェルミーナの愛称だ。
そもそも前作のディレクターは何故、悪役令嬢を三人も用意したのだろう?
同じ乙女ゲームメーカーでもゴーウェイはせいぜいライバルとなる女性キャラクターが一人なのに。
この辺り、もし機会があったら小一時間、問い詰めたいところだ。
「ヴェルミーナ親娘はローイに協力してドイツへ渡り、軍需産業に手を出します。
そこで強力な新型戦車の開発をする訳ですが、コンペディションで負けた戦車のメーカーごと買収し、その戦車の設計図を王国軍側に横流しして、戦争の長期化を謀ります。
戦争が長期化すれば、軍需産業は潤いますからね。」
「なるほど。
なかなか凶悪ですね。」
「――ですね。」
「あと、彼女の没落ルートをまとめて頂けませんか。」
「あ、はい。
ヴェルミーナ親娘はドイツに与しているので、まずレジスタンスでミニゲームの鉄橋爆破を成功させて革命軍の目的を挫いてから宿命分岐でドイツ側へ寝返ります。
次にミニゲームのローイとのダンスを成功させてローイの心を掴みます。
そして六章の戦勝パーティーを抜け出してヴェルミーナの父親の悪だくみを陰で聞いて、ローイの側近のシュプリーグハーゼにその情報を垂れ込むと没落させられます。」
「よくわかりました。
あと、それから――」
千倉からの質問は延々と続いた。
窓野は時計とにらめっこ。
しかし、二十三時を回ったところでにらめっこを終わらせた。
理由は単純、覚悟を決めたのだ。
(今日も泊まるか‥‥。)
窓野が帰宅出来る日はいつの日になるだろうか。
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