帰宅難民状態【Aパート】
これはフィクションとしておきます。
仮に現実で似た事があったとしてもフィクションとしてお読みください。
「ちょっと窓野さん、今からメールを転送するけど驚かないでね。」
羽田が窓野に予防線を張った台詞を言いに現れた。
「あ、はい。」
何事かと思う窓野。
その彼のPCに、一通のEメールが転送されてきた。
元の送り主はライターの春目だった。
窓野はあまりの長文メールなので、読みやすくする為、一旦テキストファイルにコピーして、改行を入れてから読んだ。
元々、窓野には障碍があり、五行以上連続する文字が読めなかった。
そう言った面で、三行区切りのゲームのシナリオは苦もなく読める最適な仕事と言えた。
春目の長文メールを要約すると、自身のプライドを千倉に著しく傷つけられたという恨みつらみから、このラインのライターを降りたいという事だった。
テキストファイルのプロパティを見てみると三十三キロバイト。
一人前のライターとして認められるには、一ヶ月にリテイク込みで千キロバイト書ければと言われていたこの時代、約一日分の作業量に匹敵する文量だ。
(こんなもん書く時間があるならサブシナリオの二、三本書けるだろうに。)
窓野は怒りを通り越して呆れ果てた。
「羽田さん、読みました。」
今度は窓野が羽田の席まで出向いて告げた。
「どう思う?」
「あんなん書く時間があったら、もっと別な事に時間を使って頂きたいというのが本音ですけど、実は昨日の夜、千倉さんから電話がありまして――」
窓野は千倉からの粟原、春目の件を話した。
「うーん‥‥まあ、千倉さんが自分のギャラから信頼出来るライターをアテンドするって言うんなら、こっちとしては、あの二人を切ってもいいんだけど。
窓野さん、シナリオ書く時間取れる?」
「ムリっス。」
窓野は即答した。
「だよねぇ。」
「ツナミさんからのリテイクを直すので手一杯ですよ。」
「当面、一人で頑張ってもらうしかないかなぁ、千倉さんには。
――ああ、ツナミと言えば、今日、神山さんが新企画のお話で来るんだよねぇ。」
「えっ、新企画ですか?」
「うん。
まあ、それは牧場くんに任せるつもりだから。」
羽田の答えにほっとする窓野。
ただでさえヒヤヒヤものの綱渡りゲームを担当しているのに掛け持ちは勘弁だ。
もっとも世の中には直木のように七本掛け持ちと言う強者もいるが。
そんなところに、噂の主の牧場が現れた。
牧場は大学在学中からイレブンキーで働いている生え抜き中の生え抜きで、まだ二十代の企画部員だった。
「羽田さん、神山さんの企画原案書、あれマジですか?」
牧場の問いに羽田は立ち上がり、左手をパタパタさせながら、
「どうやらマジみたいよ。」
と答える。
関わらない方が賢明なのは確実だが、そこまでハズレ臭のするものに興味をそそられない者はいない。
怖いもの見たさならぬ、臭いもの嗅ぎたさである。
「――どんな内容なんですか?」
窓野は好奇心に負けた。
「知りたい?」
ニマっと羽田が笑う。
「そこまで聞かされたら、まあ。」
窓野が答える。
「それがねぇ、コックリさんをDSで作りたいんだって。」
「‥‥マジっスか。」
会話が振り出しに戻った。
企画がぶっ飛び過ぎていた。
「タイトルが『コックリちゃん』って付けられてましたよ。」
牧場が企画タイトルを窓野に伝えた。
「‥‥聞かなかった事にしていいっスか。」
「ここまで聞いちゃったら会議に顔出さなきゃ。」
何かの悪だくみでも聞かせたようにニヘラ顔で羽田が窓野の肩を叩く。
「いやいやいや、自分は遠慮させてください。
その代わり、工作しとくんで。」
「工作?」
羽田と牧場がユニゾンで問う。
「まあ、企画を笑いの渦にする為のアイテムって感じですかね。」
窓野はイタズラっ子のように笑った。
他人事バンザイである。
● ● ●
窓野はその日の昼休み、段ボールとサランラップで簡易的なDSの表面を作り、コックリさんの盤を書いた紙を牧場に渡した。
「下の盤を動かせば、なんとなくコックリさんしてる雰囲気が出るんで、何かの資料に使ってください。」
「ありがとうございます。
――まあ、ダメダメな企画なんで、その場でボツになるかと思いますけど。」
牧場は本音を漏らした。
「だと思いますよ、自分も。あはは。」
窓野が笑う。
● ● ●
だが、『コックリちゃん』の企画原案会議は予想外の展開を見せた。
思いの外、会議は盛り上がり、ツナミの企画会議に通す為の正式な企画書を牧場が作る事になったのだ。
そして、CDケースの透明な蓋を使った見栄えのいい簡易DSも牧場が作る事になった。
(‥‥ご愁傷様。)
窓野は牧場を心から同情した。
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