性別も年齢も関係ないですよ【Bパート】
「降りていいですか?」
翌日の午後、原画マンの渡辺から窓野に電話が掛かってきた。
(やっぱ、そうなるわな‥‥。)
窓野は薄々感じていた予想に沿った展開に、ため息を吐きたくなった。
「どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもないですよ、なんですか、あれ!?
アニメの全修だってここまでひどくない!
これじゃ、全否定じゃないですか!」
(ですよねぇ。)
心の中で、窓野が同情する。
ちなみに『全修』とは作画監督に全部描き直される事だ。
今回はそれに情けの欠片もないダメ出しの文字が入っている。
余程のタフネスさがなければ当然の反応だ。
「あんなに赤で描くんだったら、作監の人に描いてもらえばいいじゃないですか!」
「まあ、ウチのスタッフはスケジュールが詰まっていまして‥‥。
なんとか対応して頂けるとありがたいんですが‥‥。」
とにかく現場の負担はこれ以上大きくしたくない。
「‥‥一回、作監の方と話させてください。」
え、話しちゃうの?
「はあ‥‥。
でも、話さずに何とかやって頂けないでしょうか?」
「話さないと気が済まないんで!」
完全にケンカ腰だ。
「‥‥わかりました、少々、お待ちください。」
窓野は一旦電話を保留にし、羽田に事情を話す。
羽田は企画人員には厳しいがデザイナーには優しい、というか甘い。
勝手にデザイナーに繋いだら何を言われるかわかったものではない。
「ん~、まあ、しょうがない。
今回はつないであげて。」
羽田も悩んだ末に決断した。
窓野は目白に状況を説明、電話に出てもらえるようお願いした。
「わかりました。」
そう言うと目白は窓野の席の受話器を取る。
「はい、代わりました、目白です。」
「あんなひどい修正くらったのは初めてだ!
あんた、何様のつもりなんだよ!?」
「作監ですが、何か?」
あまりにも目白の男前過ぎる発言に、レフェリーストップを掛けるか掛けまいかドギマギしている窓野。
「‥‥でも、もう少しフォローってもんがあっても。」
「ああ、フォローを入れる隙間がなかったもんですいません。
それ程までに伝えたい情報が多かったもので。」
「‥‥ううっ、ヘタクソで悪かったですねぇ。」
これ以上はダメだ。
現路ココナがキングギドラなら、この原画マンはエビラだ。
怪獣王の相手にならない。
「目白さん、ありがとうございました。
あとはこちらでフォローしますんで。」
「じゃ、よろしく。」
目白は自分の席へ帰って行った。
窓野は、再び受話器を取る。
この後、完全に涙声の原画マンの愚痴を三十分近く聞きつつ、なだめすかしを繰り返し、ようやく降りる事を回避させる事に成功した窓野は、今日一日分の仕事をし終えた程に困憊した。
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イレブンキーの就業時間は企画部員が十時から十九時、デザイナー、プログラマーが十一時から二十時である。
企画部員の時間がデザイナーたちよりも一時間前倒しなのはクライアントの多くが十時から動き始める為だ。
まあ、それは納得がいくから文句も問題もない。
問題なのは、定時に上がれる企画部員は要領のいい足鳥くらいしかいないという事だ。
むしろ、他の人の為の仕事を定時までこなし、デザイナーたちが上がってからが自分の抱えている分の仕事をこなすといった業務スタイルを取る人員の方が多い。
いわゆる『みんなが帰った後にやっと仕事が始められる』というブラックスタイルである。
要領が悪いと言うなかれ、要は抱え込んでいる仕事が多過ぎるのだ。
この夜、窓野は片野からの背景原図を待ちつつ、当面は入って来ないプログラマーの為の仕様を作成するという仕事をしていた。
そんな中、電話のベルが鳴った。
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