性別も年齢も関係ないですよ【Aパート】
これはフィクションとしておきます。
仮に現実で似た事があったとしてもフィクションとしてお読みください。
「すみません、このところ納品が滞っているようですが‥‥。」
窓野は背景会社アトリエ・ジーグの片野に電話で告げた。
「うーん、やっぱりカラーの資料がもっと欲しいなぁ。
――それと、途中から急に発注書がコンテになったでしょう。
それも困るんだよねぇ。」
片野は遅延の原因を全てこちらのせいにしてきた。
「いやいやいや、原図、アニメでも絵コンテから起こされる時もありますよね?」
アニメ業界にいた窓野にはその言い訳は通じない。
カラーでこそないが、参考資料となりそうなスキャンデータをプリントアウトしたものをクロオビ便で発送している。
「‥‥‥‥。」
急に黙り込む片野。
窓野の描いた背景原図を流用する気満々だった彼の目論みは脆くも崩れ去った。
落としたら莫大な遅延金が発生するテレビアニメが優先となるのはわかっているが、こちらも遅れるとツナミからの突き上げが来るのをわかってもらいたいものだ。
「優先順位の高い数点と、原図から順にお送りして頂きたいです。
ああ、原図はファクスでいいんで。」
優先順位を付けたのには二つ理由があった。
一つ目の理由は、ツナミの広報活動がいつ始まってもいいようにスタンバっておきたかったという事。
背景と対面があれば広報用のダミー画面など容易くでっち上げる事が出来る。
二つ目の理由は、優先順位を設けなかった『テブプリ』の一作目で、簡単な空の背景だけ先に上げられてきた挙句、いざ建物などの背景を描く段階になったら料金に難癖をつけて逃げた背景会社があった事。
羽田から渡される機密保持契約書、いわゆるドラフトには情報漏洩の禁止や契約終了の条件などについては細かく書かれているものの、仕事から逃げた時の対応、罰則までは記載されていないので、言い方は悪いが逃げ放題であった。
「‥‥わかりました。」
片野が折れた。
折れざるを得なかったのだと思う。
片野との電話が終わった数分後、ツナミの尾上から電話が入る。
「はい、窓野です。」
イレブンキーでは企画部員が電話を取る事になっていた。
デザイナー、プログラマー、小説家は企画部員が誰もいないような特殊な状況でない限り、まず出ない。
企画部員はゲームのエンドロールでこそ『開発ディレクター』‥‥アニメや映画で言えば『監督』のポジションという肩書を持っているのだが、労働環境的にはアニメの制作進行のような立場に位置していると言っても過言でなかった。
「ツナミの尾上ですけど、最近、背景の上りが遅れてますよね。
ちゃんとせっついてたりしますか?」
「はい、さっきも電話でせっついてたところなんですよ。
なので、原図から順に上がって来るかと。」
「じゃあ、信じて待ってますんで。」
「遅れていて申し訳ございません。」
そう言えば、片野からは謝罪の言葉を聞けなかったなと振り返る窓野。
それとも自分が謝罪を安売りし過ぎか?
尾上からの電話が切れると、窓野の疲れがどっと出た。
そんなところへ、
「窓野さん、渡辺さんの絵なんですけど、赤を入れたんで送り返してくれませんか。」
イレブンキーの怪獣王・目白香苗が声を掛けてきた。
「ありがとうございます。」
窓野は目白の机までついて行くと、PCモニター上に真っ赤な画像データが見えた。
よく見ると、スキャニングデータ化された渡辺のイベント原画の上に、フォトショップのレイヤーで赤い修正線とダメな理由と要望が冷徹に書かれている。
(これは、このまま投げたら立ち直れないぞ‥‥。)
窓野は戦慄を覚えた。
「目白さん、調整の依頼文はこっちで書き直してもいい?」
「は? ダメです。
このまま投げてくださいよ。でないと伝わりませんから。」
「でもなぁ、最初からこの文面はちょっとキツいんじゃないかなぁ?」
「最初だからキツくしているんです。」
埒が明かないので、取り敢えず、窓野は目白のデータをそのままプリントアウトした。
そして送られてきた原画と共にクロオビ便で送り返した。
(この試練に耐えられるようなタフな人でありますように。)
と、祈りながら。
感想、評価、ブクマを付けてくださっている方々、本当にありがとうございます。