降りる降りない【Bパート】
(全然足りない‥‥。)
千倉の書いたプロローグの初稿が上がってきた。
シナリオにはイメージするSEも記述されているが、その数は窓野の予想を遥かに超越していた。
間引けるものも兼用が可能なものも中にはあるが、それを対処しても焼け石に水といった感じだ。
(取り敢えず、ツナミさんに送るか。)
窓野はツナミのディレクターの尾上に千倉のシナリオのテキストファイルをEメールで送った。
● ● ●
「全然ダメ。」
尾上は定例会議の場でプリントアウトした千倉のシナリオに赤ペンでダメ出しした物をテーブルに置いた。
「そんなにダメでしたか?
――もしかしてプロットがダメだったんでは?」
窓野は千倉に返す理由付けを探していた。
「プロットは問題ないです。
ダメなのはあくまでシナリオです。
萌えないし、つまらない。」
乙女ゲーム嫌いのディレクターに、そこまでダメ出しされるシナリオって一体。
窓野は赤ペンで直されている部分を見てみた。
キャラクターの台詞にバツが付けられていて『つまらない』だの『ダメ』だの書いてある。
稀に具体的にこう直して欲しいという台詞が書かれているが、意味不明のものであった。
(これを直接投げたら千倉さん、キレるぞ。)
窓野は頭を抱えたくなった。
「尾上さん、具体的に書かれてない部分、どう直せと指示出したらいいかわからないですよ。
順番に要望を教えてもらえないですか?
そうしたら、ライターさんへもリテイクを出せるんで。」
「そんな事も出来ないライターなの?
ちゃんと前作遊んだのかなぁ。」
尾上は呆れた口調で吐き捨てた。
「はあ、遊ばれたと思いますよ?」
今まで沈黙していた羽田が千倉を庇った。
「本当ですか?
だとしたら、キャラクターを理解してるとは言えないですね。」
半分見下したような態度で尾上が発言する。
「えーと、要するにキャラの発言の台詞をそれっぽく直せばいいんですね?」
窓野が悪くなった空気を流すように尾上のダメ出しポイントを翻訳した。
「まあ、そういう所もありますけど。」
「じゃあ、自分の方で一旦書き直してみますから、それで判断してください。
その返答が来るまで、千倉さんの作業ストップさせておきますんで。」
伊達にヴェルミーナに十回、マリリンに二十回、オーグスタに八回攻略対象をかっさらわれた経歴の男は、誰がどんな口調で、どんな台詞を言うかが身に染みついていた。
「わかりました。
待ってますんで。」
尾上は仏頂面で答えた。
● ● ●
尾上が帰った後、
「エキセントリックな人だったねぇ。」
羽田が疲れ切った表情の窓野に声を掛けた。
「ですね。
――事情を話して千倉さんの仕事を止めますね。」
「それなんだけどさぁ、修正とかリテイクって言葉、使わないで。」
「えっ?」
羽田からの注文に窓野はきょとんとなった。
「窓野さん、アニメーター上がりだから平気で使ってると思うんだけど、結構ナーバスにさせる言葉だったりするから、そこは『ツナミさんからの調整が来た』ってしといて。」
「わかりました。」
● ● ●
その夜、窓野は謎の赤ペン怪文書を一つ一つ推理して、プロローグシナリオの二稿を書き上げた。
窓の外は白々と夜が明け、烏がけたたましく鳴いていた。
まさに千歳烏山の名に相応しい。
「送信っと。」
窓野は二稿テキストを尾上にEメールで送信すると、仮眠室と呼ばれている場所へ歩を進めた。
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