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俺は悪役令嬢の出るゲームの続編を作っていました  作者: 鳩野高嗣
第四章 降りる降りない
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降りる降りない【Aパート】

これはフィクションとしておきます。

仮に現実で似た事があったとしてもフィクションとしてお読みください。

「カラーの資料って、もっとないですかね?」


 背景の打ち合わせにイレブンキーに来社したアトリエ・ジーグの片野(かたの)窓野(まどの)に要求した。


「自分も探したのですが、何せ第二次大戦中の資料なのでモノクロばかりなんですよね。

 アウシュビッツの牢獄のように現存している建物はそうそうないです。

 今ある建物を想像して古くして頂くしか‥‥。」


 書籍、インターネット、果てはプラモデルのパッケージまで駆使して作った背景資料だ。

 おまけに背景原図まで窓野が描いている。


「そうは言われてもボードがないと、こちらとしても塗り切れないですし。」


 ボードとは美術ボードの事で、アニメの背景会社の美術スタッフはそれを参考にして絵を塗る。

 ただ、実際には全ての背景にボードが用意されている訳でなく、ある程度は想像で塗らざるを得ない。

 テレビアニメの一枚当たりの単価はおおよそ三千円。

 よほど難しい物やPANするような大判(おおばん)は別だが、青空のような簡単な物から複雑な物までひっくるめてその額だ。

 はっきり言って安い、安すぎる。

 それでも毎話、確実に百枚単位で仕事が入ってくるテレビアニメはその額面で受ける。

 昔からの習わしという事もあるし、テレビのエンドロールに社名が出る宣伝効果は大きい。

 美術監督ともなるとオープニングに毎週名前が出、その宣伝効果は格段に跳ね上がる。


 しかし、単発で入ってくるゲームやパチンコ・パチスロ系‥‥自称、遊技機系からの仕事はテレビ単価では絶対に引き受けない。

 求められるクオリティが全然違うというのが大きな理由だが、社名を売る宣伝媒体として失格という点もまた大きい。

 ゲームはクリアするまで社名は出ないし、遊技機系にはスタッフロールという概念すらない。

 ならば、花よりも実を取ろうとするのが自然の流れだ。

 このような事から、ぼれる所からは可能な限りぼろうというのがアニメ業界の悪しき通例になっていた。


 実際、対面用の背景はこちらが背景原図まで用意して単価三万円、イベント絵の背景は一万二千円を提示している。

 それでも尚、片野は難色を示している。

 要は提示した額面に不満があるという事だ。

 同じ背景会社でも、巨峰(きょほう)八咫(やた)といったハイクオリティが約束されている所なら、対面用の背景なら五~七万を見なくてはいけないが、残念ながら今回はそんな予算はない。

 だからこそのアトリエ・ジーグだったのだが‥‥。


 窓野は会議に出席していた羽田(はねだ)の顔を見た。


「それでは原図からお願いして、対面背景は三万五千でどうでしょうか?」


 羽田は片野に金額面で譲歩した。

 背景原図は窓野がツナミに背景の発注許可をもらう為に提出しているが、これでは二重に存在する事になる。

 片野はそれを見越していた。

 つまり、窓野の描いた原図をなぞって自らの背景原図とする気満々だった。


「うーん‥‥。」


 しかし、片野はまだ応じない。

 まだイレブンキー側から(むし)り取れると踏んでいるのだろう。


「――ではイベント絵の背景は一万五千で。」


「わかりました、お引き受けしましょう。」


 片野は羽田の提示額にやっと了承した。


「枚数は少し変動するかもしれませんが。」


 にこやかな顔で羽田が片野に告げる。

 これは、単価が上がった分、トータルの背景枚数を減らせという窓野への指示でもあった。


(九十枚弱の対面背景を七十枚ちょっとに削れって事か‥‥。

 イベント絵は新キャラ用のものを減らすか‥‥。

 青空や集中線のようなのはウチのグラフィッカーに頼もう。

 俺も原図はやめてツナミさんへの許可はコンテに切り替えよう。)


 頭の中であれこれ計算をする窓野。


 ● ● ●


 片野との打ち合わせが終わり、続けて音楽会社ツーエンドスリーの堀目(ほりめ)寅山(とらやま)を迎えてのダブルヘッダーになだれ込んだ。


「今回は昔の映画音楽っぽい感じでとクライアントから言われているので、リストにはイメージ曲を記述しておきました。」


 窓野は配布した打ち合わせ資料の説明をした。

 そしてイメージ曲をダビングしたCDロムも渡す。


 ツーエンドスリーは毎度発注する音楽制作会社なので、窓野も気が楽だった。

 楽曲はある程度お任せでも信頼がおける。

 しかし、問題はSE(エスイー)だ。


 SEとはサウンドエフェクトの略で効果音の事だが、満足いく物が上がってきた試しがない。

 しかも、月極拘束ではなく単価なので個数制限がかなり厳しい。

 特に今回は乙女ゲームは題材が戦争だ、効果音がいくらあっても足りる気がしない。

 それでも予算の都合上、無音データを含めて百個に絞り込んだ。

 これは旧作のSEも使い回そうという窓野なりの計算もあった。


「六人の旧キャラクターのテーマはまんま使うのですが、音量合わせとかをお願いしたいので価格をご相談させてください。」


「全部で二十一曲ですか。

 老婆心(ろうばしん)ですが、少なくないですか?」


 堀目は心配して(たず)ねてきた。


「そうですね‥‥、確かに今までのゲームに比べて少ないです。

 まあ、ちょっと今回は予算が厳しいので、キャラクターのテーマがメインで流れ続ければいいかなと。」


「でもミニゲームが一曲って‥‥鉄橋爆破もダンスも映画撮影も使い回せる曲って、それはいくらなんでもムリですよ。」


「――ですよね。」


 窓野も重々承知していた。

 会議室にしばらく沈黙が流れた。


「九十秒の尺を三十秒ずつに分割して三曲作りましょうか?

 これなら一曲の予算で作りますよ。」


 堀目の提案は窓野に一筋の光明を見せた。


「ありがとうございます!

 是非その提案でお願いします!」



 続いてSEの打ち合わせ。

 こちらも伝えるべき点を全て伝えた。

 あとは神のみぞ知る、である。

感想、評価、ブクマを付けてくださっている方々、本当にありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ゲーム作りの打ち合わせの大変さがよくわかるストーリーでした。
[良い点] こんなやり取りが行われていたのかと、非常に興味深かった部分です。面白いですね。 [一言] 背景会社のネーミングは、巨峰は美峰、八咫は草薙からですよね? 乙女ゲームの背景でもカリスマ的な会社…
[良い点] 打ち合わせが生々しくていい。
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