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恋愛理想は焼き菓子のように  作者: 日下部素
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5

「先輩」

「ははは…帆貴ちゃんは怒らすと怖いからね…」

帆貴が釘をさすように徳子を咎めたようだった。

先にクッキーを配膳し、そのあとにティーポットで蒸らした紅茶を注ぎ三人分のそれを用意した。ティーカップをお盆の上に置きこちらへ持ってきてそれぞれの席へと置いた。

理央は帆貴の一つ一つの所作に見惚れていた。まるで宮殿の給仕のごとくテキパキ腕を動かしそれでいて艶めかしさがあった。

帆貴は理央の隣に座った。



「どうぞ」

「いただきます」

理央は一口、クッキーを口にする。

いたって普通の丸いやや厚みのあるクッキーに見えたがサクサクしており中もしっかりと火が通っていておいしい。バターをさほど使っていないのかあっさりしていて食べやすかった。紅茶も一口すする。

「どうかな?」

「おいしいです。砂糖とバターをさほど使わないであっさりと仕上げている感じがします。紅茶には疎いですがこっちも苦みがなくというかあまり苦みが出ないように仕上げているのとアールグレイの味が体に広がるようで心地よく飲みやすいです。」

「ほー。一口でわかったの?」

徳子がやや目を見開き驚きながら問いかける。

「あ、すみません!ついくせで」

「舌が敏感なだけです。詳しいことはそこまでわかりません。間違っていたらすみません」

彼は排気量1000ccのフルスロットルのオートバイのようなスピードで弁明した。

理央はかなり味に敏感であり、味利きを得意としている。本人は大して特技とは考えていなかったが味の違い、入っているもの、調理方法などを当てることができた。食べられないものはなく、好き嫌いは特にない。強いて言うならホヤガイがあまり好きではない。理央のこれは元パティシエの母の雅子も驚くほどの精度と鋭さがあった。そんな理央に雅子は彼に幼いころからよく菓子を味見させ実験体、基、味見係をよくさせていた。当初苦手だったものも味見させられていたので食べられないものはなくなってしまった経緯がある。食材などに詳しいわけではないので表現が抽象的になる傾向だ。



「ありがとうございます」

帆貴はなぜか頭を下げ敬礼のようなお礼を理央にした。

「いや、いただいている身で品評のようなことを言ってしまいすみません!」

勢いよく理央は頭を下げた。

「…そうだ」

理央はここにきたもう一つの目的を思い出した。

「家庭科部って結局何をするんですか?」

「私たちが今、力を入れているのは料理かな」

「家庭科部は料理もそうですが、家庭の諸問題を提議し考え解決策や案など話し合ったり、服、インテリア、小物類の作成なども行う部活動です」

貴帆が言い添える。

「確かに今は料理に寄ってはいます。私たちが料理好きということもありますが」

「できれば大会出場とか周辺の住民の人と教え合えられる場を設けたり、他校と交流していきたいね」

「なかなか家庭科自体、広く分野を扱っているので大変ですが理想を言えばそうですね」

「家庭科部でも大会があるんですね」

理央が何の気なしに疑問を口にする。

「それも今、帆貴ちゃんがいった部活動の内容に沿ったコンクールが開かれているよ」

「例を挙げて言うと料理のコンクールがあります。独創性のあるレシピを考案したり、実際に調理して競い合ったりします」

「へー、あんまり想像したことがない世界で新鮮です」

「でも現実はなかなか厳しくてね…」

ひと間あけて遠い目をした徳子が切り出した。

「実はいま部の存亡の危機なの」

「そうなんですか」

「そのことで帆貴ちゃんと話し合っていたんだ」

「活動しているのは実質私と徳子先輩だけで…」

徳子が話をつづける。



「部の成立は5人以上でいま名前を貸してもらっているのが3年生が2人と2年生が1人の計3人」

「生徒会が厳しくって活動実態が曖昧な部員を集めて活動してる部活動は整理しようって仕組みがあるの。その整理時期が例年秋頃。予算を組む手前で篩にかけるの。部活が部活として認められている以上、部費とか経費はかさむからね。自然な流れではあるんだけど」

「今までうまいこと生徒会と渡り歩いてきたんだけど今年は特に厳しいらしくこの部も捕捉されちゃった」

理央が尋ねる。

「今年の部活の新勧とか勧誘のチラシとかって家庭科部のものはなかったですよね?」

「痛いとこついてくるね」

徳子が眉をひそめ苦笑した。

「私の事情があって、今年手伝えなかったの」

帆貴が申し訳なさそうに補足する。

「言い訳にしかならないけど私の方もいろいろなことが重なっちゃって結局なにもできずに今に至っていたの」

「夏頃を目標に実質5人で活動している状態にまでもっていきたいのだけど、2,3年生はあらかた当たったし、そうすると1年生に目が向くんだけど知り合いもいないから友人の後輩とかの線で部員募集しようかって話してはいたんだけど、そっちの線もうまいことには進まなかったんだ」

「このままだと二人で思い出つくって部活が廃部になるってところまできていたの」

「何もできずに今に至っている現状は部長の私の責任だし、帆貴ちゃんに実質的に負担がいってしまっているのが忍びなくて二人で慰めあっていたのが今で、そんなところにあなたが来訪してきてくれたってわけ」

「なるほど」

「付け加えると田ノ浦高校に通う人は学校外での習い事や進学に向けての勉強を頑張っている人も多いからなかなか部員が集まらなくて先輩の代も部員集めはしていただいてはいたのだけれど…」

やや家庭科室の空気が重くなる。



理央は横目で影を落とす帆貴を目の当たりにし、あったばかりの先輩にどうしてという思いはあったが感じたことのない思いが胸いっぱいに広がり堪えきれなかった。

「徳子先輩はいつまで部にのこれるんですか?」

理央がさりげなく聞いてみる。

徳子がやや驚いた様子だが

「基本、今年度いっぱいまでいるつもりだけど」

「じゃあ、帆貴先輩を含めて秋頃前までにいったん3人集めて活動実態はつくればいいんですね。」

「そのとおりだけど…」

「わかりました」

雅子や直人の勧めにあてられた部分も感じてはいたが、なによりも帆貴の落ち込んだ表情が胸に刺さった。

「微力にもなれるかわかりませんが」

理央は自信に納得させ言い放った。

「それじゃあ…」

帆貴が目を見開いてこっちを見つめる。

「入部します」

帆貴と徳子が顔をあわせて、満面の笑みを浮かべた。

グイッと隣に座っていた帆貴は理央の方に近づき

「ありがとう!ありがとう!」

と理央の両手を帆貴の両手で胸元の高さに持っていき覆いこむように握りしめ上下に振った。理央もその勢いで立たされた格好だ。頭も上下にしなる。

猛烈な握力だったが痛さよりも恥ずかしさと嬉しさの方が勝っていた。

  


「あ、あと二人ですね」

理央は帆貴に照れ臭そうに言った。

「でも大きな一人目だよ!」

大輪のひまわりのような素敵な笑顔は、理央の自身も気づかなかった心にかかった胸中の曇天な気分を晴らした。

「帆貴ちゃん一旦おちついて」

「あ」

素にもどった帆貴はほほを赤らめ、理央の両手を離し、下を向き、ちょこんと元居た席に戻った。

赤らんだ顔も悪くないと理央は思った。

ま、まぁと理央が切り出し

「今後はあと二名をどうにかして入部にこぎつけて活動を行うことですね」

「そうなるね。泉君、一年生に入部してくれそうな心当たりはある?」

「そうですね、まだ自分のクラスと体育の時の交流している同級生しか知り合いはいないのでとりあえずは入ってくれそうな生徒から当たってみます」

「そうしてくれるとありがたいわ」

「そろそろ部活もお開きの時間ね、帆貴ちゃんいつまで赤らんでるの?あなたもそろそろ帰らないといけない時間でしょ」

いつしか外はとっぷりと暮れ、空も暗さの方が勝っていた。

我に返った帆貴はハッとして

「そうでした、片付けなきゃ」

「今日は私がやっておくから、泉君も入部の手続きは次の部活で行うから帰宅していいよ」

徳子が先輩らしい気遣いを見せたところで理央は部長っぽいなと感じた。

「ありがとうございます」

理央と帆貴がお礼を述べた。

身支度をすまし徳子に

「失礼します」

と2人で帰宅の挨拶をした。

「じゃあね~」

徳子は気の抜けたような声で返礼した。

帆貴と理央は中央昇降口の下駄箱まで向かう。

「今日はいろいろありがとうございました」

笑顔で理央に会釈した。

「それは自分の方から言わなくちゃいけませんよ、いろいろ教えてもらったし、クッキーごちそうになりましたし」

「いえいえ」

「本当はね、もう難しいかなって考えてたんです、部活続けるの」

「そうなんですか」

「そうなんです」

「これから進学とかいろいろなことを考えないといけませんし、私もいろいろ事情がありましてね」

理央は触れていいのかわるいのかわからない話題だったので返答に困り、閉口していると

「でも泉君が来てくれたわ。何とかなりそうな気がする」

「そんな大げさな、まだ二人集められるかわからないですよ」

「それでも、あなたの思いは私を強くしてくれた気がする」

帆貴は落ち着いていながらも自信に満ちた顔をしていた。

そうしているうちに下駄箱に着いた。

靴を履き替え昇降口でおち合い

「そういえば、どこに住んでるいんですか?」

「市街地の方です。ここから徒歩で20分くらい」

「じゃあ、自分とは違う方向ですね」

校門まで歩き、理央はあることに気が付いた。

「そういえば次の部活動っていつですか」

「水曜日ですね。水曜日、待ってますから絶対来てくださいね」

「はい、それじゃ失礼します」

「失礼します」



理央と帆貴は別れ帰路に就く。

理央は今日あったことを反芻しながら、歩き始めた。

人間万事塞翁が馬とはよくいったもので何がおきるかわからないと理央は考えていた。

まさか本当に家庭科部に入ることとなるとは想像していなかった。しかも即日入部である。厳密にいえばまだ入部してはいないが。3週間以上通っていた学校にあんな綺麗な人が一個上の学年に存在するとはつゆ知らず、しかも階段でぶつかって落とした紙を届けたらというか家庭科部の説明を聞くことも併せていったら、帆貴と出会った。現代の恋愛ドラマでももうちょっとましな出会い方があるのではと理央はのぼせていた。徳子もおっとりした雰囲気だったがいざ話してみると部長前としていてしっかりしていることがよくわかった。実質的に3人目の部員。高校の部活。中学生の時とは違う高揚感が理央を包み込んだ。そして、家の前に到着するころに弁当の件を思い出した。





「『かくとだに えはや伊吹の さしも草―』」


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