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恋愛理想は焼き菓子のように  作者: 日下部素
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「泉君は覚えていないかもしれませんが田ノ浦高校入学以前、私が作った焼き菓子を食べて褒めてくれました。他の人はいたって普通の反応しかしてくれませんでしたけど『これを作った人もっとうまくなるよ』って。その言葉は昨日のように思い出されます」



「それを聞いた私は日本料理の勉強とは別に菓子作りについて勉強しようと考えました」

「日本料理を提供する私の家では甘味を提供することはあれどそこまで熱心に取り組んではいませんでした。知り合いの職人さんにお願いして和菓子の作り方を一から学び始めました。そして先日だしたのがあの大福」

「やはり、あなたは正当に努力を評価してくれる。あの大福の味を出すまでに本当に苦労しました」



「雅子さんの働いている洋菓子屋さんに何度も足を運び、話をして、作ったお菓子をもっていき、アドバイスをいただいていました」

「雅子さんは『息子の方が味に敏感だから食べてもらってみるね』といい幾度か泉君から評価をもらっては試行錯誤をして今日まで努力してきました」

「そして私は泉君といられれば、いつでも評価してもらえる、自分の努力の方向が正しいことを証明できると考え始めました。いつか泉君に語った私の料理の思いの実現にむけて」

「雅子さんに泉君を田ノ浦高校に入学させるように促しました。泉君の親友の熊谷君がいる弓道部に私の友人に会いに行くふりをして家庭科部に泉君を勧誘するように熊谷君にそれとなく差し向けました。ある日の昼休みわざと階段でぶつかってみせてレシピを落とし家庭科部に誘導しました。そして困っている様に装い入部するよう仕向けました。極力、自然に、ゆっくりと泉君に近づいて…」



理央は混乱を極めていた。

「でも…イレギュラーは起こりました。平周。綺麗で、闊達で私のような境遇にいる彼女が泉君の、私の前に現れました。ここまで努力して泉君が身近に来てくれたのに…」

理央は何から話していいのか、何から聞いていいのかわからなかった。

大和撫子のような綺麗に整った顔からは悲しみ、怒り、苦しみのような複雑に入り交じった感情がにじみ出ていた。

そして凛とした表情をして、理央の目まっすぐに見つめる

「私、泉君のこと誰にも渡しませんよ」

ゆっくりと確かめるように理央に向けて言葉を発した。

そしてあわせて

「あの子と仲良くしたら…いやですよ」

と理央に殺気のこもったような声で忠告をして突如、自身の荷物を持って家庭科室を出ていった。

一人、家庭科室に取り残された理央。



全く頭が回らなかった。家庭科部に入部するように仕向けられた。帆貴は自身の料理哲学の実現に向けて理央を入部させたといった。しかも雅子、直人、それに他の人も巻き込んで。そこまでして実現したいこと。平周は自分と似たような境遇にいる。考えれば考えるほど疑問が浮かび上がる。

帆貴が去ってから数分後、徳子と直人が戻ってきた。

徳子が理央に近づき

「どうだった?」

と尋ね、

「…ちょっと…難しかったです」

と答えた。

どのように返答していいかわからなかったというのが実際のところだった。

理央は直人には帆貴が急ぎのようで先に帰ったと言ったが先の彼女の挙動から信じてもらえたかは疑問だが何か納得したかのように彼は理解した。残りの片付けを済まし、家庭科室にカギをかけた。

「じゃあ帰ろうか。カギは私が返しておくから二人は先に帰って大丈夫だよ」

徳子が二人に先に帰るように気を利かせたが理央は振り絞るように言った。

「自分も…用があるのを思い出したので一緒について行ってもいいですか?」

「いいけど…」

少し驚いたようだったが徳子は了承した。

それを見た直人は何かを察したらしく

「自分は用事あるんで先にあがりまーす。失礼します」

とそっけなく挨拶し帰って行った。



職員室まで二人で行き、カルメ焼きを頬張っていた岡部に帰宅の旨を伝えカギを返し職員室を後にした。

廊下に出たところで理央は徳子にあることを願い出た。

「安先輩、お願いがあります」

「どうしたの?改まって」

「帆貴先輩についてもう少し知りたいんです」

「…やっぱり、さっき何かあったんだね」

「お願いします」

理央は頭を下げて懇願した。

徳子はすこし下を向き何かを考えた様子だった。

「…なにから話せばいいんだろうね…」



窓から日没が徐々に遅くなり、夕陽がまだ沈み切っていない空を見てゆっくりと語り始めた。

「源帆貴、日本食の巨匠、源隆一郎を祖父に持ち高級日本食料理店の総本店『源』の看板を背負うことを求められている女子高生」

「お爺さんの隆一郎さんは『源』の二代目の店長だけどその腕が評判を呼び各界の著名人、有名人に愛され、外交、経済などの場で重宝されるほどの料理人」

「その技術を学びに名のある料理人が日本はもちろん世界各地から教えを請われるほどの腕前を持っているの」

徳子が理央の方を向く。



「修行して『源』の暖簾分けをしてもらえた人たちやお店を『源組』というの」

「その暖簾分けに隆一郎さんを会長とする評価会があって料理人の腕前はもちろん経営手腕諸々を評価されて一定の水準や条件に至った人が『源組』の名前を使える。でも一定の期間で店の状態や評判を調査されて『源組』がはく奪されることもある」

「だけど『源組』の名前を頂戴できれば多方面に融通が利くの。『源』で使われている食材、調味料、調理器具、インテリアに至るまで厳選されて、特段、食材については『源組』におろしていることは企業にとってステイタスとなるの」

「加えて食品業界、食に係る第一次産業の名だたる企業、生産者、卸から多くの融通を受けることができるようになる。でもそれに頼っていては料理人として本末転倒になるのでさっき言った通り品評会が開かれて各『源組』の質が維持されているかを問われるの」

「そうやって『源』の名前が維持されている。それが源帆貴の背負おうとしているものかな」

「そんな名家の出身だったんですか?源先輩」

「そう、でも彼女は日本料理、一本を極めることよりも料理の多くのことを学びたいっていう姿勢みたいで悩んでいるみたい。その一端が家庭科部に入部している理由になるのかな」

「すごい詳しいですね。源先輩について」

「私の父と彼女のお父さんが幼馴染なの。そのつながりもあって親しくしていて…。何回か『源』にお呼ばれして隆一郎さんの料理を味わったけど、あれ以上の料理を体験することはもう難しいかもしれないって思うほどのものだったわ」

理央がのどを鳴らした。



「学校で過ごす時間以外を料理に係ることに捧げて、今の彼女がある。私が言えるのはそんなところかな」

理央が何も言えないで立ちすくんでいると徳子が見かねて声をかけた。

「帆貴ちゃんね、本当に喜んでたんだよ。泉君が入部してくれたこと。これまでにない位の笑顔で嬉しがってた」

「泉君」

「はい」

「私には確実なことは言えない。高校に入る前から彼女を知っているけれど帆貴ちゃんは結構ナイーブで生まれた時から毎日のように自分と向き合っていて、いつかどこかで暗闇に落ちてしまうんじゃないかってそう思わせる場面がたまにあるの…」

「そのときは泉君が手を差し伸べてあげてほしい。多分私でもできないことのように思えるの」

「だから、お願い」

徳子が目をつむりやや頭を下げて両手を胸のところでぎゅっと握りしめていた。

「…できるかわかりませんが僕にできることであればやります…」

日本のミス高校生代表のような容姿を持った2年生の先輩の実態は日本料理界を代表する老舗の名の重責を背負う人物へと成長するよう強いられた女子生徒だった。





『陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆへに―』


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