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恋愛理想は焼き菓子のように  作者: 日下部素
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「…じゃあ、二人とも作ってみようか。まずは私がお手本見せるね」

徳子が帆貴を横目にもう一台のガスコンロでカルメ焼きを作って見せる。

お玉にザラメ糖と水をいれ、それをガスコンロにのっけた焼網の上であぶりながら菜箸で混ぜる。

煮え始めたら、火から外し、重曹を加え、混ぜる。

しばらくするとお玉なの中で膨らみふっくらとしたカルメ焼きが出来上がった。

「こんな感じ」

徳子は笑って見せたがやはり帆貴が気になるようでひたすら彼女はカルメ焼きを作っていた。用意したさらに次々とカルメ焼きが量産される。『私に触れるな』といったような雰囲気をこれでもかというくらいに醸し出していた。

「二人ともやってみようか」

「直人、やってみなよ。僕やったことあるから」

「お、おう」

おっかなびっくりといった具合に直人は恐る恐る、材料をお玉にいれ徳子の動きをまねるように調理を進めた。存外、カルメ焼きはすんなりできた。うまくいかないと膨らまないこともあるカルメ焼きだが直人は要領よくこなした。



「おお!意外としっかり膨らむものだな」

直人が出来栄えに満足していた。直人の持ち前の明るさが束の間のキンキンに冷えていた家庭科室の空気を弛緩させた。

「直人、やっぱり器用だね。全開のケーキの時もそつなくこなしてたし」

「自分ではそんなことは思ってはいないんだが案外やってみるとできるものだな」

「食べてみたら?」

徳子は直人に試食を促す。

「じゃあ、遠慮なくいただきます!あつ!…お!サクサクしてうまい。駄菓子みたいだ」

ふふふと徳子が笑って見せた。

「オッケー、じゃあ今度は…」

「いやことも砂糖みたいに溶けてなくなったらいいのに」

徳子は理央にカルメ焼きを作らせようと声をかけようとしたが聞こえるか聞こえないかわからないか細い声で帆貴はつぶやいた。

徳子は言葉に詰まる。直人はカルメ焼きを食べていたので気づいていないようだったが理央はしっかり聞こえてしまった。冷や汗か脂汗かわからない水分が眉間からほほにかけてつたうのがわかった。



徳子が何を思ったのか一瞬笑顔がなくなり、口角を上げ一年生に語り始めた。

「泉君、熊谷君、ちょっとカルメ焼き、作りすぎちゃったから職員室の先生方に配ってきてくれるかな?私たちは先に片付けてるから」

目が笑っていない徳子がそう二人に伝える。

「わかりました」

カルメ焼きを食べ終えた直人は素直に受け入れ、直人たちが作ったものと帆貴が作った十数個のカルメ焼きと合わせて部員の分を残し職員室へと持って行こうとする。

理央はとっさに徳子に駆け寄り小声で提案をする。

「安先輩、ちょっといいですか」

「どうしたの」

「源先輩と自分で片付けてていいですか?」

「…」

「今回は自分の落ち度というか、防げたかはわかりませんが自分のミスなので、源先輩と話をしておきたくて」

「…今回はいろいろと難しいかもよ?私もあんな帆貴ちゃんは初めて見るし」

「それでも源先輩とちゃんと話しておきたいんです」

数秒の沈黙の後、

「わかった。帆貴ちゃん意外とナイーブだから気を付けてね」

「ありがとうございます」

家庭科室を出ようとしていた直人がこちらを見て

「おーい。理央行こうぜ」

「あ!ごめん、職員室に用事があったの思い出したから私が一緒に行くわ。泉君、帆貴ちゃんと片付けおねがいできるかな?」

「わかりました」

「よし!じゃあ熊谷君、カルメ焼きがサクサクのうちに持っていこう!」

徳子が機転を利かせ、理央に片付けの依頼をした。

直人はいきなりの人員交代に驚いた様子だったが徳子がその大きな背中を押すように直人と一緒に家庭科室を出ていった。



二人きりの家庭科室に沈黙が広がる。

帆貴は片付けの作業に入った。

それを見た理央も片づけを手伝う。

「自分も手伝います」

洗い物をしている帆貴は反応しない。

「洗い物、自分が拭きますね」

事前に準備していた布巾を持ってきて、洗った食器、器具を拭く。

帆貴の沈黙は続く。

周と帆貴の間に確執があるのはたしかだが今日初めてそのことを知り、あまつさえ知り合って1週間の理央は帆貴の態度に不安と不快が入り交じったものを感じていた。

しかしながら、頑なに口を開かない帆貴にどう切り出していいかわからず、必死に頭の隅々に意識を集中させ、言葉を紡ぎ出す。

「砂糖菓子ってふわふわ膨らむものが面白いっていうか、祭りの出店の綿菓子もそうですよね。夏休みとか家庭科部のみんなでお祭りとかいきましょうよ!活動が活発になってきましたし」

理央はまとまりのない言葉をどうにか吐き出した。ピクリともしない帆貴。

数秒の沈黙の後、帆貴が重たい口を開いた。

「あの子のこと、どう思っているんですか?」

いきなり口を聞いたかと思えば周についてどう思っているかを尋ねてきた。その口調はいつもの優しい包容力のあるものとは違い詰問のような雰囲気を帯びていた。

「どうって…」



二人の作業の手が止まる。

帆貴は理央に急に迫る。互いの顔が近寄る。

理央が言い淀んでいると次の質問が飛んできた。

「『理央』って呼んでましたよね?泉君も『周』っていいました。もうそういう仲なんですか?」

目を開き、すごむ帆貴に驚きを隠せないでいた理央は何も言い返せないでいた。

「もう…いいです…」

ゆっくりと身を引き帆貴が語り始めた。

「私、昔から泉君のことを知ってました。ちょうど十年くらいまえから。泉君は知らなかったでしょうけど私はずっとあなたを見てました」

十年前?まだ五、六歳の時から知っていたということ?理央はまるで帆貴のことを覚えてはいない。理央の頭の中は乱れ始める。

「雅子さん…と知り合いなんです。」

理央の母、雅子と知り合いとの告白がより混乱を招く。なぜ名前も出したことのない後輩の母親の名前を知っているのか。

「雅子さんからいろいろなことを、大切なこと教わりました。それと同時に泉君に『ついて』も泉君『から』もいろいろ教えてもらいました。甘い物が好きで利き味ができる一つ年下の男の子」

帆貴は坦々と語る。


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