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春染まる

作者: にぴ山田



僕はただ、純粋に好きだった



あの頃君と過ごした毎日と君の笑顔が



そして僕を死なせて欲しかった……。





君とはよく車でドライブに出掛けた


出向いた先々で待っている景色や空を眺め、ただ時間が過ぎていくのを感じながら僕らの遥か上空にあるその空を見上げる。


簡単に触れられる物ではないことはわかっていても、決して手が届かない程ではないという期待感を与えてくれる

そうやって僕らを見下ろしては触れてみたいと思わせる

それしてはあまりにも無口だ


それでも圧倒的な存在感をもっている

誰にとっても馴染みの深いあの空は



いったいどこまで続いているのだろう


その先にはどんな風景があるのだろう


どんな人達がみているのだろう


そしてどんな思いでこの空の下暮らしているのだろう


そんなことを想像してみながら君の隣に居れること


ただそれだけで僕は幸せだった……


もしもこの世界にタイムマシンなんてものがあったなら、たとえどんな代償をはらおうとまた君に会えることができる可能性があるのなら、その願いを叶えるために僕は間違いなく向かうであろう、きっと暗い闇の中をぐるぐる回りながらのみこまれ時間を遡っていく想像を繰り返し頭の中に思い描いていた。





現在は西暦2088年の春



一匹のネコが歩いていた


とても長い月日を生きてきたことなど誰にも想像できないほどに綺麗で整った白と薄い茶色の毛を纏い、どこか清楚な面持ちをしている。


薄暗く湿った空気が漂う街の中でそのネコを中心に所狭しと超高層ビルが建ち並び、その頭上では当たり前のように車が行き交っていた。もはや映画のワンシーンのようである


こんな世の中になった現在でもなお、あいも変わらず続いている1つの場面がある、人間によるペットのお散歩であった



おおよその見た目は同じ

だが内容はあまりにも違ってしまっている


本来犬やネコの寿命は限られているが、それに対し最新のペット型ロボットは人間の求める条件を何一つ溢さず全てに答えることが可能であった。


人間の身勝手で自分勝手な発想が行き着いた先にできたもの

それは人の何倍も長い寿命をもち、排泄処理を必要とせず、また近年発見された鉄の何十倍の強度で半分の軽さの金属で作られ、人工知能搭載のペット型ロボットだった

必ず訪れる愛するペットの死さえそれに直面した悲しみに晒されること無く飼い主は最後の時を迎えられるのだ。


さらには進化してきた科学の技術により知性をもったそのロボットは身の回りで起きるさまざまな状況に応じたプログラムを搭載し、それに加え人間が各ロボットを購入する際、ある程度性格を選ぶことができるオプションと、飼い主が死んでしまうまで決して電池切れのような状態にはならないという超ハイテクノロジーの結晶であった。


ロボットの動力源になる電気エネルギーも内部搭載ではなく、内部にある電気エネルギー貯蔵用超小型チップに外部から供給されるシステムだ

もちろん供給はロボット販売会社側にあり、費用も購入時にまとめて支払い済みで飼い主は一切それに関与しない。


動物本来の鳴き声や仕草ももはや本物以上の仕上がりで全世界のペットの内、9割はペット型ロボットに置き換わっていた。


そんなこの街の光景はこの街を支配していると言わんばかりの数配置された監視カメラで常に撮影、記録され、不具合の対象は遠隔操作で即メンテナンスされるシステムだ

合理的でスムーズに解決できるこのシステムは強力なコンピュータシステムと管理環境を必要とする訳だがこの時代では意図も簡単にこなせるほど科学は進歩してきた


そんな未来都市の状景に相反するいでたちで

他を寄せ付けない破壊的でシンプルなオーラを放つその小さなネコからは紛れもなく失望や絶望の類いである感情が体内に収まりきらず、体の外へ流れ出してしまっていた

それを見せつけるようにしてゆっくりと歩いていくそのネコからは何か大切なものを失った時の悲しみが、残響となって残っており一ミリも減っていかない事実を前にした嘆きの歌さえ聴こえてくるようなそんな様子であった。






遡ること90年前

1998年の7月にとある夫婦の間に女の子が産まれた


その夫婦の間にできた唯一の子供で

名前は夏樹と名付けなれた


両親からたっぷりの愛情を注がれ元気に育った夏樹には具体的に欲しいものなどはなく、ただ楽しく、ひたすらに充実した毎日を家族で過ごしているごく普通の少女だった

生まれつき喋れないという残酷な枷をはめられていること以外は



夏樹が両親や友達と会話を成立させるためには常に紙と鉛筆が必要だった

普段の生活範囲なら身ぶり手振りで伝えることができ問題はなかったがそれ以外の伝達には時間がかかり苦労した。


夏樹が小学生になる少し前から当然のように欲しいものができた

それは兄妹だ

その頃から両親に対して兄妹で遊ぶ絵を描いては両親にみせ、伝え続けたがそれを望んでいたのは両親も同じであった


しかしそれが叶うことはなかった。



夏樹が小学二年生の頃に僕は夏樹に出会った


僕はネコだ。


ずいぶんと長い間一人で生きてきていろんな人に触れてきたが、自分の中に踏み込まれるほど心を許した相手は一人もいなかった

けれど夏樹だけは違った。大きくて丸い透き通るその眼差しは、目が合うだけで心の中を見透かされ彼女の中に吸い込まれるような感覚を覚えた。


「君の名前はマロンだね」


紙の上にそう書かれた文字を見せられた僕は初めてそれを名前にしてもいいと思ったのと同時にやはり言葉を話せない、声が出せないのだと確信した場面だった


僕の名前はマロン

夏樹が僕につけてくれた名前

最初で最後の僕の名前だ



僕には産まれた時の記憶がない

気がついたらこの世界の一員になっていた

産まれるという場面がそもそもなかったかもしれない。それと人間が話す言葉が理解できる

今まで蓄えた情報の引き出しからこの世界の大抵の歴史もわかっている。


ただ僕も喋ることはできない



今まで出会った人間やネコ、他の生き物はすべて僕よりも早く死んでしまう


なぜ自分だけ言葉が理解でき、死が訪れないのか


ネコである以前に何か他とは違う生きる条件

もしくは死の条件があるのではないか

そんなことを考えてみるがそれについてはわからない

経験したことのない局面は打破しようがないのと同じこと、

説明しろといわれてもできはしない。

でも僕にとってそんなことはどうでもよかった

夏樹と居れるなら




車の窓をあけ風を浴びながら外をみている夏樹

ちょうど耳を隠せるくらいの長さの髪の毛をふわりとなびかせながらマロンを膝の上に乗せている


透き通るようなその瞳には外の景色が映り流れていく、ただ景色をみているだけだと数分ごとにループするだけのような感覚だが、夏樹の目に流れる景色は僕にとって著名な作家の描く絵画に思えるほど革新的で見ていると心が和み、それに浸りきっている自分を感じることができた

これ以上の至福は他になかった


つぎはぎだらけの記憶だが

夏樹といる時はどんな状況でも僕にとって同じに思え、それは夏樹の存在そのものが自分にとっての全てである事実に他ならなかった。


そんな日々を過ごすなかある日突然


夏樹はいなくなってしまった。

目の前で死んでしまった訳ではない


それに気づけたのはおそらくその数分後

その日夏樹は学校からかえってきて家の庭で一人で遊んでいた


両親は仕事で留守、僕は部屋の中でいた

いつもは傍にいるのにその日夏樹は家の中に荷物を置かずそのまま外で遊び始めたからだ


もっと早くきづけたら……


何度悔やんでもこの日の腹立たしい記憶は薄れることを許さない


僕の足で移動できる範囲は走り回り探し続けた、夏樹の両親も仕事から帰って異変に気付き、警察に連絡、近所を駆けずり回って夏樹を探した。



夏樹の両親をはじめ多くの大人達が何日も探し回ったが結局みつけることができず、僕達はそこでようやく夏樹が居なくなってしまった事実を受け入れた


僕は夏樹と出会って一年も経っていない

そんなことがあっていいのか

自分の命を犠牲にしてでも夏樹を守って両親のもとに居させてあげたかった、夏樹の笑顔をずっとみていたかった

今まで生きてきてそんなふうに思うことができたのはたった一人、夏樹だけだった


親心や恋心とは違うもはや僕が生きるために必要な存在で

彼女と出会いその優しさに触れ

自分の中に産まれた感情を感じながら生きることが僕がうまれてきた理由だとまで考えていた。


ある一定の期間それを感じ続けない限り

もしくはこの途方もない寿命が尽きるまで僕の今世は終わらない。



絶望した……



夏樹以外どんな人間に愛されようがどれだけ近づこうが夏樹以外に条件を満たせる人はいない以上僕が今世を終わらせる道は断たれた


夏樹を失ったとてつもなく大きな損失感をかきみだすように

ひたすらに一人ただ夏樹を失った悲しみと自分への無力さを感じ、なにものにもすがることを許されないまま、ただ孤独に蝕まれながら生きていくしかない現実は僕の心をへし折って投げ捨てた



時間を遡り過去に戻るしかないとおもった


夏樹がいなくなる前に彼女を救うしかないと……


タイムマシンでもない限りそれは実現しない

もしもこの世界にそんなものがあったら、この世界の常識全てが覆されるのは明らできっと過去に戻りたい人は山のようにいるはず


その数だけ未来から過去を操ることになれば

一瞬にして消え去る未来の場面ができあがる、そんなことがまかり通るわけがなかった


そもそも時間を遡るということは

時間が止まっている領域のまだ先へ進み、時間を逆方向に転じる必要がある

誰にも想像できないということが恐らく答えであった

想像できるのはせいぜい浅はかな夢物語程度

どんなに優れた科学者だろうと成し遂げることのない空想の中のワンシーンだった


事実、この時代にタイムマシンなどはない

しかも、ひとかけらの兆しすらみいだせる材料さえなかった



それでも僕にとっては夏樹が全てである。

もう一度会いたい、会って幸せな時間を過ごしたいと思った。


それが叶わないならせめて今すぐ死をむかえるその時を向かえたいと思った。


ずっと夏樹を追い続けたどり着いた先が2088年の現在だった



結論から言えば、苦しみながらただ待つ以外にできることは何もなかった


出会った場所で、少ない夏樹との思い出を築けた場所で、たとえ夏樹が居なくても傍にいたかった。


傍にいなければいけないと思った



夏樹の両親は20年前に父親が亡くなった


その少し後で母親も亡くなった……。


毎日家の中に飾られた幼い夏樹の写真に食事を届け、亡くなった日の最後の言葉も「夏樹に会いたい、ごめんね夏樹」であった


僕の頭の中はこの世界がもたらす理不尽な終演に怒りを通り越した失望が満ち溢れ疲れ果てていた僕は、夏樹が居なくなった後、毎日のように見る夢がある。

年老いた夏樹が僕の元に訪れ、抱きしめてくれるそんな儚い夢だった


あの頃夏樹と見た空は今ではずいぶんとようすが変わってしまっている

君は嘆くだろうな、あんなに好きだった空の行く末がまさかこんなふうになるなんて思ってもいなかっただろう。


虚しさを足跡にしてマロンはビルの間へ姿を消していった。

その先には大きなビルとビルの間にポツンと空いた小さな空間があり、彼が何十年も孤独と後悔を背負いながらひたすらに守り続けてきた場所だった。


きっといつか夏樹が戻ると願い続け、今日もまた彼は生きなければならない。


無情にも慌ただしそうに過ぎていく時代の流れと彼を蝕んだ残酷な世界が見せるたった一つの優しさがそれだった


彼が夏樹と過ごした家の庭の跡地

これほどまでに建物がたちつくしたこの街で最後まで残り続けたこの場所に見上げるほど大きくまっすぐに伸びた桜の木がたっている


マロンが守り続けたその場所は明らかに周囲とは違うまばゆい光を放っていた


この薄暗い街のなか春色に染まりきったその桜の木の膝元にマロンは身を寄せて眠っている



夏樹と二人で植え、桜が咲いたら一緒にみようと約束をしたその桜の木の下で……。






















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