願望
ドアを開けた瞬間、自分たちと父さん・海藤の父さんが向き合う状態になった。
「なんなんだ!?お前らは!それになんで、お前がここにいる?」
海藤の父さんが目を見開き怒鳴り声を上げ、海藤に指を指して言った。
「進藤の父さんの退職を撤回してほしい」
最初に口を開いたのは海藤だった。
「質問に答えなさい、どうしてお前たちがここにいる?もし、その願望が答えなら今すぐここを立ち去りなさい」
今度は落ち着きを取り戻したのか、優しい口調で言った。
だが、今立ち去らなければもう怒鳴り声では済まされないとでも言うように。
ここで肯定すれば堪忍袋の緒がもうすぐ切れるとでも言うように。
そんな空気が教室に流れた。
父さんを見ると何故自分たちがここに来たのか、未だに分かっていない様子で自分たちを見るも、口を開こうとはしない。
「…そう…だよ、それが答えだ。だから俺たちはここに来た」
二人の会話は自分たちには大事な事なのだが、他人から見るとただの親子喧嘩にしか見えないだろう。
この会話が終わるまで進藤家は一言もいや、一文字も話さないだろう。
「なんだと…?この話はお前たちには関係ない事なんだ!大人の話に口を出すな…分かったら、とっとと帰りなさい」
「…人の話は聞けって親や先生に教わらなかったか?」
「親に向かってなんだ、その口の訊き方は!それに父さんは人の話は聞いてる方だ!」
今度はマジな口喧嘩になってきたが、一歩間違うと殴り合いにもなりそうだ。
「嘘言うな!父さんは、いつも自分以外の人の話は聞こうとしない。なんでも自分は間違ってないって思ってる。母さんの話だって嘘だと思って聞かなかった癖に…」
「あれは、嘘の話だ!個人情報にも事故なんて書いてなかったんだからな!あんな良い話あるわけないだろ」
この人はやっぱり趣味で個人情報を調べてんのか、噂は本当だったか。
「本当だよ!その話!あんた、自分の奥さんも信じらんないの?父さんは生徒を止めようとして、殴っちまったんだよ!だから事故でも良いの!」
慶が突然、進藤家の第一声を発したのだが海藤の父さんより慶の堪忍袋の緒が切れた事は確かだ。
「な、なんだ?この餓鬼は!殴った事は事実だ!」
「大体あんた個人情報とか辞めろよ、事故と変わりないんだよ!…あんたには分かんないと思うけど俺、父さんには先生でいてほしい。もう高校の先生じゃないけど今もまた先生になって本当によかったと思ったんだよ!」
慶が良い事を言ったのは、奇跡と言ってもいいが一番家族想いなのは慶なのかもしれない。
海藤は「だからさぁ、父さん自身が黙っていれば良いんだよ」と言った。
「そうすれば、進藤の父さんだってまた働けるかもしれないだろ?他の塾の先生がなんて言うか知らないけど、過去の事だし。…いい加減、人の仕事取るなよ…父さんのせいで無職になった人何回見たと思ってんだよ?」
海藤が困った顔で言うと、海藤の父さんはよくしゃべった口を休ませるように何も言わなくなると何かを考えついたかのように口を開いた。