08
明日はお休みだし面倒くさい人間関係を直視しなくて済むということもあって上機嫌だった。
今週最後の授業とHRを終えて席を立つ。
帰るんだ、このクラスの人達及び他のクラス、学年の人よりも早く帰る!
下駄箱で靴を履き替え誰よりも早く帰るー……つもりだったのに。
「泉ちゃん明日一緒にお出かけしない? ……巧の頼みなんだ」
慌てて追ってきた田中さんによって夢砕けてしまった。
何であの人はそんな馬鹿なことをしたのか……好きな人とだけ行けばいいのにっとは思いつつも、足を止めて聞くことしかできなくて。
「明日はちょっと用事があるんだ、だから二人で行ってきたらどうかな」
七面倒くさい人間関係を直視しなくて済むから喜んでいたのだ、いちゃいちゃを目の前で見せられたらすぐに逃げたくなるだろう。
彼女はそういう経験があるくせに好きな人が求めたからって大人しく従うしかできないのか。
彼女は「私とだけでいいでしょ!」くらい言えそうな性格してそうなんだけどなあ、少し違うみたい。
「え……でも、泉ちゃんが来ないと行かないって」
「あの人馬鹿なの? 最低最悪のくっそ野郎だね。あ、好きな人を馬鹿にしてごめん、だけどそれくらい言いたくもなるよね田中さんも」
「……来てよ、用事って嘘でしょ?」
確かに嘘だけど嘘認定されるとは思ってなかったから、
「はっきり言うけどさ、面倒くさいんだよね自分に関係ないことで巻き込まれるのって。大体、行ってなにになるのかな? 私が行くメリットってなに? 可愛い田中さんの笑顔? 格好良い伊藤君の行動? どれも私には必要ないんだよね、だからごめんなさい」
はっきり言っておくことにした。
先日「抱え込んでやろうじゃないか」なんて言ってみせたものの、椿先輩に言いきったのもあって同級生の子に遠慮する必要はないなと考えを改めたのだ。
「私ってこういう性格なんだ、イラッとした?」
彼女は何も言わない、いや、言えないのか。
どうでもいいから下駄箱に移動して靴を履き外に出る。
私の幸せを邪魔する奴はたとえ友達でも許しはしない。
途中、土日に読むための本を一冊買っていこうと本屋さんに寄った。
面白そうなのがあったので特に悩むことなく会計を済まし店外へ。
「泉ちゃん」
「時間差で文句でも言いに来たのかな、帰りたいから手短にしてね」
「……お願いしますっ、明日来てください!」
立場が逆になったようだった。
敬語を使って頭を下げてまでも、それが“お出かけ”の条件だから仕方ないと言いたいのか。
その内に渦巻く感情が快いものでなかったとしても、目的のためならプライドくらいと言いたいのか。
私に頭を下げるくらいならその勢いで彼を説得した方が早いと思うけど。
とはいえ……流石にここまでされておいて断るということはできそうにない。
何より彼に協力すると言ったことが引っかかってしまうから。
「分かった、でもいるだけだからね? あくまで二人がメインで二人が楽しんでくれればいいから。それをきちんと伊藤君にも言っておいてね」
「う、うんっ、ありがと!」
その可愛い笑顔は“本物”なのかな、どうでもいいけど
彼女と別れて家へと帰る。
土日読むつもりだった本を大好きなソファの上で読むことにした。
明日は出かけることになったのだから、別に問題はないだろう。
しかし……読めば読むほどつまらないという事実が浮上してきて。
やはり大好きな作者さん以外の作品は自分に合わないなと決めつけて途中で読むのをやめた。
それだけが理由じゃない、また電話がかかってきたからだ。
「なに?」
「明日来てくれるんだってな、雪から聞いた」
「はぁ、あ、行くだけだからね? あんまり話しかけたりしないでよ?」
「なあ……何でお前はそんな感じなんだ? 俺が何か悪いことしたか?」
「はぁ? じゃあ言わせてもらうけどさ、田中さんと出かけるって時に他の女を誘う屑とかありえないと思うんだけど。なにがしたいの? 田中さんを振り向かせたいんだよね、なのにその相手を不安にさせてどうするのって話! わざわざ頭まで下げて誘ってきたんだよ? あなたが出した条件のせいで!」
こんなクソ雑魚メンタル女に敬語なんて使いたくなかっただろうに。
今頃何かで発散しているかもしれない。
SNSで「雑魚女に敬語使わされたんですけど~☆」とか裏垢で発信しているのだろうか。
彼のせいなのに回り回って私にヘイトが向くことになったら、どうしてくれるんだ。
「田中さんを弄んでいるのと一緒だよ伊藤君」
気づけっ、それが私にも被害を及ぼしていることに!
「……それってお前が断ったからじゃないのか? 頭下げないといけない状況に追い込んだのはお前――」
もう駄目だこいつはと判断して通話を切った。
買った本はつまらないし家にいても不快にさせられるしで最悪な一日だ。
お客さんには絶対に出さないジュースをコップについで一気に飲み干して。
それでもなおむかついていたから外に出て河原の石でも投げ飛ばすことにした。
途中“何か”とすれ違った気がしたけど、それ以外は特になく近場の河原に到着する。
「……すぅ……あの最低最悪野郎があー!!」
比較的大きい石を川に叩きつけるのはやはり落ち着くな。
それから二~三度投げつけて自分の体力のなさを思い知っていたときだった。
「最低最悪野郎がなんて言わなくていいだろ」
“何か”がやってきてしまい石を投げつける。
それを普通に避けて私の側に彼は立った。
「なんだよてめぇ、わざわざ追ってきやがってよぉ」
「こわっ!? お、お前ってそういう奴だったのかよ……」
「大人しい性格だとでも思ってたのか? ばかめっ」
屑野郎への対応はこんなものでいいだろう。
どこに振り向かせようとする女の子とデートする際に、別の女誘う奴がいるかって話だよ、ったく。
疲れたから砂利の上にゆっくりと座った。
「……約束だから明日は行くけどさ、田中さんとだけ会話してよね」
頭を下げてでも頼んできた彼女には楽しんでもらいたい。
それを達成するのには屑とはいえ目の前の男の子の協力がなければ不可能だ。
「……あとで雪に謝っておくわ、悪かったな渡辺」
「いや……こっちもごめん」
やっちまった感が私達を包む。
引かれたかな……まあそれならそれでいいんだけど。
「んなところに座ったら痛いだろ?」
「いいよ……デートに着ていく服でも選んでおきなよ、帰ってさ」
「お前は帰らないのか?」
小さい石を川へと投げつつ「誰かさんのせいで疲れたの」と呟いた。
何をやっているんだろう私は。
彼女にもああして正直なところをぶつけていたくせに、今更、彼女のためを思って行動するなんて。
彼が屑野郎でも関係ないじゃないか。
上手くいかないイライラを私もぶつけてしまっているじゃないか……。
そのことがどうしても気になって動くことができなかった。
疲れたのもあるけど、目から溢れた“水滴”が一番の理由だ。
「……泣くなよ」
「……最低最悪野郎は私だよ……」
それでも明日二人をなるべく不快にさせないために立ち上がって帰ることする。
彼と途中で別れて歩いて、自宅に着いたら今日は部屋に直行した。
ベッドにダイブすると柔らかい素材が自分を受け入れてくれた。
「服……なんでもいいよねべつに」
私がデートするわけじゃない、お洒落して行ったらとんだ勘違い野郎だろう。
行くのは商業施設だと行っていたし、適当に付いていくだけで終わりはくるはずだ。
店舗に入ったらぼうと突っ立ったり商品でもぼけっと見ておけばいい。
最悪、いない者として扱ってもらってイヤホンで音楽でも聞いておけばいいと、私は決めたのだった。