06
「泉ちゃん、ちょっといい?」
翌日の昼休み、購買へ向かおうとしたときに田中さんに話しかけられた。
こくりと頷くと「渡辺ちゃんは購買行かなくちゃいけないし移動しようか」と彼女は言う。
お昼ご飯を食べずに午後を過ごすのは辛いので嬉しい提案だった。
購買でご飯を買って適当な所に陣取り彼女と向き合う。
「ねえ泉ちゃん、私のことを考えて動いてくれるのは嬉しいけど別に大丈夫だからね? 伊藤があなたのことを好きになったとしてもそれは仕方のないことだし……だから距離を置こうとか考えないであげてくれないかな。これは私のためでもあるの、よろしくね」
彼女がこう言ってくれたから安全だとは思えなかった。
裏で簡単に情報が共有されていることが私にとっては怖くて。
ご飯が全然美味しく感じなくて自動販売機で買ったお茶で全てを流し込む。
「田中さん」
「うん?」
「分かりました、田中さんのためなんですよね。あ、トイレに行って教室に戻りますので」
「……うん、ありがと泉ちゃん」
複雑な感情を抑えつつトイレにも寄らず教室へと戻ることにした。
昨日学んだことだけど自分の考えていることをいちいち口にする必要はないだろう。
ああ言ってくれた彼女を困らせたくないし、抱え込んでやろうじゃないか不安不満の一つくらい。
「渡辺、少しいいか?」
はぁと内でため息をつく……教室に戻った途端これか、と。
「どうしたんですか」
「田中から聞いたろ? そういうことだから意固地になるな」
「そうですね」
自分も居合わせなかったのは彼のせいで彼女が言う羽目になったからじゃないのか。
そりゃ好きな人から「こうしてくれ」と説明されれば、対象は好かれたいから従うしかない。
程度はどうであれ奴隷みたいなものだろう、脅迫みたいなものでもある。
「そういうわけで今日も一緒に帰ろうぜ」
「そうですね」
学校で会うくらいだから丁度良いのだ。
人間一緒にいすぎればお互いにストレスが溜まるだけだし、またぶつけられても嫌だから。
それでもこれは暴力じゃない、だから断らないのが最善な選択と言えるだろう。
適当に従っておけばいい、そうすれば文句を言われて済む。
「……家に行ってもいいか?」
「そうですね」
断ってもどうせ来るのだから抵抗をするのは無駄な時間にしかならない。
ただ、昼休みくらいゆっくり休ませてほしいものだな……とまた内で溜め息を吐く。
「おい、適当に対応しているんじゃねえよ」
「そうですね」
腕を掴まれてじんわりと涙がにじんできても対応は変えなかった。
彼が自分のやり方を貫くように、自分にだって貫きたい生き方があるのだ。
それにしても泣かせたくない、二度としたくないと言っていたのは嘘だったのだろうか。
こちらの適当な対応にプライドを粉々にされ、そうしないと落ち着けなかったということか。
「なんですか、べつに断ってないですよね」
「……お前が……適当に返事するから……」
「適当になんてしてないですよね、肯定しているじゃないですか」
よく分からないことを言う人だ。
それ以上は彼も何も言わず己の席へと戻って行った。
自分にできることは肯定をする、うん、いいことを学べた時間だった。
外を歩いていると彼が追ってきた。
彼は「一緒に帰る約束だっただろ」と言ってきたものの、「こうして帰ってるじゃないですか」と答えたらまた黙らせることに成功した。
すぐに本屋さんに行ける道の所までやってきた。
「行かないのか?」
なんてらしくないことを聞いてきてくれる。
この前だって適当に物色していただけだし、お気に入りの空間とはいえ常に入り浸るわけじゃない。
「家に行くんですよね、それに新刊は発売していないですし」
「そういえばどういう本が好きなんだ?」
「堅苦しいのは読んでませんよ? 漫画ですから」
家ではぼけっと過ごすことが多いし、読書だって沢山するわけじゃないのだ。
彼にすすめられる本もない、これ以上話題が広げられる前にさっさと家に帰ってしまおう。
帰宅、リビングに彼を待たせて飲み物の準備をした。
「あ、お茶でいいですよね」
「おう、というか別にいらないぞ?」
「そういわけにもいかないんですよ」
全く……仮に私が彼の家にいっても飲み物の準備してくれなさそうだなと溜め息をついた。
コップを渡して私は椅子に座る。
「あの、ここにほぼ毎日来てますけど、楽しいんですか?」
「家はどうでもいいんだよ、先輩に言ったように俺が渡辺といたいだけだ」
「颯が聞いてきましたよ『あなたに弱みを握られてるの』と、あなたはどう思いますか?」
「弱みなんか握ってないだろ」
「でも腕は握ってきますよね」
し、しまった……ちょっと上手いことを言ってしまったかもしれない。
というかそれに関して自分が否定したわけだし、責めるつもりはなかった。
純粋にどう考えているのか聞きたかっただけだ。
「す、すみません、えと、田中さんって可愛いですよね、告白したくなるのも分かります」
もし自分が男の子でこんな面倒くさい生き方しかできないような人間じゃなかったなら、きっと無意識に目で追ったり、近づきたい、側にいたいと感じるような存在だと思う。
勿論、女である今であっても色々面倒くさい気持ちを捨てて近くにいたいとは思うけど……どうしたって引っかかってしまうのだ、彼女は彼が好きなのに無理してあんなことを言ったんだろうな、と。
私が可愛い女じゃないからこそまだいいものの、めちゃくちゃ可愛い子や綺麗な子が好きな人の側にいたら落ち着かないに決まってる。
違うか、例えどんな女であろうと自分より優先されている現実を受け入れるのは難しいはずなんだ。
それを全く考慮もしてあげず目の前の男の子ときたら……。
「本屋さんが好きだと言ってくれて食いついたときに間近で見ることがあったんですけど、それでも凄く可愛かったですからね。ほら、どアップでみたらそうでもないとかあるじゃないですか、それがあの子は違くてずるいなと、同性として羨ましいです」
生きづらい要素であるかもしれないけども。
傍観することしかできなかったから分かるのだ、嫉妬から悪口を言う人間がいるということを。
格好良い可愛い綺麗=ヘイトの対象にはならないというわけではない。
そういう不満から私達へのあの行為と考えれば、まあ妥当な判断な気がする。
問題なのは私がしたわけじゃないのに対象にされることくらいかな。
「……俺は田中に振られたけどな」
「知ってます、残念でしたね」
好きなのに振ってしまった彼女にも原因がある。
……友達だからって何でも擁護すればいいというわけじゃないのだ。
「だからもう田中への気持ちは捨てたんだ、そうしたら次へと動かないといけないだろ?」
振られたらもう一度だけ頑張ってみようとはならないのかな。
ショックが大きすぎて多少でも歪んでしまうくらいには傷ついてしまうのかな。
恋というものをしたことがないから、考えてみたところで私には分からないままだった。
「極端な思考にならないでくださいよ、伊藤君。これは友達として言っていますからね、大体、好きだった気持ちってそんな簡単に捨てられるものなんですか?」
「……そんな訳ないだろ、振られてから時間は経っているのに今だってまだ……」
「協力しますよ。友達になってくれたじゃないですか、私だって返したいんです」
それに彼女は今でも彼のことを好きでいるのだから。
「お前本当は怒っているんだろ……またあの気持ちを味わうことになるかもしれないってのに」
「大丈夫ですよ、私にできる範囲で協力しますから」
「田中……雪はそんなこと望んでないだろ? 二人きりのときとかに話とかしないのか?」
「あれ以上はもう言えませんね」
昨日の私は全てを説明つもりだったけど、私経由の言伝じゃ信じられないということだろう。
「頑張りましょうよ!」
「……お前が名前で呼んでくれたら頑張れるかも」
「はい? 関係ないでしょうそんなことは。大体、これから女の子を攻略しようとしているときにべつの女に名前呼びを求めるとかおかしくないですか? しませんよそれは」
「なら敬語をやめてほしい、雪にはしているんだろ?」
「い、いいじゃないですかもう! 田中さんに集中してください!」
だからそういうことをしたら彼女が複雑になるっちゅうのに!
振られた原因が実はこういうところにあったのではないだろうか。
「……じゃあ一日一回手を繋いでほしい」
「あなたは乙女ですか!? 田中さんに求めてください!」
「敬語やめるくらい……別にいいだろうが、距離を感じて嫌なんだよ」
「元々あなたと私の間には距離があるじゃないですか」
クソ雑魚メンタルで影響を受けやすいのだからやめてもらいたいものだ。
簡単に言うと誤解しそうになるからやめてほしい。
「雪に改めて向き合うというのは守ろうとしているよな? じゃあ何か聞く必要があるだろお前も」
「はぁもう……これでいいの?」
敬語だったくらいで何だよっ、乙女か!
まあいいや、結構面倒くさかったし満足してくれるならそれで。
「ありがとな、そういうところが好きだぜ」
「……私はあなたのそういうところが嫌い!」
田中さんに言ってやれやって思ったけど……振られるって悲しいだろうし複雑なんだよね彼も。
……とにかく、明日から協力していこう。