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002  作者: Nora_
5/24

05

 お風呂に入ったあとリビングのソファに寝転がってぼけっとしていた。

 あれだけ頑張った、恐怖を押し殺して勝とうと頑張っていたのに、努力も虚しく両者悲しくなっただけで終了、なんて。

 無駄に伊藤君を傷つけただけだったのではないのか。

 偉そうに田中さんのためなんて考えたけど、結局、自分が責められないためにしたのではないのか。


「お姉ちゃん、ちょっと話があるんだけど」


 私にはないよ颯。

 両目を腕で覆って答えないでいた。

 夕方の件を突かれたら今の私が何を言うか分からない。

 分かるよ? 颯が心配してくれていることなんて。

 何年お姉ちゃんをやっていると思ってる、可愛い弟のちょっとしたトーンの変化で分かるもんだ。

 でも、これは颯には関係のないこと、そして踏み込んできてほしくないことでもあった。


「あの人に弱みを握られてるの?」

「違う!」


 怒鳴ってしまったものの後悔はしていない。

 彼は何も悪くない、今回傷つけてしまったのは私の方なのだから。

 涙を流していた彼を颯だって見ていたはずなのに……どう捉えたらそうなるんだ。

 姉弟だからって何でも擁護すればいいというわけじゃない。

 第一、颯は好きな子がいるのだから駄目な姉になど構っている場合ではないだろう。

 颯が私の腕を掴んで上にあげる。


「……なんだよっ、そんな哀れな姉ちゃん虐めてなにがしたいんだよ!」


 分からないのだろうか、近づいてほしくないというそれが。

 掴まれるまで答えなかったのが何よりもの証拠なのに、こういう鈍いところは嫌いだ。


「ち、違うよ……僕はただお姉ちゃんに元気になってほしくてっ」

「私のことなんてどうでもいいんだ、颯は自分のことだけ気にして生活すればいい!」


 弟は私の腕を顔へと叩きつけて「もういい!」と叫んでリビングから出ていった。


「痛いだろ……そんなことしたら」


 自分で戻さなくて済んで好都合だけど、何でかな、涙が溢れるんだよね……。

 弟に八つ当たりしかできない姉で本当に申し訳ないと私は思った。




 月曜日。

 伊藤君は近づいて来なかった。

 一~二回会話する機会があったんだけど……何かを察したのか田中さんの表情は微妙だった。

 朝から放課後までぼけっと適当に過ごした。

 帰り道もぼけっと歩いて家に着いてリビングに入った途端にソファへとダイブした。


「これが夏休みまでは当たり前な生活だったのに」


 彼が来てくれなかったことが寂しいし、会話できても田中さんに微妙そうな顔をされるのは堪える。

 だから嫌だった、変に環境が変化するのは。

 それでも私は知ってしまったのだ、友達がいる心地良さというものを。

 しかし今の私に残っているのは、友達が消えかかっているということと、可愛い弟に八つ当たりをしてしまい距離ができかかっているという現実だけだ。

 でも、どうすればいいんだろうなんて悩む必要はない。

 私がしなければいけないのは何よりもまずは伊藤君への謝罪だろう。

 電話をかけるとそれなりに早く出てくれた。


「昨日はすみませんでした」

「……いや」

「だけどあれは私のため、田中さんのため、伊藤君のためにしたことなんです」


 彼女には悪いけど全てを話さしてもらおう。

 それで距離を置くことの重要性を語りかけるのだ。

 優しい彼なら分かってくれる「お前が正しいな」ときっと言ってくれる。

 だから説明して、し終えて、私は彼の返事を待っていた。

 沈黙が気まずい。

 正直、消して逃げてしまいたいくらいの重さがそこにある。

 なんとか踏み止まれたのは、どちらにしてもこれで終われるからなのかもしれない。

 自分可愛さに動く人間となんていたくはないだろう。

 ましてや私から「友達になってほしい」と願っておきながらこれなのだから。

 遅いから通話が切られてないかどうかを確認すると、アプリはまだ秒数を律儀にカウントしていた。


「今から行く」

「あ、は、はい? え、伊藤君っ?」


 今度は本当に切られてしまっているようだと気づく。

 スマホをソファに置いてそわそわしていたらインターホンが鳴った。

 一つ浮上してきた考えは「このまま居留守を使えばいいのではないか」ということ。

 法律上無理やり入ることなどできないし、流石に彼だってそんなことはしないだろう。

 それくらいの信用は既にしているのだ。

 問題だったのは連打されること……う、うるさい……からやっぱり開けようと決めた。


「い、居留守しようとしたわけじゃないですからね?」

「そんなことどうでもいいから入らせてくれ」

「あ、えと……ここで……ああ!」


 こちらが自分勝手にやろうとしたから彼もしようということだろう。

 いや、彼はそもそも最初から自分勝手だったじゃないか……とは思いつつリビングへ向かうと、彼はソファに座ってこちらを見ていた。


「責められたくないから距離を置こうとしたということだよな?」


 質問してきたのでこくりと頷く。

 自分勝手なのは分かっているものの、颯ともぎこちなくなるし散々だからだ。


「感情がごちゃごちゃになっているんだろうけどさ、渡辺はどうしたいんだ?」

「だ、だから離れてほしいって思ってますよ?」

「そうじゃなくて……俺らと友達でいたくないのか?」


 ずるい質問だろうこんなのは。

 今さっき説明したじゃないか、自分から「友達になってください」と言ったのに申し訳ないって。

 自分で幾ら頑張っても友達ゼロだった私のところに急遽近づいてくれるようになった二人。

 友達にもなってくれて嬉しかったのに、私のあの涙が偽物だとでも考えているのだろうか。


「田中のことなんてどうでもいいんだよ、お前がいたいかどうかだろ」

「……分かりました、なら家に来たりするのはやめてください。私が危惧しているのは……伊藤君がこっちに来ることによって田中さんに嫉妬されて自分が恨まれたりするのが嫌だからです。もちろん、あなたに他意がないということは分かっていますよ、振られてしまったから上手くいかなくて私で発散しようとしているのも分かっています。……暴力じゃなければ問題ないですそれは、あなたも自分勝手にやるならこちらにもやる権利があると思いますけど、違うんですかね? 颯ともあなたのせいで喧嘩してしまったことですし、あの勝負をまたしてもいいですよ。次は止める者もいないので正真正銘の根比べができます」


 それでも一応念の為部屋へと誘うことにした。

 特に何も変哲のない部屋を見せたところで緊張なんてするわけがない。


「ここなら邪魔が入りませんしやりましょうか、扉の鍵だって閉められますしね」

「……二度とやらせないでくれって言ったよな?」

「そもそもあなたが来なければよかったんじゃないですか、今回は折れないと言いましたよね。それとも私がいつの間にか誘っていたんですかね、それって危険だですよね……ますます距離を置かないといけませんね」


 彼が来てくれなくて寂しいとか、田中さんに微妙な反応されて複雑とか、そういう考えがエスカレートする前に、してしまう前に自分で動かなければいけない。

 言質も取ったから向こうがこちらの腕を無理やり掴んで止めるということもできない。


「始めましょうよ、土曜日は受けてくれたじゃないですか」


 とびきりの笑みを浮かべてこちらの方から掴める範囲に移動する。


「……おい、調子に乗るなよお前」

「それじゃあ自分から帰ってください、完全に絶とうとするのはやめたじゃないですか。それにあなたがよくそんなことを言えますね、格好良いからってなんでもしていいと勘違いしているのはあなたですよね。分かりますよ、上手くいかないことに不満やストレスが溜まるのは。だからってそれを他人ぶつけていいわけじゃないですよね、高校二年生なれば分かると思うんですけどね。いや、小学生でも分かることでしょうそれは」


 ぼっち女はちょろいと笑ってくれたあなたがどうしてまだ私に拘るんだ?

 なるほど、今度は長期間一緒にいてこちらが心を開いたときに切り捨てたいということか。

 だったら自分の考えは間違ってはいない、自分勝手でもやりきってみせよう。


「すみませんでした、『友達になってくれませんか』なんて頼んで」

「……分かった、もう帰るからあの勝負はなしだ」

「ついでに家に来るのもなしにしてくださいね、あなたが優先するべきなのは田中さんですから」

「帰るということは叶えようとしているんだ、そこから先は聞く必要ないだろ」


 面倒くさい人間だ。

 一応お客さんなわけだから一階に行って彼が出ていくのを見送った。

 そのあと自室に戻ってベットに寝転ぶ。


「私も伊藤君も性格悪いな」


 ま、少なくともいい方向に繋がるようにと動こうとはしたんだ、これからも同じスタンスでいけばいい。

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