01
「お姉ちゃんっ、早く起きなよー!」
ゾンビみたいに体を起こして聖域への侵入者を私は睨んだ。
侵入者は自分の拒絶オーラに負けず、「起きてっ」ともう一度重ねてくる。
「朝日が辛い……大体いま何時だよ? ……は? まだ六時じゃねえかよ……」
「もう六時五十分だから! 友達と行く予定だからもう出るからね!」
「……颯、気をつけろよ……」
野球部に入部しているから坊主だけど妙に可愛い弟だ。
お姉ちゃんっていつも来てくれるのも鬱陶しいけど嬉しいと思う。
あくびを噛み殺しつつ自分も制服に着替えて学校へ向かうことにした。
「渡辺、おはよう」
「あ……お、おはようございます」
まあこんなものだ。
朝無理やり起されるのが嫌だからあんな態度取ってるけど、外に出ればこんなもん。
こんなところは絶対に颯に見られたくなかった。
で、何故か教室に着いて椅子に座ってもその男の子はまだ私と関わろうとしていた。
「敬語はやめてくれないか? 同級生だろ俺らは」
「えと……そう言われましても」
この子と関わりがあるわけじゃないし、クラスメイトだということしか分からないし。
「そもそも名前……」
「え、酷くね? もう九月なんだぞ……」
「す、すみません……」
勿論、二年になって四月は頑張ろうとはしたんだ。
友達を作ろうと必死に話しかけ……はしなかったけど、大して拒絶オーラも出していなかったと思う。
五月になっても友達ができなくて一人でGWと中間テストを乗り越えることになった。
六月は雨で憂鬱になる中、誰とも「梅雨は面倒くさいよね~」なんて会話もできず。
七月も期末を乗り越えて……まあその頃には一人で十分だと思ったけど。
夏休みはアイスを舐めて課題をやってご飯お風呂睡眠だけで無事に終了!
……私の人生は他人とどうしてここまで違うのかって考える時はある。
考えたところで何かが変わるわけでも、人が近づいて来てくれるわけでもないと分かっていてもだ。
だから今回のこの接近イベントは正直嬉しいような嬉しくないようなという曖昧なもので。
「おーい?」
「あ……渡辺泉です」
「知ってるよ渡辺の名前くらい、敬語やめてくれって」
「こ、これは自分のためですから。ところで、あなたのお名前はなんですか?」
「伊藤巧だ、よろしくな渡辺」
私は「よろしくお願いします」と言って黙った。
というか何が「よろしく」なんだろうか。
このタイミングで近づいて来た理由は何だろう。
「SHR始めるぞー……特にないから体育館へ行けー」
恐らくクラス全員の人間が「何だそれ!」と内心で呟いたことだろう。
私はさっきの伊藤君から逃れられるなら何でもいいと思った。
だりぃ会を乗り切って教室に戻る。
HRも適当に始まって適当に終わって、私達はすぐに解放される流れとなった。
たった三時間くらいのために学校に来なければならないとか本当にありえない。
「一緒に帰ろうぜ!」
「よく知らない人と帰ることはしません、失礼します」
颯は今日部活休みだと言っていたし途中で見られても嫌だった。
彼氏だとか疑われても嫌だし、釣り合わないとか言われたら軽く死ねる。
颯にとって格好良くて可愛いお姉ちゃんでいたいのだ私は。
靴に履き替えて外に出る。
九月とは言っても風はまだ生温い。
何とも曖昧な風に吹かれながら歩いていると、何かに足を引っ掛けて転びそうになってしまった。
「っととと、うわぁ!?」
しかし、転びそうから転んだに変わる。
……地面に顔面からダイブとか最悪だ。
「いったぁ……」
体を起こして地面に座る。
顔が痛い、ついでに言えば周りに人もいるし猛烈に恥ずかしい。
逃げたいけど涙がにじんで上手く立ち上がれなかった。
「ほら」
「え……? あ、伊藤君……ありがとうございます」
よりによってこいつに見られるなんて最悪だ!!
……それでも大人しく手を掴ませてもらって立ち上がる。
「実は後ろにいたんだけどさ助けてやれなかった、悪い」
「べ、べつに謝ることないじゃないですか。とにかく、ありがとうございました、失礼しますっ」
「待ってくれ、……そいつは特別な男なのか?」
「は、はい?」
振り返ると坊主頭の可愛い少年が心配そうにこちらを見ていた。
「あぁあぁぁぁぁあああ!?」
伊藤君といるところを見られてしまったじゃないかぁ!?
「そ、颯っ、こ、この人は違っ――」
「お姉ちゃんにこんな格好良い男の人の友達いたんだ?」
「違うからぁ! 違う……違うんだー!」
颯のことをまだ見てあげないといけないし男の子と遊んでいる場合じゃない。
勿論、自惚れるつもりもないし、伊藤君がそういう意味で来たとは思ってない。
「何だ……じゃあお姉ちゃんにはその人がいれば大丈夫なんだね、じゃあまた家で」
「あ、颯……」
ちーん、おわた……。
私が伊藤君を睨みつけると優しい笑みを浮かべてこちらを見る。
「渡辺、俺って格好良い?」
「は……普通聞きますかそんなの?」
「いいから」
まあ身長も高いし顔も整っているし私にも声をかけてくれるから優しい人ではあるように思うけど。
直接言うのは恥ずかしいのでこくりと頷いたら私の両肩を掴んできて言った。
「渡辺も可愛いぞ?」
「……や、やめてくださいっ、離してく――」
「俺、渡辺が好きなんだ、付き合ってくれないか?」
私は呼吸すらも忘れて固まった。
ん? 私が好き? ……い、いきなり春の到来なの? 今、夏とも秋とも言えない曖昧な季節なのに。
「えと……でも伊藤君のこと全然知らないですし……」
でも、これを逃したら次はもうない気がする。
面食いというわけじゃないけど格好良いし優しいから一緒に過ごして分かっていけばいいのでは?
「わ、わわ……私でよければっ」
「……あ、連絡来たから今日はもう帰るわ、じゃあな」
「え……」
「やっぱりぼっち女はちょろいな、あ、本気にしないでくれよ?」
伊藤君が帰っていくのをただ見送って、完全に見えなくなってから歩きだした。
実はこういうの初めてではなかった。
私にとっては精神的ダメージよりも物理的ダメージの方が辛いので、涙が出てきたりなんかしない。
だから今の私にとって何よりも辛かったのは顔面からダイブしたことだった。
帰宅し棚の中から救急箱を取り出して蓋を開ける。
「洗わないとだめだな」
顔を洗ってタオルで拭いて鏡を眺めた。
髪の毛は肩くらいまで伸ばしてあってなかなか綺麗なものと言えると思う。
外ではあんなクソ雑魚メンタルだけど死んだ魚のような目というわけではない。
個人的感覚で評価させてもらえれば下の上か? 興味ないけど。
とりあえず消毒して箱を棚に戻した。
「颯ー」
自室へ戻る前に可愛い弟の部屋に寄る。
だけどどうやら布団の中にこもって顔を見せるつもりはないようだ。
「颯、また前のと同じようなのだったよ」
「……何でそんな平気そうなの?」
「え? だって無駄じゃん、少しでも他の人が楽しめるならそれでいいけど?」
こんな奴に告白して楽しいのだろうかって疑問は尽きないけど、問題はあまりない。
問題があるとすればクソ雑魚メンタルである私が、相手のことをいいかもと思ってしまうことだろう。
過去を含めれば何度もされてきた嘘告なのに学習能力がまるでなくて困ってるんだよなあ。
「男の子と縁がなくたって颯がいればいいよ」
「……僕、好きな人ができたんだ、だからお姉ちゃんの側にばっかりいられないかも」
「べつに家で会えればいいし、部屋に戻るね」
自室のベットに転がって考えていた。
そもそも学校では可愛い弟とはいえあまり会いたくなかったわけだし、好都合と言えるだろう。
男として好きというわけでもないし、弟に好きな子ができたなら素直に応援したいと思っている。
問題は、
「友達が一人もいないのは困るよな~」
女社会も怖いからな……なるべく目をつけられないように似たような子を選ぶべきだ。
確か同じクラスにいつも本を読んで過ごしている女の子がいた気がする。
明日はその子に話しかけてみよう。
「ん~伊藤君もったいないな~」
あんな格好良いのに変なことしたら結局無駄にしかならないのに。
ま、本人がいつか気づくことだろう。
それこそ好きな女の子でもできたなら、あんなこともできなくなるだろうしね。