名前を呼んで…
――クロンが屋敷の門へ出向くと、女がいた。
カイジャンの言う通りキキの身寄りとなっていた女らしい。
「なんだい、子供じゃないか!わたしはここの主人に用があるんだよ!」
図々しい態度でクロンをまくし立てる。
「ここに女の子が誘拐されてるって聞いてね!その子は、わたしの子なんだ!この事を衛兵隊にチクられたくなかったら、金を出せってね!さぁ!さっさとこの屋敷の主人を出しとくれ!」
クロンは、少し恐い顔を見せながら女を睨みつける。
「くっ!!生意気な子だね!金持ちの子だからって容赦しないよ!!」
この女の狙いは、キキを取り戻すことではない。誘拐事件だと脅迫して金を奪う気だ。
そもそもキキを自分の子と言い張るこの女に無性に腹が立ったクロンが問う。
「おばさん、その女の子の名前は?」
それを聞いた女は、すぐに口を黙らせた。
「…名前も知らない子を自分の子だとよく言えたな。」
クロンの鋭い口調に女は青ざめる。しばらく睨みつけた後、クロンはポケットから金貨を出し、女に向けて手を出した。
それを見た女は、すぐに手を差し出すが、クロンが金貨を離すと女の掌から外れ地面にキンッと落ちた。
女はそれを慌てて拾おうとしゃがんだ時だった。
クロンは、女の低くなった頭に手をあてた。
「忘却。」
クロンの魔法で、女の動きが止まったかと思うと、辺りをきょろきょろと見渡した後、その場を立ち去っていった。
地面に転がった金貨を拾い、クロンが『消失』を唱えると金貨は黒ずみ、サラサラと砂のように風に吹かれ消えていった。
クロンが屋敷の扉まで戻ると、スッとカイジャンがドアを開け迎え入れた。
「クロン様、キキ様の着替えが終わったようで御座います。」
「そうか、…では、俺の部屋へ。」
「畏まりました。」
――リコネにキキは、クロンの部屋へ通された。
書斎のようなその部屋は、少し暗く窓から入る光をより眩しく感じさせている。
クロンは部屋の奥にある机に座りこっちを窺っていた。
「いいね。すごく可愛い。」
クロンが笑顔でそう言うと、キキは顔を赤らめて、俯いた。
クロンの趣味なのか、リコネの趣味なのか、ゴシックな、いかにも人形に着せるような服装である。
「さぁ、そこに座って。」
キキは言われた通り、ソファにちょんと腰をかけた。
「じゃあ、簡単にボクのことだけど、ボクはこの屋敷の主人だ。んーいろいろあってね。今この地位にいるんだ。カイジャンとリコネはボクが別の町に出てた時に見つけてスカウトしたんだ。二人とも信頼に足る人間であることはボクが保証するよ。」
「次に、君がここにいる経緯だ。」
クロンは淡々としゃべり出した。
「君が男に連れられて森の奥で殺されそうになったんだ。そこで君は殺されそうになった時、君の中の魔力が覚醒して男は、君から漏れ出た魔力の圧力によって、潰れてしまったんだ。…ボクがその場についた時には、君は気を失い、辺りは血の海だったよ。」
「…。」
キキの顏が青ざめて、少し気分を崩しているように見えたが、クロンは話を続けた。
「君は、見る限り重症でね、すぐにでも治療しないといけない状態だったから、カイジャンに屋敷へ運んでもらったんだ。この屋敷には珍しくも治療魔法が使える者がいるからね。」
「…治療魔法って珍しいの?」
「ああ、えっとこの世界では治療魔法を使える者はあまりいなくてね、失った損傷個所を元に戻すことや、傷を塞ぐことだって、そう簡単にできることじゃないんだ。」
「……そうなんだ。」
「ちなみに、その治療魔法の使い手はリコネだよ。」
「!!」
キキは目を見開き、驚いた。変態だと思っていたあの人がまさか世に珍しい治療魔法が使えるなんて思いもよらなかったのだ。しかし、考えてみると、お風呂に一緒に入った時、いつの間にか立ち上がれるようになっていたし、その後、屋敷を歩いて移動し、食事も行えた。
キキはリコネに対して、感謝しないといけなかったのに、自分はまだできていないと振り返った。
「君、リコネに対して感謝しているのを伝えたいんだろうけど、その見返りも要求されることを考えた方がいいよ?」
「あ。」
クロンにそう言われると、キキは我に返ったように遠くを見るような顔をした。
クスクスとクロンが笑った後、クロンは話を戻し、続けた。
「治療が済んでも、君は意識を取り戻さなくてね。しばらく、ねむり続けていたよ。でも、何か君の中の大切なものが君をまたこの世界にとどめてくれたんだ。」
「…メイリス。」
―そうか、メイリス…あなたか。俺の娘を本当に大切にしてくれたんだな。…ありがとう。
「話を続けるよ?それでここからなんだけど。君は―」
その時、キキがクロンの話を遮るように小さく手を挙げた。
「あ、あの……なんで……君…なの?」
「え?」
「アタシは、クロン君に名前で呼んでほしい…です。」
突然の申し出にクロンの目が点となり、その後、少し顔が赤みがかった。
「ああ、……ごめんね。面と向かうと恥ずかしくて…。そっか…そう言われちゃうともう君って言うと失礼になっちゃうか。…わかったよ。…キキ。」
キキの顔が、今日一番赤くなり顔から蒸気が出そうになった。
クロンは恥ずかしながらもようやく自分の娘の名前を呼べたことに嬉しくなっていた。
クロンは咳ばらいをし、話を続けた。
「キキ。」
「はい!」
嬉しそうにキキが返事をする。
「ボクの屋敷で住まないか?キキをボクの家族として迎え入れたいんだ。」
「えっ!?」
「嫌かな?」
ぶんぶんと首を振り、少し俯いて目に涙を浮かべていた。
「アタシがこんな贅沢していいのかな?孤児院のみんなは今もどこかで大変な思いをしているのかもしれない。アタシは……ぐすっ…。」
「……カイジャン、キキの孤児院にいた子供たちを探せ。」
「はい、直ちに。」
「さ、探して…くれるの?」
「ああ、そんな顔されたら、助けないわけにいかないだろ?大丈夫、きっと見つけてあげる。」
キキはクロンの言葉に、目からあふれ出た涙を拭い、笑顔を見せた。
治療魔法は希少です。ちなみに、『忘却』や『消失』も使える人はそういません。
キキが使用した男を潰した魔法は、『圧力〔プレス〕』の出来損ないです。
以降もぽつぽつ魔法が出てきますので、お楽しみに!(๑•̀ㅂ•́)و✧