生きるために
―――うぅ……。
「あ!気が付いた!?」
目を開けると、キキの顔を覗き込むように顔を近づける少年がいた。
「…アタシ。……?」
キキは、動揺しながら起き上がらず少し眩しそうにしながら目をきょろきょろさせている。
ここはどこだろう?この人は?――アタシは生きてる?
そんな表情をしている。
「ああ、ボクはクロン。クロン=クロスフィードだよ。よろしくね!」
「……。」
キキは返事ができなかったが、羽毛のかけ布団を顏が半分くらい埋まるように持ち上げ、少し怯えたようにゆっくりと話し出した。
「…あ、…アタシ…は……生きてる?」
「そうだね!」
クロンはニコニコと気持ちよく返事を返す。
キキは、圧倒されながらも言葉を続けた。
「…っ……あの、…あなたは?」
「ボクはクロン。クロン=クロスフィードだよ。よろしくね!ってさっきも言ったね!ははははっ。」
クロンが笑うと、少し戸惑いの顔を見せながら、顔を隠している布団を首元まで下ろし、キキは天井を見た。
気付けば、広い部屋に大きなベッド、天井にはシャンデリア、敷物、テーブル、ソファ、置時計など、ここの部屋にあるものはキラキラしていた。
「…ぇ、…ねぇ。」
気付くとクロンが声をかけてきていた。相変わらず顔が近い。また、布団を顏にかぶせる様にした。
それをみて、クロンはついつい熱くなっていた自分に気付き、自分を落ち着かせた。
ベッドの横にあった椅子に足を組んで座った。
――二人の間に沈黙が流れる。
カチッ…、カチッ…、と時計の音が大きく聞こえる。
急に話さなくなったクロンが気になり、キキは布団から顏を出しクロンの顔を見た。
「ぅん?」
「ぁ、ぁの…あたし、どうなって…。」
「ああ!どうして自分はここにいるのかってことかな?えっと―。」
クロンは説明しようと思ったが、キキを見てハッ!っと気付いたような顔をした。
「とりあえず、お風呂入ってきなよ。ちょっと待ってね!カイジャン。」
「クロン様お呼びでしょうか。」
「この人はこの屋敷で執事をしているカイジャンだよ!じゃあ、カイジャンこの子を浴場へ。」
「畏まりました。えー…。」
「ん?…どうしたカイジャン。」
どこにいたのか、急に出てきたカイジャンを見てキキは目を丸くしキョトンとしている。
クロンはカイジャンがキキを見ながら止まっているのを見て、クロンはまた、ハッ!と気づいた顔をした。
「そうだったそうだった。キミ、名前は!?」
キキの名前を聞くのを忘れていた事に気付いたのだ。
それに気付いたキキは、自分も名前を言うのを忘れてしまっていたことに気付き、可笑しくなって笑顔がこぼれ、少し心があたたかくなるのを久しぶりに感じた。
「アタシは…キキ。」
「ボクは、クロンだ。」
クロンはこぼれた笑顔を見て、少し安心するのだった。
「キキ様、こちらへ。」
「立てるかい?」
「…まだ無理かも。」
「んー…仕方ない、ボクが君を運ぶよ。」
「えっ?」
そう言うと、クロンはベッドに上がり、キキを軽々と持ち上げた。
歳もあまり変わらないのに、あまりに軽そうに抱きかかえられた驚きと、久しぶりの人の温もりが触れた動揺と、またクロンの顔が近くなったのもありキキは、顔が赤くなり今にも茹で上がりそうになった。
「あ、あああ、あの、あのぁあの!重いから!」
「え?んー…軽いよ?かなり。」
突然のことにキキはクロンと目を合わせ、その顔をまじまじと見た。
髪は金髪に毛先がやや白く、目は夜空のように果てが見えない深い藍色で、整った優しい顔立ちをしていた。
ボンッとキキから音がしたような気がしたと思うと、そのまま固まってしまった。
「あ…。君?ねぇ、君。」
「クロン様?」
「カイジャン、すまないメイドのリコネを浴場に呼んでおいてくれ。」
「はい、直ちに。」
スッと消えたカイジャンを見送り、クロンは浴場へキキを抱きかかえたまま移動した。
―――うぅ……。ッ!
気が付いたと同時にバシャっと音がする。キキの身体を温かいお湯が包み込んでいた。
「これが…お風呂…。…あったかい。」
「お風呂ですからね。」
「え!?」
キキは自分の身体が、お風呂に浸かっている以前に見知らぬ女性にもたれかかっていることに気付く。
後ろを向くと、銀色の長い髪で、目も銀色、目の下泣きぼくろのある女性がいた。
あまりに驚いたキキが暴れるのだか、びくともしないし、暴れる度にボインボインとやわらかいものに触れる。
しかし、今の体力のないキキはすぐに力尽きてしまった。
「…落ち着きましたか?私はこの屋敷のメイドのリコネと申します。クロン様よりキキ様の入浴のお世話を仰せつかりましたので、キキ様が溺れないように湯船で堪能しておりました。」
「え?」
「いえ、何でも御座いません。」
「…(今、この人堪能とか言わなかった?)。」
キキはじっと、リコネに視線を集中させ警戒するが、その存在感のある豊かな胸を見てしまう。
「…大きい。」
ボソッと、キキが言うと、
「自慢ですから!」
っと、ザバッと立ち上がり高い視線からドヤ顔でキキに言い放った。
キキも、立ち上がり自分の膨らみかけの胸を見て、少し腹が立った。すると、グゥーっとお腹が鳴り、急にお腹が空いてきた。
「ふふ、それでは出ましょうか。そういえば、身体は隅々まで私が洗い上げましたのでご心配なく!…ふふっ♪」
「…。」
そういえば、いつの間にか立ち上がれるようになっていることに気付いたキキであったが、そんなことよりやっぱりこの人は変な人だなとキキは思うのであった。
――お風呂から上がった後、リコネに広間の方へ案内された。
そこには、大きなテーブルの上に、今まで見たことのない料理が並んでいた。
「…きれい。」
「さぁ、どうぞ。」
と、部屋の奥からクロンの声がした。彼は一つある椅子の横でこちらへというように手を椅子に向けた。
キキは恐る恐る椅子に座った。
「ごめんね。時間も時間でね、ありあわせで悪いけどこれで我慢してね。」
ブンブンと首を振り、キキは料理に手を出そうとしたが、スッと手を膝の上に置いて俯いた。
それを見てクロンは、椅子に座ったキキを見上げるように片膝をついて言った。
「大丈夫だよ。…ゆっくり食べて。話はそれからだ。……ねぇ、…君が今ここにいること。それは君が生きたいと願ったからだ。そしてボクは君を守りたいと思っている。だから、生きてくれないか。」
―生きる。そう、メイリスが最後に伝えてくれたこと、アタシに生きていてほしいと。だからアタシは苦しくても辛くても頑張れた。死にたいと思っても死を選択することはなかった。…メイリス。
キキの目から涙があふれ出し、膝に置いた手の甲にぴちゃぴちゃと落ちていく。
ゆっくりと食べ物に手を伸ばし、ゆっくりと口へ運んだ。小さなひと口、口に入れた食べ物から今まで感じたことのない味に、さらに涙があふれ出す。キキはそのままゆっくりと、食事を続けた。
「ッ!……ゲホッゲホ。」
久しぶりのまともな食事に身体が驚いているのか、キキは吃逆で食べていたものが気管に入り、むせ込んでいる。
「…慌てなくていいから、ね。ゆっくり…。」
そう言って、クロンはキキの背中を優しく擦った。
キキは、咳が落ち着くと再び食事を続けた。…生きるために。
―――いくらか食べた後、キキはテーブルに、もたれかかる様に食べ物を持ったまま寝てしまった。
不安でいっぱいだった中で、見知らぬ人間と関わり、ずっと我慢してきたのだ。気が休まることはなかっただろう。
「おやすみ、…キキ。」
クロンはキキを一室のベッドに寝かせると部屋を出た。
「クロン様。」
部屋を出た廊下にカイジャンがいた。
「伝えなくてもよろしいのですか?クロン様はキキ様の父親であると。」
「…いいんだ、カイジャン。確かにそうだが、少し違う。」
「と申しますと?」
「キキは、フィン=ファイネンの子だ。生まれ変わった俺、クロンの子ではない。血も繋がっていない。…キキから見ても歳も一つ下の子供だ。今言ったところで、今のキキでは、受け止められずに混乱してしまうだけだ。」
「……。」
「だから、このままでいい。側にいられるだけで今の俺には十分だ。手の届く場所にあの子がいる。守ってあげられる…。それだけで……。」
「左様で御座いますか。」
「でも、ははっ…参ったよ……アリスにそっくりになって、将来男共がほっとかないだろうな。…はぁ………ってことで、護衛頼んだよ?何かあれば報告お願いね~。」
と、一つため息をつくと、クロンはまた子供っぽい口調でカイジャンに命じた。
「畏まりました。」
会話中一度も振り向かず、廊下を歩いて行くクロンにカイジャンは、その背中に寂しさを感じ取るのであった。
―――翌日、キキは見慣れない部屋で驚き起きた。
次第に、昨日の出来事を思い出し、自ら生きることを決めた覚悟を再確認した。
「キキ様。」
「ひはわっ!?」
「リコネです。おはようござ―。」
「おはよう!起きてるかな!?」
リコネの挨拶を遮るように、クロンが部屋に入ってきた。
「お、おはよう。」
小さくではあったが、キキは挨拶できた。
「クロン様!キキ様を私が着替えさせますので!少し、いえ!一時間ほど、このお部屋に近づかないでください!フフフッ♪」
「おい、駄メイド!…今なんて?」
リコネの言葉に、クロンが激情を表す。
「ひっ!ぃい、いい、いえ!にゃ、な、なんでもご、ございません!」
蛇に睨まれた蛙、という状況だろうか、キキはそのやり取りをみて、クロンを怒らせると恐いんだなと感じた。
「わかったらさっさと着替えさせろ。もぐぞ!」
「そんな…ご褒美…いえ、酷いですぅ~♪」
キキは気付いた、これが世に言う『変態さん』なんだなと…。
リコネは、クロンの言葉攻めを堪能した後、キキのもとにやってきた。
「ふぅ~…、それではキキ様、失礼します。」
「あ、あ、あの!!…。」
「どうされましたか?」
「えっと…く、クロン…君は、…外出ててほしい…です。」
クロンは一瞬固まった。そして、がっくりと肩を落としすごすごと、部屋を出て行った。
「そうだよなぁ。娘とは言え父親でも裸見られたくないよなぁ。これが、娘に嫌われる父親の気持ちなのか。ははっ…なかなかの破壊力ではないか。…はぁ~。」
と、あまりの衝撃的な一言にクロンはキキが自分を父親だと認識していない事を忘れた考えをしていた。
クロンは少し考えればわかるはずだったが、この時のクロンにはキキの気持ちに全くたどり着けないのであった。
「……(同じ年頃の男の子に裸見られるなんて、恥ずかし過ぎて死んじゃいそう!)。」
「それでは、キキ様改めて失礼致します。」
「えっと……へ、変なことしたら、く、クロン君に言いつけます!」
「それはご褒美が…。」
「ひっ!」
「いえ、冗談で御座いますよ。」
リコネを警戒しながらキキの着替えが始まった。
――キキの着替えが始まった頃だった。
「クロン様。」
「どうした、カイジャン。」
「賊で御座います。」
「…誰だ。」
「おそらく、キキ様の身寄りとなっていた男の妻かと。いかがいたしましょう。」
「……わかった、出よう。門の前で待たせておけ。」
「はっ。畏まりました。」
カイジャンが消えると、クロンはため息をし屋敷の門へ向かった。
書き上げた後に見直しかけると誤字脱字の襲撃にあいます。
敵は大隊規模だ!ちくしょ~( ;∀;)