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思い通りの人生

作者: りさこりさこ

私ほど、時間を無駄にしている人間はいない。

今私は、聞きたくもない話をかれこれ40分も聞いている。相手は同じマンションのママ友だ。

保育園のお迎えバスに子供を乗せて、『行ってらっしゃい』と送り出してから、40分。大通りに面した歩道で、このママ友にロックオンされている。

話す内容といえば、天気や昨日のテレビのこと。愚痴じゃないだけマシだったが、結局どうでもいい話には変わりない。

このママ友は、人の気持ちを察してくれない。自分は話すことが好きでも、相手(私)がそうじゃないということを、考えてもくれない。


『あー早く家に帰りたい』


心の声が呟く。

実際やることが山ほどある。台所には洗い物がたまってるし、洗濯機もそろそろ止まる。放置すると、洗濯物にしわがついてしまう・・・。


『もうすぐ45分になる。あー長いなぁ。まじでだるい・・・』


また心の声が呟く。思い通りにいかないことにイラつきながら、でもママ友にバレないようにため息をつく。と、ふと、こんな考えが浮かんだ。


【この歩道にトラックでも突っ込まないかなぁ。そしたら話が終わるのに】


ごく自然に、この【ふと】は、私の思考に流れて込んできた。

と、次の瞬間!

大通りを走っていた宅配便のトラックが、急に方向を変え暴走し、歩道に乗り上げ、塀にぶつかった。私たちが立っていた場所から5メートルほどの近さだった。


『え・・・』


目の前で起こったことが信じられなかった。ママ友もびっくりしてフリーズしている。人が集まってきて、ようやく私たちもトラックの方へ向かった。

トラックの周りに人は倒れておらず、たまたま通行人がいなかったようだった。運転手が外に出てきて、ぶつかった塀とか車体を見ながら、どこかに電話をしていた。おそらく会社にかけているのだろう。運転手にもケガはないようだ。塀も少し崩れたくらいで、被害は最小限だったが、野次馬はどんどんと増えてきた。

私はこのどさくさに紛れて、「私はそろそろ・・・」とママ友に言い、家に帰ることに成功した。


家に戻ってホッとできたのは一瞬で、不安な思いが湧き上がってきた。あの事故が起こる直前、私は『歩道にトラックが突っ込まないかな』と思った。ママ友との話を切り上げるための口実として・・・。もちろん、まさか本当に起こってほしいと思ったわけじゃないし、逆に起こるわけがないから、『起こってほしい』と願ってしまう身勝手な思考は、誰でも一度くらいは経験あると思うし・・・だけどそれが、本当に起こってしまった・・・目の前でトラックが歩道に突っ込むところを見た。思った通りの出来事が、起こってしまった・・・。こんな偶然があるだろうか。

漠然とした不安の中に漂っていた私の耳に、洗濯機のピーピーという音が飛び込んできた。早く洗濯物を干せ、と叫んでいる。私は、我に返り、慌てて洗濯かごを持って走った。


その日の昼、スーパーに買い物に行った。店内で商品を選んでいる時、私の近くに、商品を補充していた30代くらいの男性店員がいた。黙々と作業していた。そこに一人のおばあさんがやってきて、その男性店員に声をかけた。店員は手を止めずに「はい」とだけ返事をした。おばあさんは、種類の違う紅茶の箱を見せて、「どっちがおいしいかしら?」と質問した。私は、『そんなこと聞くんだ。かわいいおばあちゃんだな』と微笑ましく見ていると、その男性店員は、商品を並べる手を止めることもなく、「好みの問題ですから」と冷たく言った。おばあさんの方を一回も見なかった。その冷たい態度を見た瞬間、私は、


【あの店員最悪! 変な客に捕まって困ればいいのに】


と、思った。それはもう無意識の領域だった。私は、そう思ったことすら忘れて、買い物を終え、店を出ようとしたその時、店内に響き渡るような怒鳴り声が聞こえてきた。気になって声の方向へ向かうと、さっきの男性店員が派手な格好の中年女性にブチ切れされていた。何をやらかしたかはわからなかったが、店員は小さくなって謝り続けていた。


【変な客に捕まって困ればいいのに】


私は、自分がさっき思ったことを、思い出し、スーパーから急いで立ち去った。


『いやいやいやいや・・・偶然だよ偶然。あんなの、よくあることだよ。よくあるよくある。たまたまタイミングがあっただけ・・・』


そう頭の中で必死に繰り返した。


『まあ、私のせいでは絶対にないけれど、でも、できるだけ、何も考えないでおこう。うんそうしよう。何も考えない何も考えない。特に悪いことは考えない』


と自分に言い聞かせた。

・・・頑張ってはみたものの、【ふと】浮かんでしまう考えを止めるなんてことは、不可能以外の何ものでもなかった。


スマホ見ながらちんたら歩いていた女子高生に、【転べばいいのに】

車から煙草の吸殻を捨てたのを見て、【エンストすればいいのに】

信号待ちの時、芸能人の中傷コメントをツイートしていた女を見て、【スマホ割れたらいいのに】


私が思った【ふと】は、すべて目の前で起こった。

女子高生は、何にもない所で派手に転び、ポイ捨てした車は道路の真ん中で急に動かなくなり、ツイートしていた女はスマホをアスファルトの地面に落とし、バキバキに割れたアイフォンの画面を泣きそうな顔で見ていた。

その光景を見て、もうさすがに認めざるをえなかった。

私は【ふと】を『現実化』してしまう力を、持ってしまったと・・・。


私は茫然としながらもなんとか家に戻り、玄関に入ると、ドアに寄りかかって、立ち尽くした。


『やばいぞ。これはやばい・・・思ったことが現実化してしまう。でも、考えることをやめるなんてできない。【ふと】は意識して止められない。だからきっとまた、誰かを傷つけてしまう・・・。どうしようどうすればいい?』


でもどうして急にこんな能力を持ってしまったんだろう? そう疑問に思った瞬間、私の頭に、歩道に乗り上げ、壁に追突するトラック残像が浮かんだ。きっかけは、あの事故なのか? ママ友の長話が嫌で嫌でしょうがなかった・・・それで、トラックが事故でも起こしてくれれば、私が何も言わなくてもこの長話から解放される、と考え、そして現実に起こった・・・。

これは、「NO」と言えない私の弱気が、お腹の中でマグマみたいにたまって、目に見えない何かを動かしてるのか?

・・・何を言ってるんだろう、私。まったくまともじゃない。頭がおかしくなってしまったのか。それでもなんでも、どうにかしなければ・・・。同じようなことが続けば、私は一生家から出れないし、一生誰とも一緒にいられない・・・。

不安の渦に飲み込まれていくうちに、思考はまたどんどん独り歩きを始めた。


【そもそも、なんで私がこんな目に・・・】


また考えてしまう。私が考えるのは、ネガティブなことばかりだ。最低。最低だな私。


【なんで、あんな話を聞かなくちゃいけないんだ・・・なんだママ友って?】 


またそのことを思い出すの? ダメダメダメ。あのママ友のことを考えてはいけない!


【そもそも、なんで立ち話するの? 子供を送り出して、「はいまた明日」でいいじゃない!】


だから、もうやめて。考えないで!


【なんで私は『帰ります』って言えないんだろう。あ、そうか。そんな失礼なこと言って、ママ友を嫌な気持ちにさせるのが怖いんだ。ママ友に嫌われたら、ママ友の子供が、うちの子供をいじめるんじゃないかって恐れてるんだ】


ねえ、本当にストップして! もう本当にヤバいって!


【なんて気が小さいんだろ。こんな私がなんで母親になっちゃったんだろ? なんで子供なんか産んじゃったんだろ?】


あ・・・ダメ!


【子供なんか、産まなければよかった】


・・・・・・・・・・


思ってしまった。一番思ってはいけないことを、思ってしまった・・・。

言葉を失い、茫然としていた私の耳に、スマホの着信音が届いた。出ると、声は保育園の保育士さんだった。


「ミクちゃんのお母さんですか? ミクちゃんが転んで頭を強く打ってしまって・・・」


私のせいだ・・・私のせいで・・・。



私が病院に着いた時、ミクは、集中治療室に入っていた。

ガラス越しにミクを見ながら、私は何も考えることができなくなった。自分を責めることさえもできず、ただ茫然と立っていることしかできなかった。この最悪の出来事によって、私はようやく、何も考えないことに成功したのだった。




お医者さんたちの素晴らしい治療のおかげで、ミクは一命を取り止め、奇蹟的に後遺症も残らなかった。意識を取り戻した時、ミクは小さく微笑んでいた。本当に奇跡だなと、私は心の底から思った。

私は考えることを再開していた。前と同様、いろいろな【ふと】が思い浮かんだ。いいことも悪いことも。だけど不思議なことに、私の【ふと】はもう現実化しなくなっていた。

どうしてだろう? なんであの、現実化する悪夢から抜け出せたんだろう? と、必死になって考えてみたけど・・・わからなかった。答えはおそらく迷宮入りだろう。でも、これだけは言える。


思い通りじゃない人生が、とてつもなく幸せだということを。


「やっとわかりました。ありがとう」


私は、空に向かってお礼を言った。




今日からまた、ミクのバス通学が再開する。ということはあのママ友とも再会する。

私は、覚悟を決めていた。ママ友に「帰ります」と言う勇気がないなら、長話を聞こうと。弱気な自分を受け入れる方が、歩道にトラック突っ込ませるよりよっぽどいい。


元気になったミクを連れ、バスの乗り場へ行くと、長話のママ友がそこにいた。私は、よし、と気合を入れてから、笑顔を作って近づき、


「おはようございます」


と挨拶をした。でも、ママ友は何も言わなかった。あれ? と思って顔を見ると、ママ友は私たちの元気な姿を見て、目に涙をいっぱいに浮かべていた。


「よかったね。本当に、よかったね」


ママ友はそう言うのが精いっぱいだったようで、その後、涙をぽろぽろ流して泣き出してしまった。


『あーこの人、本当にいい人だったんだな』


と、心の底から思った。私はおもわず、彼女をハグして、一緒に泣いた。

子供たちがきょとんとした顔で私たちを見上げていた。


おわり


最後までお読みいただき、ありがとうございました。


『思考は現実化する』という有名な本にある通り、人はその人が頭の中で思っていることを現実化して生きていると思います。でも、その思考は、無意識下にあるのではないしょうか。

頭の先っぽで、『私はツイている』と思っていても、心の奥底で『私はそんな幸運受け取っちゃいけない』と思っていれば、奥底の、無意識の方が現実化してしまう。無意識は意識の2万倍のパワーがあるとも言われていますから、あながち外れていないのでは。


この主人公の場合は、頭の先っぽで思ってしまったネガティブな思考が現実化してしまったことで、心の奥底の『最低な私』という思いに気づき、そして、『思い通りにならないことを受け入れても大丈夫な私』に書き換えた。だから、あんなに嫌いだったママ友のいい面を見れる私になれたんだと思います。


あなたも、心の奥底への探検をしてみてはいかがでしょうか? きっと新しい何かが始まると思います!


毎月4日18日に、短編小説を投稿していきますので、よかったら、また読んでいただけると嬉しいです。過去作も、いろいろなジャンルで投稿していますので、お好みジャンルがありましたら、ぜひ!


ありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いします。


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