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ep.13 とある孤島のサニフェルミア講座

一週間が過ぎるのはあっという間ですね。

 みぞおちが痛む。ストレスで腹が痛いとか傷んだ食材を口にした、などではない。もっと直接的な外部要因がある。


「ステラに一発もらった? そりゃ災難だったなあ。言ったろう? 脳筋なんだって。軍人になったら武功立てまくって勲等年金で悠々暮らしていけそうだよな。……で、何を言ったんだい?」


「ああ……まあ、ちょっと」


 イレネストが瓶底眼鏡をくいくい動かした。弾劾未遂(あんなこと)があったので気が引けたのだが、つい学校まで来てしまった。友好的態度を持つ人間のいる学校というのが気を惹いたからである。みぞおちも痛むことだし気を紛らさせたかったからでもある。


 昨晩の、深夜の出来事。それをステラに直接聞いてみたのである。馬鹿なことをしたと思う。


「ライラって友達なの?」


 とか聞いちゃったのは。


 ステラは無言だった。は? という顔を一瞬、見せた気がする。そこからはもう目で追うことができなかった。寝起きだったし。気が付いたら寝起きのみぞおちにステラの踵が叩き込まれていた。鉄板でも仕込んでんのかと疑う鋭さと重さを伴う素晴らしい足技であった。しばらく息ができなかった。悶絶するセージの横を「おっ、さすがは俺の妹だな!」と上機嫌そうなウドルが過ぎていった。これがこの世界の人間のスタンダードなのだろうか。だったらもはや人間でなくていい。無力で貧弱な「ニッポンジン」という新しい種族ということにしてくれないか。やっていけない。幼女はゴリラだし筋肉はレンガ溶かすし一つ屋根の下の女の子は容赦のない蹴りを入れてくる。こんな有様で一体何が救えるというのだろう。何が「その願いに応えたいッ……!」だ。失笑。

 すっかり意気消沈したセージの肩をイレネストが二、三度叩いた。ウドルさんと違ってステラは暴れ牛みたいなものだからね。ははは。そう笑ったイレネストの顔面が机にめり込んだ。手刀を構えたステラが後ろで☆を持って仁王像の形相である。何とも度し難かった。


 講義を聞いているうちに、幾つかわかったことがある。

 例えば、ケビルの言った「代償のない奇跡は起こりえない」、ということ。魔術には代償が伴う。とりわけ、禁忌とされる三種の操作についてはそれぞれ対応する代償(ペナルティ)が発生する。


 時間操作――寿命欠損の代償。

 空間操作――身体欠損の代償。

 生命操作――精神欠損の代償。


 禁忌であっても代償を払えば行使できるこれらの魔術であるが、わずか数秒の時間操作のために数十年分老化したりだとか、空間転移の度に臓器を失うことが許容できる人間はそういないだろう。さらには生命操作に生命簒奪およびそれに及ぶ行為――つまり殺傷が含まれているのが難しいところで、人間は長い間魔術を軍事技術とすることができなかった。魔術についての研究が発展途上だった頃は、先刻まで敵を攻撃していた仲間が突如発狂して味方を全滅に追い込んだりだとか、なかなか混乱の種になっていたらしい。現在では騙し騙し(・・・・)軍事運用しているとのことで、たとえば浜辺に打ち上げられた不審者二人を熱力学法則を無視した攻撃で始末してみたりなどは可能らしかった。

 となれば、魔術の運用は主に産業分野で行われた。錬金術が科学へ発展したように、この世界での不可思議な現象は魔術として体系化され、分類され、危険なそれは規制され、人々の生活を支えるようになった。


 ……とまあ、この辺りで。

 もとより学問は不得手なセージである。難しい話が続くと睡魔に襲われる。睡魔。睡魔か。もしかしたら、この世界にはそんな名前の魔物――異種族(アリウス)もいるかもしれない。


 「神へ挑む塔(バベルタワー)の神話」によると。

 この世界は数千年の昔に分かたれた。元の世界の旧約聖書がそうであったように、天へ届かんとする塔は神に人間の傲慢として見做され。人間は一つの種族ではなくなり異形の姿を与えられ、互いに滅ぼし合った。もとより人間の住める環境は減少傾向であり、灰色の大地が続くばかりだった。いまでも「サニフェルミア」と呼ばれる世界の外側は、一面灰色に染まっているとか――


「核戦争でもあったのかな」


「かくせんそう?」


 栗色の巻き毛のマーリシュがほんわかと繰り返した。


「なあに、それ?」


 きらきらのつぶらな瞳が興味津々にセージをのぞき込んでいた。その後ろでイレネストが妙にそわそわしている。あの瓶底眼鏡、リシュのことが好きなんだよ。ステラがそんなことを言っていたっけ。


「なに、と言われると……核爆弾って知ってる?」


「かくばくだん」


 知らなそうだ。科学が発展してないのだから、当然と言えばそうか。


「すごく威力が強い爆弾があって、それを主力にする戦争のこと……かな」


「リコリスの結界魔術でも、防ぎきれない?」


「おれはリコリスの結界魔術というのを知らないから何とも答えられないけど……人が一瞬で炭になるくらいの爆発の後に、死の灰というものが降る」


「死の灰……」


 マーリシュがそう呟いて身を震わせたところで、「マーリシュを怖がらせるなよ!」とイレネストが飛んできた。どさくさに紛れてマーリシュの肩を抱いた手をすげなく払われてしょぼくれているところを見ると、ステラの言っていたことは本当らしかった。


「で? セージ、その『かくばくだん』とか『死の灰』ってのはなんだ? オピウムはまたろくでもない兵器を造ろうとしてるのか? セージみたいな一端のオピウム兵士(・・・・・・・・・)が知ることができるくらいには完成されてるのか?」


 そういえばそんな設定だったなあ。

 どこで聞いたのかも忘れた核兵器のあれこれを答えるのは物騒ながらも、この島には穏やかな時間が流れ続けている。これが悪夢の一週間、だなんて。ステラはどうかしている。悪夢って言うのは――よそう、こんな平穏な時間の中で、わざわざ思い出すことなんてない。


 異界の地での生活は穏やかなものだった。ここは平和で悪意の生まれる余地すらない。これが「楽しい」なんだろう。セージが回避ばかりで打ち込んでこないと見るや、ウドルは剣技の身のこなしを教えてくれたし、同世代と他愛のない話をするのも楽しかった。「人に向けるのはダメだけどモノに向けるならオッケーなんだぜ」「どうせここには取り締まる役人もいないんだ」、と双子のケビルとスパージェがしばしば魔法でいたずらを仕掛けるのを何度も見た。人のものをすっ飛ばしてみたり、床を一部滑りやすくしてみたり、まあなんともくだらない。それらは概ね笑って許された。ステラに見つかると制裁を食らった。

 このまま穏やかな日々が続けばいい。そう望むようになるまで時間はかからなかった。ステラに「順調?」と問われれば曖昧な返事をした。先のことを考えたくなかった。この島は悪夢の一週間を繰り返すの。一週間を。一週間だけ。どうして。このままでいいのに。悪夢だなんて、どうにか先に延ばせないものか?


 セージがステラから「計画」を聞いた日から一週間後、ダレッドは耄碌爺のなりを潜め、重々しく口を開いた。


「――この島の森に潜む、吸血鬼真祖(ハルフィリア)を討たねばならぬ」

本章、後半戦へ突入します。

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