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【旧作】これから世界を救う話をしよう!  作者: 朱坂ノクチルカ
Ⅱ.碧い竜の都<改稿予定>
28/43

ep.24 燃ゆる奈落のアドベンチャー

お久しぶりの登場です。

 見たこともない異種族(アリウス)が街を闊歩していた。総じて言葉は通じないようだった。きっとあれが、伝承でしか聞いたことのない南の海に棲まう海の異種族(アリウス)なのだと思った。名門学校に通うぼっちゃんから失敬した資料集の絵に、どことなく似ているような気がしたのだ。やつらはなべて全身に憎悪を纏っていて、そのためだけに生まれてきたかのごとく人間を襲った。街はあっというまにパニックになったようだ。せっかく新聞売りの仕事が休みなのに、朝っぱらから何の騒ぎかと思えば石畳が血だらけだ。二階の窓から首を出せば、その首を食いちぎらんと(あぎと)が空から降ってきた。唯一知る軍事魔術(ミリタリースペル)雷条(ライトニング)で迎撃すれば、階下から父の声が飛んできた。


「ハイメ! 絶対外に出るんじゃねえ! 窓も開けんじゃねえぞ!」


 その言葉を最後に、たった一人の家族の行方は知れない。おぞましい啼声と悲鳴が窓ガラスを揺らすのを見つめてからしばらくの時間が経っていた。


「なんで、だろうなあ」


 怖くて、恐ろしくて、意味がわからなくて、足場をなくして暗い谷底に落ちていくみたいだ。


「あいつ、助けてくれるって、言ったのになあ……」


 ぎゅっと膝を抱える。恐怖を痛みで打ち消そうと、手の甲に強く爪を立てた。


「なんで、あんなわけわかんねえやつ、信じちゃったのかなあ……」


 後悔よりも奇妙に思う。誰でもいい、狂いだした大事な街を止めてほしかった。縋りたくて仕方がなかった。だからって、あいつはオピウムの軍人で、異種族(アリウス)もどきの奴隷連れで、胡散臭いことこの上ない。どうして信じたのだろう。不思議な目をしていた。断絶された戦場の絶望でも、祖国への忠誠でも、現実逃避の末の狂気でもない。平和に耽溺したホラ吹きのそれでもなく、夢想家の浮かれた熱情でもなく、いわば、戦乱から遠のいたこの時代に出会い難い瞳だった。

 信じたのは、物珍しさによるものか。


「そんなんじゃ、ないと、思うけど……」


 そっと窓の外を覗けば、向かいの家の窓ガラスが割られて異種族(アリウス)の襲撃を受けるところだった。立てこもったって意味はなさそうだ。どこの家も似たような有様で、方々で火の手が上がり始めていた。地獄の業火のようだった。新たな火種もないのに猛然と広がり、碧い都の街並みを呑んでゆく。その勢いは人も異種族(アリウス)もお構いなしだ。空を飛んでいようが、建物から離れて走り逃げようが、勢いづく燈火は等しく命を燃やしていく。誰かが意図してそうしているようだった。ここに在るすべてを灰に還そうとしていた。


「……父さん」


 ごめん、と小さく呟いて駆け出した。


 どうせ死ぬなら知ってから死んだ方がいい。


 階段を駆け下り、(かんぬき)を取っ払って家から飛び出した。乾燥した空気が肌を焼く。人間も異種族も一緒くたになって焼け落ちている。緩やかに命を削り取るように、炎はまだ生きている生命の形骸を丹念に炙っていた。

 燃える街並みをがむしゃらに走った。やがて方角によって炎の強弱があることに気付き、勢いの強い方へと走った。空気が薄いのか、ただ走る以上に息が苦しかった。

 行き着いたのは、ハイメには縁遠い名門学校、トリリス・モーリー学院だった。台風の目のようにそこだけは静かで、格調高い学舎は落ち着き払って整然としている。門をよじ登って敷地内に立ち入り、一番目立つ建物を目指した。宝石箱のように美しい聖堂。扉を押し開けた。


そこが当たり(・・・)だった。


 恐怖の刻まれた顔がたったひとつ、こちらを向いた。おそらく彼は助けを求めたのだろう。予期せぬ来訪者に己の命運を賭けたかったのだろう。叶わなかった。彼女に抱かれた小さな体躯は、唇から血を垂れ流したまま燃え上がった。

 断末魔すら許されなかった彼は、いつぞや資料集を失敬した、新聞配達先の一人息子だった。


「誰かと思えば」


 瞬く間に灰となった少年を払い、黒に染む彼女はいっとう高い祭壇から降り立った。重力を無視した緩やかな落下。夜を紡いだ長い髪と、深淵を織ったドレスが翼のように広がり舞う。


「やはり貴様か。私の知る限り、最も高い可能性」


 その女は灰にまみれた聖堂を真っ直ぐハイメに向かってきた。柔らかな絨毯は踵の音を立てることもない。わずかな衣擦れの音だけが静寂にこだました。

 炎の橙を灯した瞳。漆黒の艶姿。口元を汚す緋色を黒手袋の指先で拭い、その(あけ)は火花となって灰と散る。


 綺麗だと思った。


 身に過ぎた恐怖は感知できない。だから、ハイメは真っ先にこの人を知っている、会ったことが、言葉を交わしたことがあると、親近感を感じたのだ。こんな異質な存在を知るはずがないのに、どこかなじみのある気配に思えた。


「ライラ?」


 なぜその名前を口にしたのだろう。


「――どのライラだ。ハイメ」


 彼女は片目を眇めて問い返した。


「どの――って。おれの知ってるライラは一人しかいねェ……け、ど……?」


 けれど、こんな姿はしていなかったはずだ。


「……フン。炎獄の夜を知らぬ世代か。本当に、平和になったものだな」

「えっ――炎獄の夜なら知ってる! 旧世吸血鬼クラシカル・ヴァンパイアだろ? すっげえ強かったっていう」

「それが私だ。見ればわかるだろう」

「は? わかんねェー……けど? だって、ライラなんだろ? おれのこと知ってるし。なんでそんなカッコしてんだよ」


 あからさまに機嫌を損ねたらしい彼女は舌打ちひとつ、大きく息をついた。


「図太い童め。興冷めだよ。貴様も血を吸い殺してやろうと思っていたのに」

「吸い――って、あっ、おまえ、まさか吸血鬼(ヴァンパイア)

「さっきから言っている」

「えっ、いつから?」

「……もういい」


 ハイメは首を傾げて彼女を見上げた。ライラ、らしい。にしては様子が違いすぎるが、そういうことにしておこう。

 ライラは信徒席の背に寄りかかってハイメに視線をやった。打って変わって嫣然とした表情は、いくばくか寂しそうだった。


「貴様は愛していたし、愛されていたのだな」


 ハイメはくみ取れない意図に首を傾げた。


「それが貴様が今、ここに現れた理由に(たが)わん。うらやましいと思うよ――なに、戯言だと思って聞いてくれ。人間が私に取り合うことなど滅多にないから」

「そうか? レオもエティ姉ちゃんもおまえと仲良くしてたと思うぜ」

「……そうかもしれないな」


 長い睫毛が瞳に影を作る。

 火種もないのにぱちりぱちりと火花が弾けた。


「ライラ、これからどうすんの?」


 炎の色の瞳がゆっくりと瞬いた。


「だっておまえ吸血鬼(ヴァンパイア)じゃん、奴隷商に捕まったら、」

「貴様ら人間の作った改悪種(クローナル)と一緒にするな。言っただろう。私は炎獄だよ、ハイメ。人間もルシュトージの眷属も隔てなく生命を奪い殺し。唯一魔導障壁の作動した学院を侵略し。混乱から逃げ隠れていた前途ある若者を喰い尽くし灰に換えた高位神隷(ハイヒエラル)だ。このまま(さだめ)に従って人の世を滅ぼすほかにない」

「あいつは?」


 考えてなんかいない。調子はずれに笑うそいつを見ていたら口が勝手に動いた。ひとたび思案を巡らせようものなら、この状況を理解してしまおうものなら、きっと正気でいられない。だからハイメは口を閉ざさない。


「おまえのご主人は……あの軍人はどうなんだよ。あいつは言ってくれたんだぜ。この都を救うって。言って――世界を救うヒーローなん、だって……あいつは言ってたんだよ。本気で。本気だったんだよ。あいつが。きっとレオを助けてくれるんだ。――わかってんだよ! おれにはなんにもできないってこと。頼るしかないってこと――!」


 声変わりする前の高い声が灰だらけの聖堂に反響した。ぎゅっと目を瞑る。涙をこぼしたくはなかった。格好悪いのはもうたくさんだ。一方的に悪くなる状況を手をこまねいて看過して。唇を噛んで目を逸らして。泣いてしまうなんて、女々しい。

 ハイメが子供だからではない。

 (ラズワルド)がその道を選んだのだ。

 だから、仕方ないよな――ってさ。


 いやだな。


「どうしてダメなんだよ! 戦うこともできないで指くわえて見てろってか! クソ野郎、何が起きてんのかもわかんねえまま終わるのかよ、レオはそんなのに連れてかれちまうのかよ、なあ――」


 パン! と乾いた音がこだました。

 何が起きたのかわからなかった。

 痛みは後追いでじんわりと熱を帯びてゆく。


「――!?」


 頬に痛烈な一撃を見舞われ、ハイメは潤んだ目をぱちくりさせた。

 二、三度目を(しばた)いた。

 二重びっくりだったのだ。


「――ライラじゃん」


 視界を占有する薄桃色。


「……最初からそう言っているのです。頭悪すぎて心配になるのです」


 炎の(ひとや)を名乗った漆黒はもういない。入れ替わりに見知った小さな女の子。愛想も愛嬌もなく二三度舌打ちすると、ハイメを一瞥してことさら苛立った様子だ。


「まあーーーーーーったく私もほんッッとーーーーに甘くなったものですね? 童ひとり殺せないどころかあまつさえ情にほだされるとは! これもおまえの呪いですか? ルネシア!」

「ルネ……って、なんで今星屑の魔女の名前が」


 ハイメを無視してライラは横を過ぎていく。聖堂の外へ。災禍の街へ向かうようだった。今出ると危ないんじゃねェの。掛けようとした言葉をひっこめた。だって、さっきのライラがこのライラなのだとしたら。


「ハイメ」


 扉に手をかけたライラが振り向いた。あどけない顔立ちに似合わない凄艶な笑みに身がすくむ。


「このまつりごと(・・・・・)についての私のつとめ(・・・)はこれでおしまいにします」


 スイセイムシのジャンクを誑かすにはもう十分でしょうから。ライラはそう続けた。ハイメは知らない言葉に眉をひそめた。


「余った時間で余興を見せましょう。――なに、私の可愛い下僕による此度の最終幕なのです。あれが世界を救う英雄足りうるか、おまえも興味があるのでしょう」


 差し出された小さな手に、ハイメは引き寄せられるように足を踏み出した。しかれどもその足には躊躇が絡みついている。果たして彼女についていっていいのだろうか?


「大好きなエレオノールに会いたいでしょう?」


 ハイメは駆け出した。

 会いたくないわけがない。


「――すべては泡沫に失せる胡蝶の夢に帰すとしても、私は忘れはしないのです。そんな不公平を解消するためにも――……」


 そうして桜色の唇からこぼれた言葉はあまりにかすかで、ハイメの耳に届くことはなかった。

 聞こえるはずなんてなかった。

 ハイメだって、おっかなくって、今にも腰が抜けそうで、それをふんじばってこらえていたのだから。

ここまでご愛読ありがとうございます。

感謝してもしきれません。PC前から東西南北に土下座感謝しています。

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