表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【旧作】これから世界を救う話をしよう!  作者: 朱坂ノクチルカ
Ⅱ.碧い竜の都<改稿予定>
17/43

ep.13 夕刻、チュイレーンの森、その後

遅れましたが更新です。

ようやく、彼らの時間軸が冒頭に揃いました。

「セーーーージッ!! なに呑気に茶などしばいているのです!? お祭り騒ぎまであと三日! それまでにおまえを仕上げなくては」


 エティが立ち去ってしばらく、喫茶店に入ってきたピンクの幼女はつぶらな瞳を燦然と輝かせ、鼻息荒くセージに突進してきた。ちょうど席を立ったばかりのセージは、内心複雑な気持ちを抱えながら勢いにやられてひっくり返る。痛覚とはそう簡単に鈍化しないものらしくて、毎日ライラにボコボコにされていようと痛いものは痛い。腰をしたたかに打った。いてぇ。


「呑気に……じゃないだろ、ライラが勝手にいなくなって全然見つかんなくってこうなってんの。どこ行ってたんだよ」


「事前打ち合わせなのです。おまえには関係……ありありですがそんなことはさておき」


「会計を頼む」


「……は?」


 なにかとても大事なことを改まって言おうとしていたライラの、出鼻を挫かれた顔。直視できなかった。幼女のくせにキレ顔ド迫力なんだよなー、なんて、桃色の瞳を見ないように、床やら壁やらに視線を泳がせセージは立ち上がる。なんだか空気が冷たい。否、冷たいのは背筋だ。なんでこの吸血鬼、炎属性なのに冷気を発するんだろう。


「いやあ……さっきまでエティがいて……えーっと、その、あっこれ、サーベル? は、立て替えで出してもらったんだけどさ、ほら、さすがに飯代は」


 ライラはテーブルの上の伝票を取り上げ数字に目を走らせた。伝票のとなりにはエティの置いていった紙幣と硬貨。端数まできっちり、彼女の分のみが置かれていた。


「セージ……おまえ、一日分の宿賃と同額のランチを……ろくに稼ぎもしないくせに……」


「あっはっは、いやもうすごく腹が減ってて全然値段とか見てなかっ」


 顔面に一撃。

 わざわざ顔パンのために飛び上がったライラが優雅に着地するのに対し、セージは再び不格好に床に転がった。まばらな観客の視線がざくざく刺さった。

 なんていうか、ライラ、もう少しおれに優しくてもいいんじゃないかな。ちょっと心狭くない?


「セージ、おまえなにか失礼なことを考えていますね」


「ひゃ、(ひゃんが)えてな……」


 ライラはやれやれと首を横に振る。露骨なため息。いやいや、そもそもおまえが有り金全部持って行方を眩ませたのが悪いんじゃなかったっけか。


「……む、純エレシド鋼の軍刀ですか。人間にはもはや用なしの時代の遺物ですが、おまえにはちょうどよいのです。ほめてつかわすのです。――それでは、さっそく実戦といきましょう。時間がありません」


「実践? てか、時間って?」


「ええ」


 ええ、じゃなくて、何のだよ。

 訊くより早くライラは身を翻す。踵を鳴らして木床を歩く。なぜかたっぷり膨らんだ鞄が重そうに揺れる。

 ふと、テーブルの上に目を移す。ライラが戻したらしい伝票が鎮座していた。


「あの、ライラ……」


「なんです? 時間は待ってくれないのです」


「……そっか」


 セージは喫茶店の店長に平謝りし、明日の無償労働で決着をつけた。常連客らしいエティの名前を出したらなんとかいさめてもらえたので、帰ったら礼を言っておかなくてはいけない。


 ☆


 職業案内所でライラが「実践用」として適当に選んだ討伐依頼というものは、本来であれば複数人の討伐士なる専門職が必要な獣型異種族(ベスティ・アリウス)討伐依頼というものだったらしい。どうりで受付の女性の顔がひきつっていたわけだ。運動なんかろくすっぽやったことのないインドア高校生が一人と幼女では、無理がある依頼だったということだ。

 ライラが「ちょっと大きめのワニ」とお手軽感満載で口にした反り立つ真贋蜥蜴(ヘッドトゥフェイク)は、まあ、確かに異世界のちょっと大きめの爬虫類モンスターといった具合の風体だった。名の通り、贋物(フェイク)だったわけだが。爆発的に巨大化した真贋蜥蜴はとてもセージひとりの手に負えるものではなく、逃げ回るだけで手いっぱいだった。実践もなにも、序盤で軍刀は吹っ飛んだし、片腕は吹き飛ばされるし、しまいにはライラが一撃で爆散させてしまったし、何のために依頼を受けたのか。世界平和のため。仇為す害獣を討ち倒し、ちょっと平和になった、とか。いやいや、そういうことがしたいんじゃない。

 目指す世界は「共存」のはずだ。

 夜気迫るチュイレーンの森、巨木の合間を抜ける帰り道。大事な荷物を背に、ライラを肩車で、セージはすっかりセグウェイ代わりである。セージの頭上、ライラは小姑のごとく文句を垂れている。こっちだって文句を言いたい。なぜ頑なに肩車を要求するのだろう。かかとであばらを蹴るのをやめろ。


「……少しはましになったと思ったのですが。私との修練では少しずつ動けるようになっているのに……なぜでしょう。装備も足したのに……なぜでしょう。おまえにはやる気が感じられないのです。こんなていたらくでハルフィリアを名乗られるのは心外なのです」


「別にそれ、名乗る気はないんだけど」


「吸血鬼の真祖は誰でもハルフィリアなのです。大事な記号なのです」


 知らんがな。

 行方を眩ませている間、ライラは市場を回っていたらしい。鞄いっぱいに買ったものを詰め込んでいた。それはもう四次元ポケットのごとく大量に。どう考えてもその量は入らないだろう、という量が。トレリチア式魔術という古い魔法が鞄にかけられているらしかった。現在サニフェルミアを席巻している新式魔法とは別の、その昔滅んだ国の術式だそうだ。


「外套を加護つきにして良かったのです。加護の対象物が絶対に破損しない〈盗人の幸運加護〉です。これでどんなにからだがぐちゃぐちゃのドロドロになろうと隠せるのです。丈的に上半身限定ですが」


「え、対象って物だけなの? おれは……」


「おまえは死なないのですからいいではないですか」


「えぇー……」


「正しく使えばちゃんと防御運用できるのです。せいぜい頑張りなさい」


 びよよよん、と銀灰色の粘土細工のようなものがセージの眼前に垂れてきた。ライラが手慰みに遊んでいる真贋蜥蜴の残滓だ。まるで生きているように流動的に動くそれは、生命活動を停止したあらゆる異種族の亡骸のかたちなのだという。

 セージはため息をついて視界を邪魔するそいつを上へ、ライラの手元に押し上げた。スライムみたいな見た目をしているくせに、妙にさらさらした感触だった。これを案内所の銀粘土鑑定士に見せ、含まれる異端魔力(ファナティカ)が対象の異種族のものと判別されると報酬がもらえるのだそうだ。


「なあライラ、その銀粘土? って、鑑定士に見せた後どうすんの?」


「これですか? どうにもしません」


 ライラはセージの軍帽を銀粘土でぽこぽこ叩いた。太鼓でも叩くがごとくリズミカルで、小言の多いわりには機嫌は良さそうだ。


「銀粘土はこの世で一番役に立たない物質なのです。人間にとっても、神隷(ヒエラル)にとっても。神隷――ここは異種族(アリウス)と呼びましょうか。が、死ぬと、他の有機生命体と同様に腐敗します。瞳が濁って、循環を止めた血潮が浮き上がって、脂肪と肉が順に屍蝋化して、やがて白骨化して、その骨が崩れて――そうして他の何物の介入も受けずにいた屍に最後まで残るのが銀粘土です。いくばくかの異端魔力を含みますが、生命や意思あるところに保管ができないものです。どれだけ気密性の高い容器に入れておこうと、一週間もしたら跡形もないのです。世界の循環から外れた物質。それが銀粘土。何に使うこともできません。むしろ、使おうという意思に反して振る舞うのです」


 ふうん、とセージは相槌を返した。

 この世界の循環から外れた存在。自分だって、この世界(サニフェルミア)の異分子で、似たようなものだけれど。あいにくまだ死んじゃいない。はっきりと自分の意思で生きている。救いたい世界があって、守りたい約束があって、放っておけないやつがいる。どんな結末を迎えようと、今ここに全てを賭したいと思うことができる。


 元の世界にいた頃の方が、ずっと外れ者だったさ。


 ヒナギク亭に戻る前に修繕屋に立ち寄った。店内に入ると、銀のエレシド杖を指揮棒のように振り、カーテンらしき大判の布をしっちゃかめっちゃかに宙でかき回す青年がいた。難しい顔をして、重箱の隅をつつくのが好きそうな性格に見える。実際は真逆だ。細かいことなど全く気にしない。だから助かっている。


「またお前か。少年将校。む。その外套はお前の母国のものではないな。珍しい。今日は何だ。また破いたか。派手に汚したか」


 トビアは布製品専門の修繕屋だ。この修繕屋というのがすごくて、どんなにぼろだろうと新品同然に直してしまう。「繊維の組み直し」が魔法で行われているらしい。遡行する時雨(クロノスカンデラ)の結晶を触媒に行われるその魔法は、当人の熟練した器用さと熟練度が顕著に表れる魔法だそうで、生半可に素人が手を出せるものではない。遡行する時雨の結晶もけして安くはないらしいし。だからこうして商売が成立しているわけだ。

 下手な修繕屋を選べば数十分かかるところ、トビアはものの数分で破れた袖を直して見せた。継ぎ目などどこにも見当たらない完璧な仕上がりだった。杖の一振りで付着した汚れを浮かせて丸め、ゴミ箱に捨てるのを見た。毎度のこと、あれできるようになったら便利なのになあ、と思う。残念ながら、エレシド魔法が一切使えないセージである。


「エレシド魔法は人間の意思の力だ。想像を現実に引き起こす媒介能力こそ、星屑の発見したエレシド鋼の力だ。人間がエレシド鋼を手にすれば誰だって魔法が使える。オピウムの軍人は人間でなかったりするのか」


 淡々とした口調からはそれが冗談なのか、真面目なのかは読み取れなかった。どちらにしてもさしたる興味はないようで、ライラから受け取った紙幣を指折り数えるとすぐに店の奥へ消えていった。


「おれは人間ですよ」


 それだけ返して、新品同然の学ランに袖を通したセージは踵を返す。


「どうですかね」と、ライラの弾んだ声が聞こえた。


次話更新は明日11/24となります。

この話と前後編にしようと思ったのですが、大事な話なので分けてみました。

どうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ