表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【旧作】これから世界を救う話をしよう!  作者: 朱坂ノクチルカ
Ⅱ.碧い竜の都<改稿予定>
12/43

ep.9 いたいけ乙女のスペシャルレッスン

ヘタレ少年とハリボテ幼女の愉快な日常について(`・ω・´)

 ピンクの幼女は大上段から居丈高に言い放った。


「光栄に思いなさい、うすらとんかち! この私がじきじき稽古をつけてやるのです。この数世紀で初めてのことなのです」


「できれば遠慮したいんですけど」


 大上段、というか大上枝……とにかく高いところにいる。チュイレーンの巨木を垂直に駆け上がり、見上げる首が痛くなるほど上方の枝にライラは仁王立ちしていた。なるほど、高いところお好きと。煙と同類だ。すなわちバカだ。バカだからこんな真夜中に化物がうじゃうじゃ出る森に来るのだ。


「セージ。おまえ、何か失礼なことを考えていますね」


「考えてないです」


 ライラの桃色の目がすっと細められたのが見えた。次いで恍惚にとろけるように口元をほころばせたのがはっきり見えた。狂戦士(バーサーカー)って、たぶんあんな顔をするのだろう。

 夜の眷属の目は黄昏をこえて充満する闇などものともしない。真っ暗闇のはずなのに、物体の輪郭どころか色彩まではっきり視える。感じる。この夜になって初めて出会う奇妙な感覚だ。


「おまえが相手とはいえ、久しぶりに体を動かせるのは嬉しいものですね」


 はるか上方にいる幼女の、興奮気味な声のニュアンスまで聞き取れるのもまた人間から遠ざかったゆえなのだろうか。夕刻までと感覚が違いすぎる。慣れるまではずいぶん時間がかかりそうだった。


「なにせ、どれだけ肉を切ろうが骨を折ろうが内臓を潰そうが――おまえは死なないのですから!」


 ふわり。ライラのスカートの裾が丸く広がった。巨木から地面へ自由落下するピンクの幼女は、見た目だけなら妖精のようで、その実獰猛な夜闇の支配者だ。その証拠に、ほら。宙を蹴りつけて一直線に飛びかかってくる。


「――ひぃッ」


 紙一重で跳びすさって回避すると、ものすごい速さで景色が下方へ過ぎていった。跳ぶっていうかこれ、飛んでるんじゃねぇの――と苦笑いする余裕もない。派手に地面を陥没させたピンクの幼女がもう方向転換して目の前にいる。

 化け物だ。

 眼前で拳をひいた幼女は砂糖菓子みたいに甘い声で囁いた。


「まずは、一発です」


 そこからはひどくスローモーションに見えた。タキサイキア現象というやつだろうか。まだ、自分の身体が人間の機能を備えているのなら、だが。

 ボディーブローを上方斜め四十五度から一撃。

 セージの身体は音速を超えて地面に叩きつけられた。衝撃波に森の木々が一斉にざわめくのを聞いた。

 あらゆる生命活動が停止しかねない衝撃を受けてなお、セージは意識を保っている。ひとのかたちを保っている。かかる不幸にはあらゆる感覚も生きている。臓腑を打ち据え骨を砕いた発狂するほどの激痛、それにに伴う嘔気。横隔膜の損傷に起因する酸欠。脳を揺らされ明滅する視界。鉄臭いのは自分の血が喉をせり上がっているから、か。


「きゃはっ」


 聴覚は幼女の笑い声をばっちりとらえていた。耳にした瞬間、今しがた叩きつけられた背中に鋭い衝撃が走る。

 嫌な音がした。

 再び宙に放り出されたセージは、今いちど浮かれたライラの声を聞いた。


「さあ――たくさん、痛がってくださいね?」


 嫌です、と言うための声帯は血で塞がっていた。


 

 はめられた、と思う。



 まっとうに人間社会に溶け込みたかったセージは、ライラと斯くのごとくに交渉を行った。


「――わかりました。では、日中はおまえの好きにして構いません。ただし、日没後は私に付き合ってもらうのです」


 案内所の喧騒の中、皿洗い求人のビラをかたく握りしめたセージは眉をひそめた。


「なんかひっかかる言い方だけど、夜は討伐依頼を受けるってことでいいんだよな?」


「……」


「おい」


「……」


「なんとか言えって」


 ライラはにやにや笑ったまま沈黙を保った。子供がいたずらをしかけてばれるまでに浮かべる笑みに似ていそうだが、そんな可愛いものではないだろうことは自明である。

 セージは気のふれた軍人からなかば押し付けられるかたちでもらった軍帽をもてあそんだ。意外と綺麗なそれは、よく手入れがされていたのだろう。


「セージ、知っていますか?」


「なにをだ」


「……チュイレーンの森は、空に星が浮かぶ間は立ち入らないのが暗黙の了解なのです。夜は我ら神隷(ヒエラル)の時間ですから……人間は利口ですね。討伐は日が出ている間だけ行われているそうです」


「へえ。そっか。じゃあ夜は大人しく寝るしかないか!」


「ええ……人間には大人しく寝ていてもらいましょう……ふふ……ふふふ……それでは、また日没後に。お前は皿でも鎧でも洗っていればいいのです……」


 ライラはそう言い残し、幽鬼のごとく不気味に立ち去った。

 もちろん、嫌な予感しかしなかった。


「なんだあいつ」


 口をへの字に曲げ、ともあれとセージは手元のビラに視線を落とす。

 募集元の大食堂「夢見がちなアヒル亭」の「年中募集中!」と雑な地図が目に入った。それだけでセージの心は十分湧き立ってしまう。


 なにを隠そう、初めてのアルバイトなのだ。


「ていうかライラのやつ、財布持っていきやがったな……」


 まかないが出ればいいなあ、とセージも喧騒を後にする。

 

 夢見がちなアヒル亭は文字通り「大食堂」だった。少なくとも、セージが住んでいた港町のどのファミレスよりも大きい。繁盛しているようで、まだ昼前だというのに半分以上席が埋まっていた。


「おう!? 皿洗いに!? 兄ちゃん、かわいい顔してるけど軍人だろ、ほんとにいいのか」


 店主は年中酔っぱらっていそうな赤ら顔の中年オヤジだった。酔っぱらっているのは間違いない。口を開くたびに酒臭かった。が、豪快に笑う、懐の広そうなオヤジだった。セージには十分好印象だ。


「エレシドの魔法は便利なんだけどなァ、細けえことができねえからよ。おれが魔法で皿なんか洗おうもんなら、この店の皿が一日で半分になっちまう! んで、雇うんだけどなあ、すぐ音を上げて辞めちまうのよ」


 オヤジはガハガハ笑った。笑いながらバカでかい鉄鍋を両手に一つずつ振っていた。厨房で一番たくましい腕をしていた。


「いちばん長くやってくれてんのがネリオだ。チビだが根性がある。わかんねえことあったらヤツに聞け! おれはいそがしい!」


 右手と左手で別の調味料をそれぞれの鉄鍋に入れながら、オヤジはネリオをあごで示した。巨大な流しの前で特別せわしなく動く小さな少年。それがネリオだった。

 ネリオはセージを見るや否や仏頂面で言い放った。


「皿抱えたまま発狂すんじゃねーぞ、オピウム軍人」


 それでもかいがいしく勝手を教えてくれるものだから、親切なものだ。

 たまに感じる憐れむような視線さえ考慮しなければ、十分満足のいく仕事だった。まかないだって出るから昼食代がかからない。ライラに有り金全部持っていかれたセージとしては非常にありがたいことだ。


「まあ、あっちは全部ライラが調達した金なわけだけど」


 帰路について、セージは本日の給金を数え直した。

 十五リニーと三五ピスク。

 これが多いか少ないのかといえば、まだ価値がよくわからない。ただ、ヒナギク亭の一泊分には全然、足りていない。

 そんなわけだから、ヒナギク亭に戻ったセージは満面の笑みのライラに強く出ることができなかった。「付き合ってくれるんですよね?」「昨日の約束覚えてますか?」と客室の隅に詰め寄られたセージは、背負い袋をお守りみたいに抱きかかえてぎくしゃくと首を横に傾げた。


「付き合うってどこにだよ。夜の森は――あと約束ってなんのこと? おれにはさっぱり」


「しらばっくれるんじゃないです」


「いや、でもおまえと昨日約束したことなんか――」


 ないだろ、と言い切る前に思い出してしまった。


「……あったっけ? ははは」


 思い出して、シラをきった。

 もちろんそれを許すライラではない。


「手に入れるの、大変だったのですから」


 ライラはにこにこ笑って、いつのまに調達したらしい鞄から栓のされたガラス瓶を取り出した。眩しいほどの笑顔でそれをセージに差し出す。赤黒い液体でたっぷり満たされたガラス瓶を。

 ――では、明日からおまえの吸血鬼(ヴァンパイア)としての食育を開始しても差し支えありませんね?

 そんなこと、言ってたなあ……。


「……ちなみに、どうやって手に入れたの」


「合法なのです」


「おまえの合法はレンジが広すぎる」


「倫理に則りました」


「人間の?」


「吸血鬼の」


「……それって」


 セージは唾を呑みこんだ。


「だれか死んだってこと?」


 ライラは首を横に振る。即答だった。


「合法ですし、我々の倫理に則っているのです。本来、吸血鬼は獲物をそうやすやす殺しません。血を吸ったらその傷は癒します。――そうですね、ほら、せっかく美味しい果実のなる木を見つけて、それを伐採してしまうのは要領を得ないでしょう?」


 ふっとライラの表情が暗くなる。複雑そうな顔をして、しかしすぐにもとの笑顔に戻った。


「私だって無理をおして人間の食事をしたのです。――さあ。これは対等な約束。守って、ちゃんと飲んでくださいね。大丈夫です、ちゃんと美味しいの、選んできましたから」


「ぜんぜん大丈夫じゃない!」


 創作の世界だと、吸血鬼になるとすぐさま吸血衝動に襲われたりだとか、血を見るや暴徒化したりなどする描写がある。首筋の薄い皮膚の下の血管を恍惚の目で見たりだとか、血を甘い匂いに感じたりだとか。そうだったら良かったのか。残念ながら、セージには一切似たような兆候はなかった。体力(HP)筋力(STR)が増しになっただけの人間。他の自覚は皆無である。

 押し付けられたガラス瓶はいわゆる牛乳瓶の形によく似ていた。目の前にはピンクの幼女が「おにーちゃんのためにとっておいたのー」と言わんばかりに健気ににこにこ笑っている。のっぴきならない状況だった。セージは押しに弱かった。加えて財布を握られていた。

 栓を抜くと同時に目をつむって息を止める。牛乳だと思いこめ。これは牛乳、搾りたての生乳。もしかして、嫌悪感は心理的なものだけで意外と飲めたりとかするんじゃないか。でも、飲んでしまったら最後、心まで人間ではなくなってしまう気がする。しかし状況は圧倒的不利、約束してしまったのは事実であるからして――


「さっさと飲め」


「んがッ」


 ライラに組み付かれて無理やり瓶の中身を注がれた。反射的に飲み込んで、すぐに鉄の匂いに咽せかえる。

 こぼれた血液が学ランの黒地に吸い込まれていった。

 気分は最悪だった。

 そりゃ、美味しいわけないじゃないか。


「異世界に来てまでして特殊プレイかよ、これ……」


 ミッションコンプリートに満足げなピンクの幼女は、ジャムでもなめるように瓶に残った血を指ですくっては口に含んでいる。


 ☆


「セージ! ちゃんと動いてください! 這いずり回ってでも逃げるのです! この私から! ()()()()()()()()()()から! 動けるだけの手加減はしているはずです!」


 真夜中のチュイレーンの森で、セージは正座で幼女に説教を食らっていた。


「……どのへんが手加減?」


 五臓六腑を掌底でミキサーにかけ、全身の骨を容赦なく砕き、あげくの果てには片足を吹っ飛ばすことが手加減だというのなら、手加減の言葉の定義を再考する必要がある。絶対にある。広辞苑改訂ものだ。この世界(サニフェルミア)に広辞苑はないだろうが。


「手加減です。私が本気を出したら開始二秒でおまえは灰になります」


「それはさすがに死ぬんじゃない?」


「まさかぁ。灰になっても砂になっても死なないからこその真祖なのです」


「マジか。えげつねぇな」


「ええ。そうですよ?」


 ライラは桃色の目を細めて不穏に微笑んだ。


「おまえもそうであるように、真祖はどれだけ切り刻まれようが砕かれようが溶かされようが復元します。足、綺麗にくっついてよかったですね」


 セージは先刻ちぎれた片足を見やって、次いで今や欠片も痛みのないみぞおちを撫でおろした。一時間ほど意識を失っていた間に、散々痛めつけられた身体はすっかり元の状態に回復していた。なお、意識を失った原因は失血らしい。ライラ曰く足を吹っ飛ばしたのは「ミスった」のだと。


吸血鬼(われわれ)の感覚には慣れましたか?」


「全然。見えすぎるし聞こえすぎるし気持ち悪い」


「そこは加減を覚えてください。まあ……おまえは絶望的にコントロールが下手なので無理かもしれませんが」


 ライラに無理やり瓶詰めの血を飲まされて少し経ってから、尋常でなく感覚が鋭敏になってしまった。全身知覚過敏状態で、ヒナギク亭の食事ではレオに「口にあわなかったかな……」と悲しい顔をさせてしまった。そんなわけないじゃないか。レオの料理はいつだって美味しいに決まっている。ちくしょう。全部このピンクの幼女のせいだ。


「ま、こうして毎晩修練を重ねていけばいずれマシにはなるでしょう。夜は神隷(われわれ)の時間です。この場所は誰にも邪魔されることはありません」


「毎晩」


 セージは愕然とした。

 対するライラは飄々と言葉を続ける。


「約束したじゃないですか。昼はおまえの好きにする代わりに、夜は私に付き合えと」


「おっ――おまえのサンドバッグになる約束をした覚えはないんだけど⁉」


「金」


「ぐッ」


 絶対零度の視線がセージを貫いた。なにも言い返せずに凍り付いてしまう。

 身も蓋もないことを言えば、セージは幼女に養ってもらっている状態なのだ。

 ライラは幼女にあるまじき艶やかな声音で悪夢のようにささやいた。


「さあ、がんばってくださいね。わが種族のために。私のために。正しい世界の在り方のために。――()()()()()()()()()()()()()()

次回、「月の夜に竜が啼く」

11/2までに更新出来たらと思います。

仕事で日本を南北に飛び回っている関係で更新遅れるかもしれませんが、何卒ご容赦いただけますと幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ