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【旧作】これから世界を救う話をしよう!  作者: 朱坂ノクチルカ
Ⅱ.碧い竜の都<改稿予定>
11/43

ep.8 少年よ、仕事を探せ

平和な世界なんですから、ええ、平々凡々、仕事でも探しましょうか。

 寝苦しくて目が覚めて、なぜだ、とぼやく。ぼやいて頭を抱える。


「……ライラ」


 セージは自分の上にうつ伏せに乗っかっているピンクの幼女に呼びかけた。


「……すぴー」


 起きる気配はない。


「おれはロリコンではない」と、セージは誰に向かうでもなく弁解した。

 カーテン越しに差し込む光はまだ明け方の金色で、、赤ヒナギクの客室のベッドはもぬけのからである。それもそのはず、ベッドに寝ていたはずのライラはどういうわけかソファで横になっていたセージの上ですやすや寝息を立てていた。

 なぜだ。


「……もどすか」


 熟睡するライラをベッドの上へ運ぶ。一張羅のピンクのスカートではなく、生成りの寝間着のすそを整えてやって布団をかぶせた。自分はソファへ戻る。下僕にベッドを使う権利はないと昨晩ライラに追いやられたのだ。


「理不尽だ」


 ソファの上で膝を抱えて呟いた。覚めきらない眠気に瞼を閉じ、そのまま横に倒れる。自分の質量がソファに吸い込まれていく感覚。再び闇に融ける意識の中、セージはもう一度呟いた。


「そうでもない、か」


 ☆


 右手に革張りの旅行鞄をさげたエティは睥睨するような視線を投げてよこした。


「ふぅーん。仕事を、ねえ……」


 鮮やかな金色の三つ編みを後ろに流した彼女の態度はどこか冷たい。どこか、じゃない。冷たい。レオやライラに向けるそれとは明らかに違う。差別だ。

 エティはセージの学ランを一瞥して言った。


「あなた、軍人なんでしょう? 義勇兵にでもなればいいじゃない。稼ぎはいいわよ。その稼ぎを使えるかはわからないけどね」


 つり目がちなエティが笑顔のスイッチを切るとけっこうキツそうに見える。こういうタイプが得意か苦手かといえば、得意なわけがない。セージはたじろいで後ろにたたらを踏んだ。その様子を見てエティが失笑する。苦手だ。苦手なタイプの女子だ。


「職案にでも行ってみたら? 軍人なら討伐依頼も受けられるし――」


「職安?」


 セージは聞き返した。


「ええ。職案だけど……」


「ハロワってこと?」


「ハロワ? なに言ってるの? 職業案内所のことよ?」


「……いや、なんでもない」


 エティは不審そうに小首を傾げて(きびす)を返し、ヒナギク亭を後にする。朝の白い光がエティの鮮やかな金髪を輝かせるのを見送り、セージは後ろを振り向いた。足音が二人分。ちょうどライラが二階から下りてくるところだった。上機嫌なレオに連れられたライラの顔は、心なしか三割増しで明るい。


「セージ! 見てこれ――ライラちゃん! すっごく可愛くない?」


 ライラはドレスアップしていた。

 淡いラベンダー色のワンピースは見るからに上物で、ところどころに品よくレースがあしらわれている。頭のリボンはヘッドドレスにバージョンアップしているし、靴も履き古しのブーツから光沢のあるリボンシューズだ。


「レオったら! 私はセージさまの小間使いの身分なのです。こんな格好は似つかわしくないのです」


 頬を膨らませるライラに、ほんとこいつ演技上手いよなあ、と感心してしまう。そんなこと毛ほども思っていないくせに。しかもいつの間にかレオと打ち解けている様子だ。

 朝食にパンとスープをいただいてから、レオはライラを連れて屋根裏部屋へ引っ込んだ。「ちょっと待ってて」のちょっとの間にセージはエティに職探しについて相談した。あまりにもリアリスティックな回答を得て憮然とするセージに対し、レオはうっとり夢見心地の表情をキャスケットのつばの下で作っている。この差は何だろう。


「小間使いだってなんだって可愛い方がいいに決まってる! そうだよね? セージ!」


 セージはこっくりうなずいた。レオは可愛い。レオは。そりゃもう嘘偽り掛け値なしで。男だとか嘘だ。嘘だと言ってくれ。


「ほらライラちゃん、セージだってこう言ってるし。ああ、エティにも見せたかったなあ。――ねえ、その服あげるからさ。なんなら昔の服たくさんあるからもっと――」


「昔の?」


 聞き捨てならないことを聞いた気がする。


「それ、レオの昔の服なのか?」


「へ?」


 レオは顔をこわばらせ、気まずそうにキャスケットのつばを下に引っ張った。


「ああ。――いや、これは姉さんの。そう。姉さんが一人いてさ。もったいないからって捨てないで置いてあるんだ。ほら、質がいいだろ? 捨てるには惜しい」


「お姉さんが」


「うん」


 セージは宙に描いて想像した。レオの姉。絶対、美人だ。なんてったって、レオが男だというのにこれだけ整った容姿をしているのだ。

 なんとかしてお目にかかれないものか、と思い煩っていたら膝裏に鋭い衝撃を受けて派手に転倒した。いわゆる膝カックンという部類に入るのだろうが、回し蹴りで容赦なく踵をいれるやつがあるか。


「まあ、セージさま! 持病の金欠病の発作なのです! はやく仕事を探しにいかないと!」


 崩れ落ちたセージのそばでライラがしらじらしく嘯く。このピンクが疾風のごとく凶行に及んだわずかな時間、視線を外していたレオには何が起きたのかさっぱりわからない。「金欠病……」とライラの言葉を真に受けて深刻そうな顔をしている。違う。いや、違わないか。セージには金がない。


 この世界に真の平和をもたらすための第一歩として、仕事を探すことにした。


「千里の道も一歩から、って言うだろ」


「ええ、昨日も聞いたのです」


 白馬にひかれた馬車を横目に、セージは(・・・・)凹凸の目立つ石畳の上を歩く。レオに道を教えてもらい、「職業案内所」とやらに向かう道中である。要するにハロワだ、と思う。「あんな連中、役に立たねェ」とクソ野郎がわめいていたのをふと思い出した。すぐに振り払った。

 ここは異世界サニフェルミアだ。


「やっぱり人に紛れて生きていくなら、経済活動に参加しないといけない」


「はあ。くだらないですね」


「つまり、金を稼いで消費することだ」


「まどろっこしい!」


「そうして生活するうちにイベントが発生するだろ」


「……はあ?」


「パトロンになってくれる偉い貴族とかとエンカウントする」


「…………はあ」


「窮地に陥っているところを、おれが助けるわけだよ。で、たぶん『あなたの望むものはなんですか』みたいなことを聞かれるから、おれは『この世界の真の平和だ』と答える。相手はいたく感動してまずは俺に領地の内政を」


「おまえの妄想癖は本当に素晴らしいですね。この私のあらゆる気概を喪失させました」


「妄想じゃない。計画だ!」


「粗末という言葉すらもったいないゴミのような計画なのです」


 頭の上(・・・)から降ってくる罵倒にセージは口をへの字に曲げた。なんでだ。異世界転移ってそういうもんじゃないのか。敷かれたレールを滑るように、都合よく話が進むもんじゃないのか。


「ていうか! なんでおまえは歩かないんだよ! なんか見た目以上に重いんだけどどうなっていってェ!」


 上に向けて文句を吐けば、リボンシューズの踵がセージの肋骨を砕く勢いで振り下ろされた。涙がにじんだ。

 二人のうち、往来賑やかな朝の大通りを歩いているのはセージだけだ。人に見られるわけにはいかないから、と持ってきた荷物は背中に。「徒歩とかありえないのです」とのたまうピンクの幼女は肩車である。通りに出て早々、仲の良さそうな父娘の肩車を見かけ、それが自然の摂理であるとばかりにセージに要求してきた。肩車を。


「重いわけないでしょう! レディに向かってなにを言うのですか唐変木! 年頃の乙女の重さは生まれたての金色綿毛の妖精キャンディ・キャンディより軽いのです!」


「は……キャンディ?」


「だいいち、おまえの力で重く感じるわけないではないですか」


「だから、見た目と合わないんだって……あーもう悪かったよ! 蹴るなって! 足をバタバタさせんのやめろ!」


 ようやくおとなしくなったライラが、セージの頭に全力で体重を預けてくる。やっぱり重い。何かがおかしい。幼女の体重ではない。


「はあ……セージ、おまえ……そんな貧弱なおつむでよく世界をどうのとか言えますね」


「うるせぇ。しょうがないだろ、こういうのは基本待ちなんだって。なんかこう……派手に事件とか起こってくれないとどうしようもないっていうか」


「昨日あれだけ理想を語ったくせに。なッさけないのですね」


「具体的な理想だったろ」


「理想に至るまでの手段がここまでずさんだと思わなかったのです」


 あからさまに落胆するライラの声を聞き流し、セージは通りを歩いていく。すれ違う人の奇特なものを見る視線が次々に突き刺さった。ドレスアップしたピンク髪の幼女の肩車は目立つ。セージがライラを普通に歩かせたい理由の大半を占めていた。

 職業案内所はギルド商会通りの裏手にあった。やんややんやとにぎわう案内所の壁一面には、乱雑に貼りつくされたビラの数々。奥のカウンターに並ぶのは、大剣を背負った屈強そうな男、神官ふうの衣装に身を包んだ女、アイドルみたいな恰好の少女、育ちの良い雰囲気の年端も行かない少年。バラエティに富んでいた。


「討伐士のパーティですね」


 と、やっと地面に下りたライラがセージの視線の先を追って言った。


「冒険者じゃなくて?」


「そんな呼ばれ方をしていたのは大昔なのです。いつの間に目的別で細分化されて、討伐士、採集士、発掘士、狩猟士、測量士、祈祷師――そういえば、この大陸の西に別の大陸が発見されたらしいですね。安全なルート探索のために航海士が人気職だそうです」


「大航海時代か」


 セージは二三度うなずいて壁を埋め尽くすビラに向き直った。カウンターには背を向ける。討伐士だとか、そういうおっかないことはちょっと遠慮したい。世界平和を目指すために武力行使とは目的と手段が一致しない。しかも、討伐するのは異種族(アリウス)だ。セージが望む世界は異種族も人間も分け隔てなく平等に暮らす世界であるからして、異種族討伐で資金稼ぎは良くないと思うわけで。

 要するに、セージは日和(ひよ)っていた。

 もちろん、ライラはそれを見逃さなかった。


「セージ」


「あっ。これクリーニング屋のバイトだ」


「都の近くに低級神隷(ロアズ)の生息する森があるそうです」


「……要初等魔法……うーん、ダメか」


「西のチュイレーンの森ですが」


「あっ! 皿洗いのバイトもある」


「おまえの修練にもってこいだと思うのです」


「――おっ。皿洗いだと魔法いらないのか、ラッキー」


「……私の提案を受けますね? セージ」


 セージは手軽そうな数枚の求人ビラを手にフリーズした。殺気がピンクの幼女から這い上ってくるのを感じたせいだ。

 もちろん聞こえている。聞こえていますとも。


「……受けないって言ったらおれ、どうなるの?」


「さあ。どうなると思いますか?」


 ドレスアップして人形のように可愛らしいピンクの幼女が、凶悪そのものの笑顔でセージを見上げていた。セージはつま先から頭のてっぺんまで震えあがった。さすがはその昔、国単位の殺戮を繰り広げていただけあるというものだ。幼女の姿でここまで恐怖を抱かせるやつが二人といたらたまったもんじゃない。

 セージはあとずさった。


「わかったライラ、おまえの提案は受ける、受けるから――」


 あとずさって、下がりすぎた。後ろの人とぶつかってしまう。


「すッ――すみません」


 とっさに謝った相手はセージと似たような服装をしていた。黒地に金ボタンの学ラン――否、軍服か。もっと意匠が細かいし、所属と階級を示す徽章がついている。

 憔悴しきって土気色の顔をした、戦地帰りの旧オピウム軍人の男だった。

 男は目が合うや否や、虚ろな目を見開いてセージの肩を掴んだ。指がめり込むほど強い力だった。


「おお――我が同胞よ!」


 開いた瞳孔。充血した白目。口の端を垂れる涎。音量調節のされない声がセージの耳をつんざく。

 男は明らかに気がふれていた。


「我が同胞よ! 同胞よ! 同胞よ! おまえはまだ戦えるか! 我が祖国のために! 祖国のために! 偉大なるオピウム帝国のために! 人類の輝かしい未来のために! 我らが父なる国王陛下のために! 己がすべてを捧げられるか! 俺は捧げきってしまった! 俺はもう、がらんどうの器にすぎない。我が帝国の血肉となった! 俺は待っている! この体は我が帝国の贄となるのを待っている!」


 待っている、待っている、と男は繰り返した。その声はだんだん小さくなる。セージの肩を掴んでいた手の力が抜ける。やがて離したその手で顔を覆った。そのうちにヒィッ、と甲高い悲鳴が混じるようになる。何度目かの悲鳴のあと、男は顔を上げた。

 泥濘をぬりこめたような目が虚ろにセージを見た。


「おまえはまだ待つ身ではない」


 男はそう言うと、自分の被っていた軍帽を脱ぎ、呆然と立ち尽くすセージの頭に乗せた。男はニカッと笑った。黒く変色して溶けた歯が見えた。


「だめじゃアないか、プラチドス。今度は帽子を忘れてる。相変わらずおまえはそそっかしいな。せっかく少尉になったってのによぅ。俺たちの村から出た二人目の将校だってのによ! それじゃあ部下も腹ァきめて着いてきちゃくれねェぜ」


 虚ろな笑みを狂気で彩り、男は禿げあがった頭頂部を掻いた。

「あばよ」と、一言、男は踵を返す。軽く上げた右手で人差し指と中指を交差させ、ここにはいない誰かの幸運を祈りその場から立ち去った。

 案内所は変わらずやんややんやと騒がしい。

 気のふれた使用済みの軍人のことなど、誰も気にしていない様子だった。


「めずらしいことではないのでしょうね」


 ライラが涼しい声で言った。伏せた瞳に長い睫毛が影を作る。

 それはどうしようもなく皮肉だった。


「本当に、平和な世の中になったものです」

次回「(タイトル未定)」です。なんてこった。

10/28(金)までに更新できればと思います。


なお、前回更新時に活動報告というものを作成してみました。

お時間ございましたら覗いていってくださいませ。

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