席替え
読んでいただきありがとうございます。
「今日の学級活動の時間は、昨日お知らせしたように、席替えです。今回の班が、林間学校の時の班にもなりますから、みんな、きちんと話し合って、決めてくださいね」
国府田先生の言葉に、生徒達は立ち上がって、同じ班になりたい子に声をかけ始める。
うちのクラスの席替え方法は、くじ引きでもあみだでもなく、話し合いだ。男子2人女子2人の4人グループを自由に組んだ後、班同士で前に座りたいとか後ろに座りたいとか意見を出し合い、かぶったらじゃんけんしたりして、先生の介入なしで席を決めるのだ。
わざわざ1時間授業をつぶして、このような方法を取る理由は、目が悪いから前の方に座りたい、背が高いから後ろの方に座りたいなど、それぞれの事情に柔軟に対応するためであり、生徒達の話し合う力を伸ばすためでもある、と言われている。
教師側からすれば、仲の悪い生徒同士を近くの席にしてしまうことを防ぐことによって、余計な問題事を避ける目的もあるのかもしれない。全ての人と仲良くなんて、理想ではあるけれど、キレイゴトだし。
まあ、今回の席替えは、林間学校の班決めも兼ねてるから、みんないつもより気合入ってるよね。
「香耶、香耶」
さっちゃんが、後ろからつんつんしてきた。
今の席は名簿順なので、「志村」の私の後ろは「関根」のさっちゃんで、席替えせずとも、すでに席が近いのである。ちなみに朋ちゃんは「中野」だから、離れているけど。
「湊と真之介誘おっ。そしたら席が隣になるし、林間学校の班も一緒だし」
と、さっちゃん。湊というのは熊沢湊、さっちゃんの好きな人で、真之介というのは松宮真之介、私の当時好きだった人のことだ。
真之介くんは、小学生にしては珍しく、どたばた走り回ったり女子に喧嘩ふっかけたりしない、落ち着いた男の子で、私の初恋だったりする。
さっちゃん経由でしか話しかけたりできなかったから、友達にすらなれていたか怪しいくらいのうっすい関係のまま、中学生になってもまだ好きで。中2の時に、真之介くんが学年一の美女とつき合い始めたという噂を聞いて涙するも、簡単に諦められるはずもなく、結局中学を卒業するころまで思いを引きずった。
ちなみに高校の頃は、友達すらほとんどいなかったから恋愛どころではなく、大学の時に幸翔とつき合ったのが初めての両想いだ。
私の恋愛経験の少なさは置いておいておくとして、今はさっちゃんの発言についてだ。
確かに、湊くんと真之介くんは仲が良いので、おそらくペアを組むだろう。
なるほど、さっちゃんに協力するのはやぶさかではないが、ちょっと訂正が必要だ。
「それは良いけど、私、真之介くんのこと好きじゃなくなったから、よろしく」
「ええっ、そうなの? どうして? 何かあったの?」
「あ、ううん、特に理由はないけど」
「ええ~? じゃあ、今度は誰が好きなの?」
「いない。好きな人、今はいないよ」
タイムスリップのことも、幸翔のことも言えないので、好きな人はいないことにしておく。
「ええ~? 何なの急に、どういうことなのよぅ~」
私にとっては17年も前のことでも、さっちゃんにしてみたら、最近のことだ。納得してなさそうだが、これ以上言えることは何もないので、私は話を変える。
「あと、朋ちゃんにも声かけないと。というか、男子2人女子2人班なのに私達3人で、ひとり余っちゃうから、さっちゃんと朋ちゃんで――」
「香耶ちゃん、紗月ちゃん、私も入れて~」
ちょうどそこへ、朋ちゃんが来た。
「あ、朋ちゃん、あのね――」
「ダメ!」
私の言葉をさえぎって、さっちゃんが険しい表情で朋ちゃんに言った。
「朋子は別の子と組んで。1班につき男子2女子2なんだから、朋子入れたら女子3になっちゃうじゃない。それにあたし達、これから湊と真之介誘うんだから」
「ええっ、そんなあ」
朋ちゃんの表情が曇りだす。あっちゃあ~。私は慌てて言った。
「さっちゃん、朋ちゃん、大丈夫だよ。あとひとり女の子誘って、女子4人にして、男の子も、湊くんと真之介くんの他に、あと2人誘って、男子4人にしちゃえば良いんだよ。そしたら、2班できるでしょ? その2班で、前後ろでも隣でも、近くの席にすれば良いんだよ。林間学校だって、班行動するのなんて、カレー作りの時くらいでしょ? ハイキングの時とかは、みんなで歩けば良いじゃない」
私の話を聞いて、ぱっと朋ちゃんの表情が明るくなるが、またすぐに暗くなってしまう。
「でもそしたら、香耶ちゃんと紗月ちゃん、真之介くんと湊くんで1班でしょ? わたしはひとりで、別の班かぁ」
「ううん、私、真之介くんのこと好きじゃなくなったから、大丈夫。朋ちゃんが真之介くんの隣の席になっても良いなら、さっちゃんと朋ちゃんと、湊くんと真之介くんで班組んで。私は別の班で良いから」
「良いの!?」
「何でよ香耶! あたしと一緒の班になりたくないの!?」
ほっとする朋ちゃんと、不満そうなさっちゃん。
「3人で近くの席になるには仕方ないよ。じゃ、さっちゃんと朋ちゃんは、急いで湊くん達を誘ってきて。私は女子ひとり、男子2人を見つけてくるから」
私は2人にそう言うと、反論される前にさっさと席を立った。
ええと、誰かいないかな。
教室内を見渡すと、この間学校帰りに声をかけそびれた、吉岡美桜花さんが、ひとりでぽつんと席に座ってうつむいていた。
誰も組む子がいないのかな。
自身の高校の修学旅行の班決めの時を思い出す。
誰も誘ってくれない、一緒に組める人がいない、でもどこかに入れてもらわなくちゃいけない、どこの班なら、入れてくれるだろうか……?
あの時の自分と、吉岡さんが重なる。
キツいよね、いっそ先生が強制的に班を決めてくれよと思ったよ。
「吉岡さん」
「!?」
声をかけたら、ものすごくびっくりされてしまった。
今まで話したことなかったから、驚かせてしまったかな。
「あ、ごめんね、びっくりさせて」
「あ、えと、し、志村、さん? う、ううん、な、何ですか?」
吉岡さん、ものすごくどもっている。なんか申し訳ない。
「あの、良かったら、一緒の班にならない?」
「えっ、い、いいの……?」
「もちろん。ただ、悪いんだけど、さっちゃんと朋ちゃんと、近くの席にしても良いかな?」
「えっと、関根さんと、中野さん? うん、それはもちろん」
「ありがとう」
やった! 班が同じになったら、吉岡さんと仲良くなれるかも? さっちゃんや朋ちゃんも、吉岡さんと話してみたら、良い子だって気づくはず。
男子は誰でも良かったので、そのへんにいる子に適当に声をかけた。あっさり了承をもらえて、ほっとする。
席に戻ると、さっちゃんも無事に湊くん達を誘えたようで、嬉しそうに報告してきた。ただ、朋ちゃんがさっちゃんに何か言われたのか、微妙な表情をしているのが気になる。後で聞いておいた方が良いかな?
さっちゃんは、良い子ではあるのだけれど、ちょっと自己主張が激しいというか、自分に従わないやつは気に食わない、みたいなところがある。一方朋ちゃんは、おかしいと思えば物怖じせずに文句を言う。そんな2人は、時々、気が合わない。
さっちゃんはさっちゃんで、「何でこいつ、あたしの言うことが聞けないの?」って思うし、朋ちゃんは朋ちゃんで、「何でこいつ、勝手なことばかり言うの?」って思う。
私も当時、さっちゃんから朋ちゃんの、朋ちゃんからさっちゃんの愚痴を聞かされたこともあった。
あれ? そう考えたら、この2人を同じ班にしたら、ダメだったかな? ま、いいや。
仲良くやってくれー。
そうこうしているうちに、全ての生徒が班を組んだので、今度は班同士で話し合い。前が良いとか後ろが良いとか、廊下側が良いとか窓側が良いとか、交渉して決めていく。話し合いでどうしても決まらなければ、じゃんけん。
結果、私の席は廊下側の前から2番目に決定。私の後ろにさっちゃん、そのまた後ろに朋ちゃんだ。
さっちゃん達と席を近くにできたし、さっちゃんと湊くんを隣の席にすることもできた。ふー、やれやれ。
「し、し志村さん。お、同じ班に、誘ってくれて、あ、りがとう……!」
私の前の席になった吉岡さんが、話しかけてきた。
「こっちこそ、ありがとう! 一番前の席にしちゃって、ごめんね」
私が一番前の席でも良かったのだけれど、さっちゃんが、私と前後ろの席じゃないと嫌だし、自分が一番前の席でも嫌だし、湊くんとも隣の席じゃないと嫌だと言ったので、それを叶えるには、吉岡さんに一番前の席になってもらうしか方法がなかったのだ。
それにしても、吉岡さん、普通に良い子じゃん。これは、絶対に仲良くならねば。目指せ、「美桜花ちゃん」呼び!
「香耶っ、聞いて聞いてっ」
席替えから数日後の休み時間。さっちゃんが、ご機嫌で私に報告した。
「昨日の算数の授業でね、問題がわかんなくて困ってたら、湊が教えてくれたの! あと、社会のグループ活動の時、ペン貸してくれたし。それとね、今日の国語、湊が教科書忘れたから、2人で机くっつけて、一緒に教科書見たの!」
「良かったねえ」
さっちゃんはさらに続ける。「真剣に黒板を見つめる顔がかっこ良い」とか、「消しゴムを拾った時に指に触っちゃった」とか、「教科書に変な落書きしてる」とか。
席替えしてから、休み時間のたんびにこの調子である。うん、嬉しそうで何より。
「さっちゃんて、湊くんのどういうところが好きなの?」
「ええ~? スポーツが得意なところでしょ、優しいところでしょ、あと面白いところ!」
「へぇ~」
あいづちをうちながら、浮かぶのは幸翔のこと。
幸翔のことを、さっちゃんにも話せたらねえ。
幸翔も優しいよ。自分の親だけじゃなく、私の親のことも同じくらい大切にしてくれるし。食べた後の食器を流しに持っていったら、汚れを水で軽く流しておいてくれるし。私がまだ仕事をしていた頃、あまりに疲れて、なんとかお風呂には入ったものの、髪の毛が濡れたまま寝そうになっていたら、ドライヤーかけてくれたこともあった。
面白くは……ないけど。おやじギャグばっかだし。
スポーツは……、運動神経は普通だけど。でも私、運動音痴だし嫌いだから、スポーツが得意だろうが不得意だろうが、そこはこだわりないし。
「香耶は? 真之介も、香耶とも話したいって言ってたよ。香耶も休み時間には、うちの班に遊びに来なよ」
「あーだから、私もう、真之介くんのことは、何とも思ってないんだってば」
「もう! 香耶ってばそればっかり!」
ぷくーっと頬を膨らませて怒るさっちゃん。まだ、私が真之介くんのこと好きって信じてるのね。まあ、さっちゃんから見たら、ずっと私が好きって言ってたのに、突然好きじゃないって言いだしたわけだし、無理もないか。
どうやって説明したらわかってもらえるだろうか、と頭を抱えた私の耳もとに、さっちゃんは口を寄せてささやいた。
「朋子に真之介を譲るつもりなの?」
「へ?」
さっちゃんによると、5年の春に転入してきたばかりで、好きな人などいないと言っていた朋ちゃんが、真之介くんと隣の席になったことで、真之介くんに惹かれ始めているというのだ。
「香耶の方が先に好きになったのに!」
とご立腹のさっちゃん。
私のために怒ってくれてたのね。その気持ちはとても嬉しいけれど、精神年齢28歳の私としては、本当に真之介くんのことは、何とも思ってないのですよ。真之介くんが、小学5年生のわりにものすごく大人びた子なのは認めるけど。
「だからね、私はもう好きな人とかいないんだってば。だから、心配しなくて大丈夫」
「嘘だよそんなの!」
ちょ、ちょっとさっちゃんさん、声がだいぶ大きくていらっしゃいますよ、勘弁してください。
「さっちゃん、落ち着いて、嘘じゃないから」
「じゃあ何で、休み時間にあたしのところに遊びに来ないの!? 朋子と真之介が仲良くしてるのを見るのが辛いからなんでしょ!?」
あ、それが引っかかってたのね。
「真之介くんは関係ないよ。私も、新しい班の人達と仲良くならないといけないもん。だから、遊びに行けなかっただけだよ」
ていうか、遊びに行くも何も、さっちゃんは私の後ろの席なわけだから、わざわざ立ち上がらなくても後ろを振り向けば話せるし。
と、今まで席をはずしていた、私の前の席の吉岡さんが戻ってきたので、
「ねー? 吉岡さんっ」
と強引に同意を求める。
「あ、え、志村さん? と、関根さん? な、何の話?」
困惑する吉岡さん。ごめんね、困らせて。でも、おめめぱちくりさせてる吉岡さん、とってもかわいいよ。なーんて、おっさんみたいなことを考えていたら、
「もうっ、香耶ったら! ちょっと来て!」
さっちゃんに手を引かれ、廊下に連れ出された。
「吉岡となんて、仲良くしなくて良いの! 不良に決まってるって、この間も言ったでしょ!?」
確かに吉岡さんの髪は茶色。パッと見ると、地毛と言われてもちょっと疑っちゃうような、明るめの茶髪。しかも、ちょっとウェーブがかかってて、ゆるいパーマをかけているようにも見える。
でも、彼女の髪は地毛だと思う。彼女の髪は、根元から毛先まで同じ色というわけではなくて、根元が茶色で毛先は黒かったりするから。地毛が黒い髪を茶色に染めているとしたら、根元が黒で毛先が茶じゃないとおかしいはず。それに、ところどころ金っぽかったり濃い茶色だったり薄い茶色だったり、染めてるにしては色がまばらすぎる。
パーマっぽいウェーブも、おそらく天然。日によって、うねりの強さが違うし。髪の毛にワックスとかつけている感じもないし。
ていうか、自分達だって数年後には、パーマや矯正かけたり、髪染めたりするようになるくせに、このクラスの子達は吉岡さんのことを不良だと決めつけていて、おかしいと思う。
まあ、自分達と違う者を排除しようとする心理なのかもしれないけれど。
「吉岡さんは不良じゃないよ。話して見たら良い子だよ? 髪だって、地毛だって言ってたし」
「もうっ、香耶ったらお人よしなんだから! 染めてても染めてるって本人が素直に言うわけないじゃないっ」
さっちゃんはぷんぷんしているが、この件に関しては、私はさっちゃんに従うつもりはない。
ようやく、2人きりなら吉岡さんもおどおどしないでお話してくれるようになったのだ。ゆくゆくは「香耶ちゃん」、「美桜花ちゃん」と名前で呼び合う間柄になりたいし、お家にも遊びに行きたい。
さっちゃんと朋ちゃんにも、吉岡さんと仲良くなってほしいんだけどなあ。
私はこっそりとため息をついた。
読んでいただきありがとうございました。