表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/17

なれそめ

 人生をもう一度やり直しても、また幸翔(ゆきと)との結婚を望むなら、子供うんぬん以外にも、考えておかなくてはいけない問題があった。

 それは、「どうやって幸翔(ゆきと)と出会い、両想いになるか」ということだ。


 私が幸翔(ゆきと)と出会ったのは私が大学2年生、幸翔(ゆきと)が大学1年生の時、家の近所のコンビニのアルバイトで。

 私が大学3年生、幸翔(ゆきと)が大学2年生の時につき合い始め、7年ほどの交際期間を経て、結婚した。


 幸翔(ゆきと)は私より1歳年下。大学も違うし、住んでいたのも隣の市だった。だから幸翔(ゆきと)と出会うには、私は大学生になったらあのコンビニでアルバイトをしなくてはいけない。


 しかし私は正直、もう一度そこで働く気にはなれなかった。というのも当時、同僚にランチバッグ(使用済みお弁当箱入り)を盗まれるという事件があったからだ。


 彼は他にも、商品を勝手に持ち帰ったり、お店の売り上げをくすねるなど、問題を起こしていたらしく、事件の数日後に私がシフトに入った時には、すでにクビになっていた。


 もし盗まれたのがお財布だったなら、金銭目的だったのだな、貴重品は身につけて仕事しよう、と思うだけですむ。


 でも、すぐ近くにあった私のバッグも、お財布も無事で、私のランチバッグ(使用済みお弁当箱入り)だけがなくなっていたので、気味が悪かった。

 それにランチバッグは、チャックがついてるわけでもなく、一目でお弁当箱しか入ってないとわかるタイプの作りだったから、認めたくはないけれど、それを盗むということは、金銭目的ではないように思えた。


 目的がお金にせよお弁当箱にせよ、また窃盗被害に遭うのはごめんである。まあ、アルバイトはしても、盗まれないように気をつけていれば良い話なのかもしれないけど、そもそもあの男にまた会うのも嫌だし。


 まあ、私は早朝勤か夕勤で、あの男は夜勤だったから、入れ違いにはなっても一緒に仕事をすることはなかったけれど。


 それはともかく、どうやってアルバイト以外の場で、幸翔(ゆきと)と出会い、両想いになるか。


 幸翔(ゆきと)の実家の住所は知っているから、行ってみようか。でも本来なら出会うのは大学生の時なのに、知り合いでも何でもない小学生の時に会いに行ったところで、ストーカー扱いされることにならないだろうか。私の実家と幸翔(ゆきと)の実家では、小学生がたまたま通りかかったにしては距離がありすぎるし。幸翔(ゆきと)の実家周辺は住宅街で、駅からも少し距離があるから、道に迷って偶然たどり着きました、にしても無理がある。


 会えば良いってものじゃなくて、最終目的が結婚なわけだから、無計画で行って、第一印象を悪くしてしまっては意味がないし。家まで行くと、幸翔(ゆきと)だけではなくてお義母さん達に会う可能性もあるし。


 家に行くのをなしとすると、他にどんな方法があるだろう。


 同じ学校に通うのは難しい。

 小学校、中学校は、私も幸翔(ゆきと)も公立だったけど、住んでる市がそもそも違うから無理だし。

 高校はそもそも、幸翔(ゆきと)は男子校だし。

 大学は、幸翔(ゆきと)の方がレベルが高すぎるし。

 えっ、一度経験してるんだから、勉強頑張れって? いやいや、そもそも幸翔(ゆきと)は理系、私は文系だから、どっちにしろ学部が同じにはならないのよ。いっくら好きだからって、学びたいことを人に合わせるのは、どうかと思うのですよ。言い訳じゃないよ、本当だよ!


 じゃあ、放課後に校門で待ち伏せする? いやいや、自分が学校終わってから幸翔(ゆきと)の学校行っても、幸翔(ゆきと)の下校時間に間に合わないよ。てか待ち伏せとか、それこそ立派なストーカーじゃないか!


 うーん、じゃあ習い事? 幸翔(ゆきと)は子供の頃、色んな習い事をしてたはず。スイミング……は運動音痴の私には無理だから、ピアノか塾? ピアノは私もやってたけど、いやでも、同じ習い事をしたところで、住んでる地域が違う以上、同じ教室に通えるわけではないし。


 やっぱり、大学生になってから、あのコンビニでアルバイトするしかないのかしら。出会う時期や出会い方が変わってしまえば、両想いになる過程とか、結婚への流れも変わってしまうかもしれないし、下手したら、両想いにすらならないかもしれない。そういうリスク考えたら、過去の記憶に沿って、当時と同じように行動した方が安全かも。


 でもなあ、お弁当箱…。盗まれるのがわかってて同じ店で働くのもバカみたいだし。盗まれた日にちまで覚えてないし。そもそもあのアルバイト自体、幸翔(ゆきと)に会えたことを除けば、そこまで魅力を感じてるわけでもないし。


 ああでも、早朝でも夕方でも、短時間でも長時間でも働けるし、曜日固定じゃないから、予定入れやすかったんだよね……って、話逸れてる、アルバイトの話ではなくて、幸翔(ゆきと)とどう出会うかの話だってば!


 よし決めた。とりあえず、幸翔(ゆきと)の実家に行ってみよう。もちろん、見つからないように。陰からこっそり幸翔(ゆきと)やその家族の様子を見ていたら、アルバイト以外の自然な形で幸翔(ゆきと)に出会う方法を、思いつくかもしれないし。そもそも幸翔(ゆきと)がちゃんとこの世界にいるのか、姿を見て確かめておきたいし。

 何より、色々とぐちゃぐちゃ考えていたら、幸翔(ゆきと)に会いたくなってしまった。

 タイムスリップしてきて今日で6日目、もう丸5日、幸翔(ゆきと)の顔を見てないわけだし。

 幸い、今日は土曜日で、学校も終わって帰ってきたところだし、時間はある。

香耶(かや)、ごはんよ~」

母が呼んでいる。あ、そうか、今日は午前授業だったから、給食なかったんだった。


 昼ごはんを食べつつ、私は母にどうやって外出を切り出そうかと考える。

 小学生のひとりでの外出は、どこへ誰と何をしに行くか、保護者に伝え、許可をもらってからするものである。なおかつ、外出範囲は学区内の、ごく狭い範囲に限られる。


 幸翔(ゆきと)の実家に行くには、まずうちから最寄り駅までバスで20分、電車に乗って2駅、そこから歩いて30分なので、片道1時間くらいかかる。


 ちなみに私が大学生の頃には、自転車で10分のところに新しく最寄り駅ができるのだが、この世界は私が小学生の頃なので、まだ存在しない。せめて自転車で行ければ、言い訳作りやすいのに。


 ひとりで数時間出かけていても、バスに乗って駅まで行っても、不自然じゃない理由をでっちあげなければ。


 友達と遊ぶことにすると、バスに乗るのはおかしいし。普段おしゃれに興味のない本の虫(私)が、お洋服買いに駅ビルに行きたいって言うのも変だし。しかもひとりで。


 そうだ、図書館に行くことにしよう。市の中心にある市立図書館は、市の外れにある私の家からは、結構距離があるのだ。読書が趣味で本屋は好きな私だが、シーンと静かな図書館が苦手な私。でも、学校の課題とかなんとか言えば、母も納得してくれるだろう。

「お母さん」

「なあに?」

「今日、図書館に行ってくるね」

「あらそうなの、宿題か何か?」

「うん、そう」

「じゃあ、食器洗った後で良いなら、車で送ってってあげようか? また夕方に迎えに行くから」

「いいの? ありがとうっ」

疑われることもなく、あっさり許可が出た。しかも送り迎えつき。

 やったー……って、いやいや私、本当の目的地は図書館ではなくて幸翔(ゆきと)の実家でしょうが! でかける言い訳に使っただけの図書館まで、送ってもらってどうするのよ!

 

 迎えに来てくれるんじゃ、その時ちゃんと図書館から出てこないと不自然だ。

 今14時、ご飯食べて、片づけて、図書館まで送ってもらったら、図書館に着くのが14時半とか? 迎えの時間までに、図書館から電車と徒歩で幸翔(ゆきと)の家に行って、また図書館まで戻って来れるかな?

 送り迎え断る? いやでも、今更断るのも変だよ。


 どうしよう、図書館の最寄り駅から、幸翔(ゆきと)の実家の最寄り駅までって、何駅離れてたっけ。いやいや落ち着け、いくら幸翔(ゆきと)の実家が隣の市だって、10も20も離れてるわけじゃないんだし、数分の差のはずだ。幸翔(ゆきと)の実家にあんまり長居しなければ、大丈夫なはず。どうせ、陰からこっそり見るだけで、話しかけてどうこうしようとしてるわけじゃないし。


 不審に思われないように色々考えたくせに、結局不審に思われてしまいそうなリスクの高い行動をしようとしてしまっている自分に呆れつつ、昼食をすませる。


 母が食器を洗っている間に、出かける支度をする。幸翔(ゆきと)の実家に行くのが目的なので、本当は要らないのだが、学校の課題のため図書館に行くと言っている手前、社会科の教科書やノート、筆箱をバッグに詰める。あ、携帯なんて持ってないんだから、時計を忘れないようにしないとね。


香耶(かや)、支度できた?」

「できたー」

母の声に、部屋を出る。母と一緒に車に乗り込む。運転しながら、母が言う。

「お母さん、17時に迎えに来るから。図書館の入り口のところで待っててね。道路にあんまり車停めておけないから、早めに来てね」

携帯なんて持ってないから、ちゃんと待ち合わせ場所にいないと、本当に合流できない可能性があるからね。……って、17時?

「あれ、17時半じゃないの?」

5月だから、防災行政無線の良い子は帰りましょう、のチャイムは17時半のはずだ。

「17時半に迎えに行ってたんじゃ、18時の夕飯に間に合わないかもしれないでしょ。夕方は道も混んでるし」

「そっかあ」

家から図書館までは車でせいぜい20分くらい、だから17時半に迎えに来てもらっても18時に間に合うと思うのだが、母がそう言うなら、送り迎えしてもらってる分際でわがままは言えないね。

 ああ、こんなことになるなら、バスで図書館に行くって言えば良かった……と思うが、今更だ。

 17時半か、戻って来れるかな。幸翔(ゆきと)の実家までの道、うろ覚えなんだけど。


 そうこうしているうちに、図書館に着いた。

「ありがとね」

「いいのよ、気をつけてね」

仕方ないとは言え、嘘をついていることに心苦しさを覚えながらも、図書館に入る。そして、車が走り去ったのを確認してから図書館を出て、駅に向かった。


 交通ICカードを出そうとして、あ、持ってないんだった、と気づく。切符売り場の乗り換え案内図を確認し、切符を買う。

 ちょっと前まで切符が当たり前だったのに、面倒くさい。まあでも、チャージしてなかったとしたら、切符買うのと手間は一緒か。いつの間にか、交通ICカードが当たり前になってしまったなあ。この頃ってまだ、交通ICカードなんて存在してないのかな。それとも、早いところでは使われていたりするのだろうか。

 そんなことを考えながら、改札を通る。


 時刻は14時40分。図書館から3駅離れたところに私の実家の最寄り駅があり、さらに2駅先に幸翔(ゆきと)の実家の最寄り駅がある。だから、図書館まで送ってもらったことによって、余計に離れてしまったわけだ。

 でも、迎えの時間までおよそ2時間半ある。真昼間で本数が少ないのか、次の電車は15分後だけれど、そんなに焦らなくても大丈夫だろうとわかり、ほっとする。


 どちらかと言うと、お金の面でシビアだ。交通費は数百円とは言え、月1500円のお小遣いの小学生の身には正直キツい出費だ……などと考えているうちに、幸翔(ゆきと)の最寄り駅に着いた。改札は1つしかないので、迷わない。


 帰りはどのくらい時間に余裕があるかわからないので、今のうちに帰りの切符を買ってしまう。なくさないように、バッグの内ポケットにしまう。


 さて、幸翔(ゆきと)の実家へは3回しか言ったことがない。3回「も」行けば大丈夫だろうと言われてしまうかもしれないけれど、3回中2回は、お義父さんに車で送り迎えしてもらったから、道なんて見てないのと一緒だし、歩いて行ったことがあるのはつき合ってまだまもない頃で、6年ほど前のこと。しかも、私は重度の方向音痴。スマートフォンもないので、地図アプリで自分が今どこにいるかを調べることもできない。あんまり道に迷っている暇もないが、無事にたどりつけるだろうか……?


 駅を出て、大通りに出る。しばらくは、線路に沿ってひたすらまっすぐ進むだけなので、わかりやすい……はずが、方向音痴を発揮して、一度反対方向にまっすぐ進みかけた。でも、景色に見覚えがないことに気づいて、すぐに引き返すことができた。セーフ!


 15分ほど進む。そろそろ右に曲がるはずだ。以前行った時は、ガソリンスタンドが目印だったんだけど……。ああ良かった、あのガソリンスタンド、ちゃんとある!


 何とか道路とか、何本目の道とか、どっちが北だとか、そんなのわからない。

 景色やお店で道を覚えているので、目印にしているお店が潰れたりすると、とたんに道がわからなくなってしまうし、地図は自分が進む方を上にしてくれないと、わからない。

 そんな人間なので、目印の有無というのは重要なのである。


 さらに道なりに進む。確か、どこかで左に曲がるんだよね……。どのへんだっけ……? 結構進んだはずなのに、左に曲がる道が全然なくて、不安になりかけたところで、見覚えのある住宅地が見えてきた。ああ良かった、ここを左ね。


 ええと、この辺りは住宅地で、いっぱい家が建ってるけど、この中のどれかのはず……。何番目とか覚えてないので、端から一軒一軒、確かめていく。


 あった! 黒い屋根にピンクベージュの壁のお家。駐車場には、赤い車が1台。庭には犬小屋があって、黒柴のワンちゃん、クロがいる。表札を一応確かめる。「武田」、合ってる。やった、たどり着いた!


 ここで、ちょっと冷静になる。私のやってることって、ストーカー?

 いやでも、あとをつけて住所を特定したわけじゃないし!

 家の場所だって、未来の幸翔(ほんにん)から直接招待してもらって、知ったわけだし!

 ていうか、未来の奥さんだし!

 と、誰に対してかよくわからない言い訳をしてしまう。


「わんわんわんわん!」

クロが、まっすぐ私の方に走ってくると、激しく吠え始めた。門越しとは言え、飛びかかられそうだと心配してしまうくらいの勢いだ。私のこと、不審者だと思ったのかな? 怪しい人じゃないよ~!


 私と幸翔(ゆきと)が結婚する数ヶ月前に、老衰で亡くなったクロ。私は一度しか会ったことなかったけど、おとなしくてお利口さんなワンちゃんだった。私が当時会ったおじいちゃんなクロもかわいかったけど、子犬時代のクロにも会えて嬉しいよ。かわいいっ、元気いっぱいだ。吠えないで~!


「クロ―? そんなに吠えて、どうしたのー? 誰か来たのー?」

まずい、この声は、お義母さんだ!


 今の私はまだ武田家とは何の関係もないし、関わるための言い訳も思いついていない。今、出会ってしまって、未来の結婚相手とその家族に「変わった子」と思われるわけにはいかない! 私はとっさにしゃがんで、武田家の塀の陰に隠れた。


 カラカラとテラス戸を開ける音。門にへばりつくようにして、ずっと私に吠えていたクロが、一目散に駆けていくのが、鳴き声と足音でわかった。

「クロ、どうしたの? 誰もいないじゃない」

「散歩でも行きたいのか?」

お義母さんと、男の子の声。幸翔(ゆきと)かな? それとも弟の健翔(けんと)くんかな? 私は小学生の頃、幸翔(ゆきと)と会ったことはなくて、声変わり前の彼の声は知らないから、幸翔(ゆきと)健翔(けんと)くんか、区別がつかないのだ。


「わんわん、わわん!」

「よーしよしよしよしよし、どうしたー、クロ?」

「わんわん!」

「よしよし、かわいいぞー、クロ―」

「どうしたのよクロ、そんなに吠えてー。ご近所迷惑でしょ?」

「じゃあ俺、クロの散歩行ってくるよ」

「本当? ありがとう、幸翔(ゆきと)。でも、今日は塾の日だから、間に合うように帰ってくるのよ?」

「わかってるよ、じゃあ今から行ってくる」

幸翔(ゆきと)だったらしい。

 土曜日まで塾とは、お疲れさまでございますー。

 て、散歩? 今から? まずい、このままじゃ見つかっちゃう!


 私はしゃがんだまま、そろりそろりと門の隙間からのぞいて、2人がこちらを見ていないことを確認すると、全速力で、でもなるべく音を立てないように、走ってその場を離れた。

 見られてないか気になるが、振り返ったところを見られたら余計に不審に思われてしまうので、振り向かない。

せっかく来たのだから、幸翔(ゆきと)の顔くらい見てから帰りたかったけど、チラッと横顔を見ただけで退場だ。


 目いっぱいの力で走ったので、ほんの数分で、私は呼吸が苦しくなってしまい、立ち止まった。ゼイゼイ、ゼイゼイ。ぴちぴちの小学生だというのにこんなにも体力がないとは、我ながら情けないが、昔から運動は嫌いで、本ばっかり読んでいたわけだから、無理もない。


 ん? ここでようやく私は、自分が見知らぬ道に立っていることに気づいた。あれ? 道、間違えた?

 とりあえず、今まで来た道を引き返す。

 あ、やだ、右に曲がらなくちゃいけないところを左に曲がってた!


 すぐに正しい道に戻れてひと安心。て、あれ、幸翔(ゆきと)とクロだ!

 せっかく、幸翔(ゆきと)達に姿を見られないように走って逃げたのに、道を間違えて元の道に戻ったりしてるうちに、幸翔(ゆきと)達がこの辺まで来てしまったようだ。

 まあ、この辺も何も、幸翔(ゆきと)の家のすぐ近くだしね。

 とりあえず、電柱の陰に隠れて、幸翔(ゆきと)とクロが行ってしまうのを待つ。

 幸い、駅とは逆方向に向かったようなので、私はまた走り出す。のどは渇くし、教科書やノートを入れた鞄は重たい。お茶でも飲んで、少し休みたいところだが、こんなに幸翔(ゆきと)の家から近いところでモタモタしていて、散歩中の幸翔(ゆきと)達とまた鉢合わせしたら大変だ。頑張って足を動かす。ああ、こんなことなら飲み物を持ってくれば良かった。


 やっと駅に到着。ちょうど電車が来るところみたい。帰りの切符を事前に買っておいた私、グッジョブ! ホームまで走りたいところだが、もう疲れちゃった。気持ちだけは急いで、エスカレーターを歩いて昇る。ちょうど発車するところだった電車にすべりこみ……って、ああーっ! 間に合わなかった! 無情にも目の前で閉まってしまったドア。「危ないので駆け込み乗車はおやめ下さい」のアナウンス。私のことですね、ごめんなさい。私を置いて走り出した電車。ああー……。


 時刻は16時23分、電光掲示板を見ると、次の電車が来るまであと15分もある……って、ここ、反対方向のホームじゃん。間違えた!

 さっき電車に乗り損ねて良かった。乗れちゃってたら、余計遠ざかるところだった。

 こんなことしてる間に、電車が来てしまったらどうしよう、とハラハラしながら、さっき昇ってきたばかりのエスカレーターを歩いて降りて、反対側のホームへ向かう。


 時間通りに来た電車。今度は駆け込んだりせずに落ち着いて乗り込むことができた。がら空きだったので座席に座ったが、どうしてもそわそわしてしまう。乗ってしまえばもう、自分がどんなに焦ったところで電車が速くなるわけではないのに。

 ここから図書館の最寄り駅まで15分くらい、駅から図書館まで歩いて5分くらい。お母さん、こういう時はたいてい早めに来るからちょっと心配だけど、17時には余裕で間に合う。

 わかってはいるのだけれど、母の迎えまでに図書館に戻れなかったらと思うと、不安で仕方がない。


 ようやく図書館の最寄り駅に着いた。そう大きくない駅なのに、なぜか今日は混んでて、ホームから改札まで人、人、人で、急いでいるからって走るわけにもいかない。走るどころか、人の流れに従ってゆっくりと、一歩ずつ進んだり止まったりを繰り返しながらしか動けないことに、イライラしながら改札まで進む。やっとの思いで駅を出て、図書館まで走った。


 図書館の出入り口に到着。付近に、うちの車は停まっていなかった。

 時刻は16時50分。良かった、間に合った!

 なんとか、「図書館に行くと言って、こそこそと別の場所に行っていた不良娘」にはならなくてすんで、ほっとする。

 図書館前を走る車を見つつ迎えを待つ。5分ほどで母の運転する車が到着した。すぐに乗り込む。

「お待たせ―。もう待ってたの、早かったね」

「うん、待たせると悪いから、早めに出てきた」

「あらそう。宿題は終わった?」

「終わったよ」

「そう、良かったね。本は借りたの? 来週も行く?」

「ううん、借りなかったから、大丈夫」

そう答えてから、来週末も幸翔(ゆきと)の家に行くなら、図書館で本を借りたことにしておけば良かったと思ったが、まあ今更訂正できないので、諦める。まあ良いか、借りた本見せろって言われたら困るし。


 今日は、未来の夫の家に行ったは良いが、未来の夫とお義母さんに見つかりそうになって、慌てて逃げるという、意味不明な上に時間もお金も無駄な行動になってしまった。

 しょぼん。

読んでいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ