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父と夫

「ごはんだよーっ」

私が呼びかけると、リビングでくつろいでいた祖父、祖母、父が着席する。

 できあがった料理をテーブルに並べていると、弟がお茶をくむのを、妹がごはんをよそるのを手伝ってくれた。

 祖母が、私と妹には触れず、弟のみをひたすら褒めた。

「男の子なのに偉いねえ」

と。


 母が実家に帰って今日で4日目。昨日、母方の曾祖母が亡くなったと、母から連絡があった。母の帰省は一週間の予定だったが、場合によっては延長かもしれない。

 父方ではなく母方の実家ということで、私達曾孫は、お通夜諸々には出席しないことになった。

 父方とか母方とか関係あるのか? という感じだけど。

 会う頻度は少なかったけど、遊びに行けばかわいがってくれた曾祖母。それなのに、涙も出ない私は薄情なのだろうか。

 

 母がいない間の家事は、大変だけれども、なんとかぎりぎりまわっていた。

 最低限、毎日やらなくてはいけないのは、ご飯作りと後片づけ、掃除(フローリングワイパーがけと風呂掃除のみ)、洗濯。

 フローリングワイパーをかけるのと洗濯機をまわしたり洗濯物を干すのは、主に朝、学校に行く前。ご飯関係と風呂掃除と洗濯物を畳むのは、学校から帰ってきてからが多い。

 当然、放課後遊んだりする余裕などなく、学校が終わったらすっとんで帰り、家事をこなす日々だ。

 もし不備があったら、祖母と父は待ってましたとばかりに母を非難するだろうから、必死だ。

 小学3年生の弟と、小学1年生の妹が、意外としょっちゅう手伝ってくれたのは大きい。風呂掃除は弟が、洗濯物を畳むのは妹が、ほぼ毎日やってくれていた。

 

 一番のネックはご飯作りだった。


 まず、たくさんおかずを作らなくてはいけない、夕飯。

 何が大変って、まず食材を買うこと。スーパーの位置が、うちから小学校を通り越したところにあるので、一度家に帰ってからスーパーに行くのがすごく面倒くさいし。かと言って、学校帰りの寄り道は禁止されているので、スーパーに寄ることもできないし。そもそも、徒歩か自転車で行くしかないから、大した量を買えないし。


 これは、出発前の母に買いだめしておいてもらうことで、解決した。

 もちろん、一週間分の食材を全て購入して冷凍・冷蔵するのは、冷蔵庫のキャパ的にも難しいし、食材によって冷凍に不向きだったりするから難しい。

 でも、常温で長期保存が可能なじゃがいも、にんじん、玉ねぎと、小分けにして冷凍できる肉、魚が揃っているだけでも、かなり楽になった。

 多少の買い足しは、自転車でスーパーに行けば解決するし。

 でも正直、お惣菜やカップ麺に頼れないのはかなり痛い話だった。


 朝ご飯、昼ご飯も用意しなくてはならないが、昼は学校に行っていて私は不在だし、朝は洗濯などで時間がない。

 幸い朝と昼は夕飯ほどのクオリティーと品数は求められないので、夕飯を作る時に、料理は7品、8品作りはするが、夕飯時に出すのは4品、5品程度にとどめておいて、残りの数品を朝や昼用にまわすようにしていた。

 また、夕飯の残り物を出したり、夕飯を作るついでにチャーハンやオムライス、雑炊、カレーなど、一品でどうにかなる系の料理を大量に作り、それを次の日の朝や昼にまわしたりもしていた。


 祖母と父は、基本的に連続で同じ料理を食べたくないという人達なので、前日の残り物をそっくりそのまま出すと、文句を言う。だから1品か2品は、新しい料理を出すなり、残り物を別料理にアレンジするなりする必要があった。


 しかも、たとえば1回の食事の料理が、肉じゃがとぶりの照り焼きのように味つけがしょうゆかぶりしていたり、肉じゃがの次の日にカレーというように材料がかぶっていると、それも文句を言われることになるので、結構頭を使う作業だった。


 さらに祖父と祖母と父は、パンが嫌いなので、朝ご飯に食パンを焼いて、というわけにもいかなかった。ちなみに何で嫌いかって、腹にたまらず、全然食べた気がしないからだそうだ。さ、さいですか。


 今日の夕飯はからあげ、筑前煮、温野菜サラダ、かぶの味噌汁。

「ん? このからあげ、うまくねえな」

誰よりもたくさん、からあげを食べながら、文句を言うのは父だ。

「カラッとさが、いまいちだぞ。べちゃっとしたからあげなんか、おいしくない」


 ムカつくけど、確かに一部、いまいちな出来となってしまったからあげがあるのは事実なので、言い返せない。


 父と祖母は、揚げ物だからもたれるとかそういうこともなく、ひとりで2人分食べるような人達だ。だから、私は残りを明日の朝にもまわせるのを期待して、10人分相当の量のからあげを揚げた。

 だが、あまりに量が多いので、油の温度がどうにも上がりすぎてしまい、鶏肉部分に充分に火が通っていないのに衣部分ばっかり先に火が通ってしまったからあげが、いくつかできてしまった。

 それらのからあげを無駄にしないために、私はレンジでチンをして火を通した。

 そのレンジでチンをしたからあげが、べちゃっとからあげになってしまったのだ。


 べちゃっとからあげは、なるべく自分で食べて、証拠隠滅したつもりだったのだけど、いくつか残っていたようだ。

 なるべく何回かにわけて揚げるようにして、適温で揚げられるように頑張ったんだけどなあ。

 結婚してからは、2人分だから問題なく揚げられてたのに、くやし~い。


 食べ終わったら、家族はくつろぎ始める。

 私も、学校から帰ってきてからノンストップで、昼間に祖母が使った食器を洗ったり洗濯物を取り込んだり、ご飯を作ったりしていたから、食器を洗うのはちょっと休んでからにしようと思っていると、

「いつまでも座ってないで、さっさと片づけちまえよ」

と父に言われてイラッとする。じゃあ自分がやってよ!ってね。


 ああ、私がやり直し前の人生で、家事の手伝いをあまりしてこなかったのって、母に手伝いを断られたことだけじゃなくて、こういう父の言葉のせいでもあったなあ、と思い出す。


 うちは、「家事は女の仕事」という考えが強い家だった。私や妹は家事の手伝いをしないと、「女のくせに」とよく言われた。特に私は、それに加えて「お姉ちゃんなのに」と言われることも多く、すごくストレスだった。

 母がいない時は、料理も掃除も洗濯も、全てが私達娘の仕事。それが当たり前。


 そのくせ弟が、ごくたまーに畳まれた洗濯物を自分でタンスにしまおうものなら、べた褒めされるのだ。

 ずるいっ!


 大人だった頃の記憶を持ったまま小学生の頃に戻って、父を見ていると、つい幸翔(ゆきと)と比べてしまう。

 幸翔(ゆきと)も父のように、まずい時はまずいと言う人だ。それは別に良い。まずいのは事実だから。


 幸翔(ゆきと)は、実家が共働きだったこともあって、家事は女の仕事、という意識はない人だ。

 でも、私が家事をしなくても文句は言わない代わりに、家事をしろと言われることが嫌いだ。

 あ、文句言うわ、靴下がないとかシャンプーがないとか言われたことあるわ。

 それはともかく。

 私がまだ働いていた頃も、すでにまとめたごみを、ゴミ収集所に持って行くことすら断られたりとか、とにかく家事をやりたくない人だった。


 私、夫が家事をしないこと自体は、そこまで文句はない。

 幸翔(ゆきと)は毎日のように終電、というような状態だったので、家事を頼もうにも時間的に頼めなかったし。

 父が全く家事をしない人だから、そういうものだと思っていたところがあるし。


 でも、幸翔(ゆきと)

「家事をしてくれてもお礼は言わないし、ありがたいとも思わない」

と言われたことがあって、それがすごくショックだった。


 私は家事の作業そのものは、決して好きではない。

 料理はまず献立を考えることからして面倒くさいし、洗濯だって、普段着とおしゃれ着を分けなくてはいけないのとか、脱ぎ散らかした服を回収するところからスタートなのがだるい。

 掃除だって、毎日埃が積もる床はもちろん、窓や網戸だってすぐ汚れるし、ガスコンロだって使う度に綺麗にしないとすぐ汚くなるし、お風呂だって毎日掃除するだけではなくて定期的に風呂釜洗浄しなきゃいけないし、そういうことひとつひとつ、ちっとも楽しくない。


 大人になってから気づいたのだが、私にとって家事へのモチベーションが上がる時というのが、家族が喜んでくれた時だ。

 実家にいる頃、父や母にできないことを怒られるばかりで、喜んでもらえなかったことで、家事へのやる気は最低まで下がった。

 それが結婚して、自分の家事が夫の幸翔(ゆきと)のためになっていると思えていたから、苦手でも、仕事で忙しくても、家事を投げ出さずにすんだ。

 それが、流産でただでさえ落ちていたところに、「家事をしてもありがたくない」と言われたことで、ぷっつりと糸が切れてしまったらしい。


 ああ、と今更思う。

 私はあの時、傷ついていたのだ。

読んでいただきありがとうございました。

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