林間学校2
朝6時に起床。早寝しただけあって、何の問題もなくすっきりと目が覚めた。
私の寝ていたベッドの上段に寝ていたらしい美桜花ちゃんも、ちょうど起きたところだったので、2人でそ~っと部屋を出て、共用の水道へ顔を洗いに行く。
美桜花ちゃん、ほんと髪の毛まっすぐでさらさら。寝癖のひとつもなくて、寝起きだと思えないくらい。私はくせっ毛だし、髪が太くて多くて、すぐモサモサになってしまうから、羨ましい……!
部屋に戻って、私と美桜花ちゃんが着替え終わっても、さっちゃんと朋ちゃんはまだ寝ていた。昨日、おしゃべりで盛り上がって、夜更かししたのかな?
もっと寝かせてあげたいところだけど、7時に外集合で体操しなくちゃいけないので、そろそろ起こさないとね。
起きてくださーいっ、朝ですよーっ。
起こしてあげたというのに、眠いのに強制的に起こされて不機嫌だったさっちゃんと朋ちゃんに、若干イラッとしたけど、体操の時に好きな人に会うのに、寝癖やら目ヤニやらダサい服やら残念な姿というわけにはいかない、と必死に支度をする乙女達は可愛いよね、ということで許す!
体操の後は朝食。
ほっと息つく暇もなく、ハイキングに出発だ。
私としては、バスから降りてこの宿泊施設に来る時に、さんざん歩いたんだから、もう充分だよハイキングいらないよ、という気持ちだが、ひとり勝手な行動をするわけにもいかないので、もちろん参加する。
ゴールの川で水遊びをする予定になっているので、水筒に加えて、サンダルやら着替えやらバスタオルやら荷物が多くて、しんどい……。
道は平坦というわけではなくて、たまに上りだったり、下りだったりするし、草や枝で滑るところもあるから気をつけて歩かなくちゃいけないし、結構歩くの疲れる。前も後ろも木、木、木で、景色が代わり映えしなくて、しかもクラスごとに歩いてるんだけど、私達3組だから先頭の様子がわからなくて、ゴールが見えないのも、疲れる理由かも。
例によってさっちゃんと朋ちゃんは、男子達のところへ行ってしまったので、私にとって美桜花ちゃんだけが支えだ。
自分の荷物に加えて、私の水筒まで持ってくれて、私の歩調に合わせてゆっくり歩いてくれて、励ましの言葉までくれる美桜花ちゃん。全然バテた様子もない。うう、ありがとう、申し訳ない……。
2時間ほど歩いただろうか、目的地の川にたどり着いた。川といっても、森の中にちょろちょろと水が流れてる、というレベルの小さい川で、深くなった危ないところもない。
皆、靴下を脱いでサンダルを履き、水をかけあって遊び始める。さっちゃんと朋ちゃん、湊くんと真之介くんも、4人できゃっきゃきゃっきゃ、楽しそうだこと。
なんかすごいびしょびしょだけど、大丈夫かしら。
私は疲れてしまったし、中身が28歳、いやこの間誕生日だったから29歳か? とにかく大人なもんで、あまりはしゃぐ気にはなれず、申し訳程度にバシャバシャしたら、すぐ川からあがってしまった。私のペースにつきあってくれる美桜花ちゃんには申し訳なかったけど、体力のなさはどうにもならなかった。私に声をかけるクラスメイトはいても、美桜花ちゃんを誘おうとする子はいなかったので、2人で濡れないところに座って、集合時間までおしゃべりしていた。
ハイキングから帰ったら、昼食。バーベキューだ。
たくさん歩いて疲れているというのに、休む間もなくバーベキューのために火の準備やら食材の準備やらしなくちゃいけないのか、なんて心の中で文句たらたらの私。
一方美桜花ちゃんは、とろとろしている私を怒ることもなく、穏やかな笑みを崩すことなく動いていて、本当に頭が下がります。役立たずでごめんよ。
バーベキューの後は自由時間。
その後お風呂で、夕飯後はキャンプファイヤー。
踊りたい人だけ踊れば良いと思うのに、最低でも異性と1曲、同性と1曲は踊らなくてはいけないのはなぜなんだ。私は班の人達、つまり美桜花ちゃん達と踊ったけど、私すさまじい運動音痴だから、こういうのすごくやりたくない。
キャンプファイヤーのダンスくらいで、そんなに運動神経関係あるか? なんて思われるかもしれない。でも、音楽を聞きながら相手の顔を見ながら、次は腕を上げるとか足をどっちに動かすとか、そんなことを考えるのが、私のようなひどすぎる運動音痴にとっては、すごく難しいのだ。あ、リズム感がないってことになるのかな? 振りつけを覚えるのも苦手。
踊っている間中、自分の下手さが気になりすぎて、ペアの人が嫌にならないかなって思っちゃうし、そもそも男の子とおててつないで踊るっていうのがハードル高いよ、手汗も心配だし。別に好きな人とかじゃなくても、異性とそう気軽に手はつなげないよ、なんか恥ずかしいじゃない。
これは別に、中身が28歳いや29歳だから、そう思ってるわけじゃなくて、当時からそう思ってたんだけどね。
2曲さえ踊れば、あとは踊りたい人だけが踊れば良いので、私は引っ込んでおく。
さっちゃんと朋ちゃんに誘われて、ちょっと輪に加わったりもしてみたけど、その間美桜花ちゃんを放置してしまうことになってしまうのでやめた。
さっちゃんと朋ちゃんの美桜花ちゃんに対する態度が、相変わらず冷たいものなので、ひとりにしとけないし。
美桜花ちゃんと、キャンプファイヤーの輪からはずれて、端っこの方に座る。周りがはしゃいでいるのを眺めながらおしゃべり。
話題は、お互いの家族の話や趣味の話。
私、早寝だからテレビもあんまり観ないんだけど、そうするとどうしてもドラマとか芸能人とか音楽に疎くなるから、そうすると小学生の共通話題についていけないのよね。
さっちゃんと朋ちゃんも、アイドルがどうとか何とかっていう歌手がどうのとか、よく話してるしね。
聞く分には良いんだけど、自分も話さなくちゃいけないとか言われちゃうとキツいんだ。
その点、美桜花ちゃんも妹ちゃんの生活リズムに合わせた生活をしていることもあって、テレビをそんなにチェックしていないから、話が合って、私もラクなんだよね。
キャンプファイヤーが終わって、部屋まで戻ってきた時。
「ないっ!」
自分の前髪を触ったさっちゃんが、悲鳴をあげた。
「せ、関根さん?」
「どうしたの?」
「何がないの?」
私達が声をかけても、全然聞こえていない様子のさっちゃんは、血相変えて服のポケットを確認し、リュックをひっくり返し、ベッドを確認し、あっちこっち行ったり来たりしつつ、
「ヘアピンがないのっ」
と叫んだ。
「ヘアピン?」
「いつもあたしがつけてるやつだよっ。キャンプファイヤー行く時に前髪につけてたのに、ないのっ」
ああ、さっちゃんのお気に入りの、星のモチーフのついたアメピンか。
「本当につけてた? キャンプファイヤーの前にお風呂入った時に、はずしたんじゃない?」
私が訊くと、さっちゃんは
「絶対つけてた! あたし、外を探してくる!」
と部屋を飛び出そうとする。
慌てて美桜花ちゃんがドアの前で通せんぼして、私と美桜花ちゃんで腕をつかんで止めた。
「朋子、どいてっ。香耶、と、よ、吉岡さんもっ、離してよっ」
「おちついて、紗月ちゃん」
「外は真っ暗だから、危ないよ」
「も、もうすぐ消灯時間だから、先生にも見つかっちゃう……」
皆で説得したが、
「行くったら行くの! ほっといて!」
さっちゃんはどうしても、先ほどまでキャンプファイヤーをやっていたあたりを探しに行きたいようだ。
「そんなに大事なものなの?」
朋ちゃんがさっちゃんに訊く。
「あのピン、岬姉にもらったものなんだもん。失くしたなんて言えないっ」
とさっちゃん。
ああ、湊くんのお姉さんって、さっちゃんのバスケクラブの先輩だっけ。
なるほど、自分の先輩でもあり、好きな人の姉でもある人からもらったものじゃ、大事だよね。
「わかった」
私は腹を決める。
「さっちゃん、明日の朝まで待って。私も一緒に探すから」
「明日の朝? 早く行かないと、失くなっちゃうかもしれないじゃないっ」
「もう夜で真っ暗だもん。危ないよ?」
「……………………」
「それに、明かりがないと探せないけど、私達、懐中電灯とか持ってないでしょ?」
「……………………」
「明かりを持ってたとしても、真っ暗な外で明るくしたら、先生に見つかっちゃうし」
「……………………」
「ね? さっちゃん。お願い」
私がさっちゃんに拝むように両手を合わせてお願いすると、
「わたしも一緒に探すよ」
「皆で探したら、きっと見つかるよ」
朋ちゃんと美桜花ちゃんも言う。
さっちゃんは私達の顔を見つめていたが、ため息をつくと、
「わかった……」
とうなずいてくれた。
「明日、4時に起きて探すわっ」
4時!? 早っ!
動揺してぎょっとしてしまったが、せっかく納得したさっちゃんの機嫌を再び損ねてしまうと大変なので、慌てて表情を取り繕う。
「じゃあ、早く寝よっか」
と促すと、
「うん」
さっちゃんもあっさりうなずき、朋ちゃんと美桜花ちゃんも同意して、各々ベッドに入る。
こうして私達は、まだ先生の見回りも来ていない20時40分、明日のヘアピン探しにむけて、早寝することになったのだった。
「香耶っ、寝坊だよっ、起きてっ」
さっちゃんの声で目が覚めた。飛び起きて時計を見ると、4時20分。あれ? 目覚まし鳴った!?
「目覚ましは4時にちゃんと鳴ってたよ」
「わたし達が起きた時に、止めちゃったけどね」
美桜花ちゃんも朋ちゃんも笑ってる。
「ご、ごめん! すぐ支度するねっ」
皆はすでに準備を終えており、美桜花ちゃんなんて、4時よりもさらに早めに起きて、私達より先に浴場とか部屋とか廊下とか、探してくれたそうだ。外は私待ちだったそうなので、急いで顔を洗い、着替えて、髪の毛を結ぶ。その間、5分。
「お待たせっ」
朋ちゃんと美桜花ちゃんは「はや~い」と感心してくれたけど、さっちゃんは
「女の子のくせに、何なのよその雑な支度は」
と不満げ。えー、ちんたら支度してたら、それはそれで文句言うじゃないのよ、アナタ。
ともかく支度がすんだので、4人で昨日のキャンプファイヤーをやったあたりに向かう。
手分けして、地面をチェックしてヘアピンを探した。
ヘアピンなんてちっちゃいから、見つからないだろうなあ、なんて諦めの気持ちになりながらも、草と草の間に埋もれてないか、枯葉や枯枝の下にないか、探していく。
皆、無言で、ただひたすら手足を動かした。
10分もしないうちに、しゃがんでるのが辛くなってきた。
「はーあ」
一度立ち上がって、背伸びして、またしゃがむ。
ふー、さっちゃん、早く諦めてくれないかなあ。もちろん、ヘアピン見つかってほしいけどさ。
友達甲斐のないことを考えてる私をよそに、美桜花ちゃんが、一生懸命探してあげてるのが、本当に偉い。
言ってしまえば、自分を無視している人間の探し物なんて、手伝ってあげる義理もないのに。
あまりに熱心すぎて、汗で髪が顔にはりついてるし、膝も泥で汚れてるし、スカートもくしゃくしゃだ。
ああ、私ももう少し真面目に探さなくちゃ。
結局、6時半頃まで4人で探し続けたけれど、ヘアピンは見つからなかった。
7時の体操のために、人が集まり始めたので、いったん切り上げる。ヘアピンは見つけたいけど、さっちゃん愛しの湊くんに、ヘアピンを失くしたことがバレるわけにはいかないからね。
さっちゃんは相当おかんむりで、私も朋ちゃんも美桜花ちゃんも、さすがに焦っていた。
今日は林間学校最終日。10時にはここを出て、バスに乗らなくてはならない。時間がない。
これは、体操の後の掃除の時間と、帰りの準備の時間を返上して、探すしかないかな……。2時間半探して、見つからないんだから、外にある可能性は諦めて、美桜花ちゃんがすでに探してくれたとは言え、部屋とか大浴場をもう一度探すべきかな……?
「あ、いたいた、紗月~」
と、真之介くんがさっちゃんに話しかけてきた。湊くんと一緒じゃなくて、ひとりみたいだ。
「これ、落としただろ」
真之介くんがさっちゃんに渡したのは、きらきらした小さな星のモチーフがついた、小さなピン。私達がずっと探していた、さっちゃんのアメピンだった。
「! これ、どこにあったの!?」
「昨日の夜、このへんに落っこちてたぞ。キャンプファイヤーの時、落としたんじゃない?」
「ありがと、真之介! ずっと探してたのよ!」
「これ、岬姉にもらったやつだろ? 失くすなよー。あ、湊にはナイショにしといてやるから安心しろー」
良かったあ、ピン、真之介くんが拾ってくれてたとは!
朋ちゃんも両手を叩いて喜び、美桜花ちゃんも、自分が手を洗いに行く暇もなくなってしまったことも構わずに、ほっとして微笑んでいる。
真之介くん、欲を言えば、昨日の夜に持ってきてくれれば、今朝こんなに早起きしなくてすんだのだけど。
「昨日の夜、紗月達の部屋に行ったんだけど、電気消えてたから、渡せなかったんだよね。寝んの早すぎだろ」
あ、早寝を提案した私のせいですね、ごめんなさい。
こうして無事さっちゃんの機嫌も戻った。その後の体操、掃除、帰りの支度を終え、私達は何事もなくバスに乗ることができた。
4時起きしたり、地面に這いつくばって小さなヘアピンを探したり、大変ではあったけど、この出来事を通して、良い変化が起きた。さっちゃんと朋ちゃんが、美桜花ちゃんを無視しないようになったのだ。
自分達の方から積極的に関わりはしない。名前を呼ぶわけでもない。でも、美桜花ちゃんから話しかけられたら普通に答えるようになった。また、私を誘う時に美桜花ちゃんが近くにいる時は、美桜花ちゃんにも声をかけるようになった。私がバスで爆睡していた間も、多少はおしゃべりしていたみたいだし。
美桜花ちゃんが、さっちゃんの探し物に協力してくれたのが、良い印象を与えたのか。2泊3日、美桜花ちゃんと関わる機会が増えたことで、悪い子じゃないと思ったのか。
理由はどうあれ、2泊3日の林間学校の帰りのバスの中という、とても短い時間だけど、私以外に話ができる人が増えたことに、美桜花ちゃんは喜んでいるようだった。
こうして、林間学校は終了した。
読んでいただきありがとうございました。