林間学校
今日から2泊3日で林間学校。
林というか森というか山というか、そんな感じのところにある宿泊施設に5年生全員でお泊まりして、ハイキングだのカレー作りだのをするイベントだ。
宿泊先までは、学校から山のふもとまではバス。
隣は、吉岡さん改め美桜花ちゃん。最近、お互い名前呼びできるようになったのだ。やったね。
ちなみに、私達の後ろがさっちゃんと朋ちゃんで、さっちゃんと朋ちゃんの通路挟んだ隣が湊くんと真之介くん。
彼らはさっそくお菓子交換なんかしたりして、楽しんでいるようだ。
私達もおしゃべりを楽しもうかね、と美桜花ちゃんを見ると、彼女は居住まいを正して
「香耶ちゃんに話があるんだけど、ちょっと良いかな?」
と固い表情で言った。
「う、うん、どうしたの美桜花ちゃん」
「あのね、8月に隣の市に引っ越すことになったの。クラスの皆の前で挨拶はしないで、夏休み明けの新学期に、先生から転校したことを伝えてもらうことにする。クラスの人ともほとんど話したことがないし、わたしとの別れを悲しむ人なんていないと思うから。でも、香耶ちゃんにはお世話になったから、事前に伝えておこうと思って」
「え……」
とっさに言葉が出てこなかった。
そうだった、美桜花ちゃんは4年生の時に転入してきて、5年の時に転校してしまったんだった。人生やり直し前には美桜花ちゃんとほとんど話したことなかったし、最近は美桜花ちゃんと仲良くなれたことにうかれていたから、転校のこと、すっかり忘れていた。
「わたしとの別れを悲しむ人なんていないと思うから」だなんて。たまらなかった。
確かに今、クラスで美桜花ちゃんと関わりを持つ生徒は、私と、同じ班の男子2人以外、いない。
美桜花ちゃんを不良として嫌っているのは主に女子だけれど、男子も美桜花ちゃんに対して好意的なわけではない。無視はしないけど、自分から話しかけたりはしない、という程度だ。
確かに今の状況では、自主的に美桜花ちゃんに、お別れのお手紙を書こうとかお別れ会を開こうとか、そんな風に考えるクラスメイト達がいるとは思えない。
先生に、やりましょうと言われたら、お手紙でもお別れ会でもやるだろうけど、こういうのって強制されてやっても意味ないし。
このままでは、夏休みが明けて二学期が始まってから、美桜花ちゃんが転校したことを先生から聞かされることになってしまう。
それで良いのだろうか。
何とか、この林間学校というイベントの間に、美桜花ちゃんの転校を悲しんでくれる子がひとりでも多く増えてくれないかと思ってしまうのは、余計なお世話だろうか。
というか、美桜花ちゃん。
「仲良くなった」ではなくて、「お世話になった」って。お友達と思ってたのは私だけだったの? ショックなんですけど!
「あ、ごめんね、せっかくの林間学校なのに、こんな話して。忘れてね」
私がいつまでも黙っていたせいか、美桜花ちゃんが慌てたように言った。
いけないいけない、何やってるんだ私は。
「ごめん美桜花ちゃん、違うの、びっくりしたのと、ショックだっただけ。あの、良かったら引越先の住所、教えてもらえる? 手紙書くよ! あと遊びに行くからねっ」
何しろ携帯なんて持ってないしね。
「本当!? 引っ越しても、仲良くしてくれるの?」
ぱっと笑顔になる美桜花ちゃん。
「もちろんだよー。お友達だもん」
「ほ、ほんとっ? でも今、住所わからないや……。どうしよう……。夏休み中に引っ越すから、もう学校じゃ会えないし……」
「あ、じゃあ私の住所教えるから、手紙書いてほしいな」
私はリュックサックからメモ帳を出して1枚ページを破ると、家の住所と電話番号を書いて美桜花ちゃんに渡した。
「ありがとう……!」
目をきらきらさせて喜んでくれる美桜花ちゃん。そんなに喜んでもらえるなんて、光栄だわ。
その後、さっちゃんと朋ちゃんにトランプをやろうと誘われたので、美桜花ちゃんも誘って4人で遊んだ。
美桜花ちゃんに悪かったかな。私は美桜花ちゃんと普通に話すのだけれど、さっちゃんも朋ちゃんも、美桜花ちゃんとは全然話してくれないんだよね。何て言うか、私の横に美桜花ちゃんがいても、いないみたいに、私だけに話しかけるの、2人とも。美桜花ちゃんから話しかけられたら、一応無視はしないけど、美桜花ちゃんも自分が避けられているのがわかってるから、2人にわざわざ話しかけたりもしないし。
こんなことなら、さっちゃん達からのトランプの誘いを断れば良かったかな。でもそれはそれで、私とさっちゃん達との仲に影響しちゃうかもしれないし。私、美桜花ちゃんともさっちゃんとも朋ちゃんとも仲良くしていきたいのだけれど。
そんなことをぐるぐる考えながらトランプしていたせいか、いや確実に、進行方向とは逆向きに、背もたれに抱きつくように座って、後ろに座るさっちゃん、朋ちゃんとトランプやったりしてたせいだね、バス酔いした……。
ただでさえ気持ち悪いのに、カーブの多い道をぐにゃぐにゃ進まれているところで、もう私、どうしたら良いかわからないよ。
ビニール袋を握りしめ、靴を脱いで椅子の上に膝を抱えて座り、吐けそうで吐けない微妙すぎる時間。つらい……。
酔いやすいくせに調子に乗っていた自業自得だね。
美桜花ちゃん、窓際の席を譲ってくれた上に背中さすってくれてありがとう……。
やっと山のふもとに到着。ここから宿泊施設のあるところまで、リュックを背負って歩く。
結局吐けなくて、バス酔いが治ってないというのにこれはきつい。
というか、一応道になってるとは言え、枯葉、枯枝もすごいし、虫もいっぱいいるし、元気でもきっと歩きにくいわ。
最初はさっちゃんと朋ちゃんも、「大丈夫?」なんて言って心配してくれたのだけど、湊くんと真之介くんを見つけたら、あっさりそちらに行ってしまった。ずっと一緒にいてくれたのは美桜花ちゃんだけだよ。よろよろ歩く私に寄り添って歩いてくれて、ありがとう!
宿泊施設に着いたら、せっかく目的地に到着したというのに、中には入らずに、施設の前にレジャーシートをひろげて、皆でお弁当。
お弁当は各自持ってきたものだけど、どの子もお弁当箱ではない。おにぎりはラップでくるまれ、お箸は割り箸。おかずはあの名前なんて言うのかわからないけど、スーパーでお惣菜を入れるのに使うプラスチックの容器に入っている。
「お弁当箱は洗えないので、持ち込み禁止。今日のお弁当は各家庭で、ラップとか割り箸とか、そういうものを用意して持ってきてください」という学校からのお達しで、容器や箸は捨てられるものじゃないといけないのだ。
それなら市販のお弁当とか、コンビニのパンとかにすれば良いのに。
学校め、そこまでして手作り推奨しなくても。ただでさえ朝早くからお弁当作んの、大変なんだぞー。お母さん、ありがとー。
だいたい山の中とはいえ、テントでキャンプではなくて、建物に泊まるわけだから、水道はあるし、お弁当箱くらい自分で洗ったって良いじゃない。小学5年生なら、男の子だってお弁当箱くらい洗えるよ。てか洗おうよ。
お昼ご飯中、さっちゃんと朋ちゃんが、美桜花ちゃんと仲良くなったら良いと思って、ひとり端っこに座ろうとする美桜花ちゃんを引き留めて私の隣に座ってもらって、一緒に食べてみたのだけれど、さっちゃんも朋ちゃんも、私とは話すのに、美桜花ちゃんとはしゃべろうとしなかった。ダメかー。
まあ彼女達、バスでもトランプやろうって、私には言ったのに美桜花ちゃんのことは誘わなかったし、そうじゃないかと思ったよ。これ以上、無理に仲良くさせようとしない方が良いかもなあ、残念。
悔しくはある。
美桜花ちゃんはこんなに良い子なのに、見た目だけが理由でのけ者にされるなんて。
この間打ち明けてくれたのだけれど、やっぱり明るめの茶色い髪の毛は地毛みたいだし。
遅刻、早退が多いのも、クラスメイト達から避けられる理由のひとつだけど、それも、サボっているわけじゃなくて。母子家庭でしかも幼児の妹がいるから、どうしても仕事を抜けられないお母さんの代わりに、保育園に迎えに行ったりしてるからなのに。
でも、そういうおうちの事情を、私が勝手に他の人に話すわけにはいかないし。
美桜花ちゃんに、クラスの子達にそういう事情を話しちゃダメかな? と訊いてみたこともあるのだけど、言いたくないって。
お昼ご飯の後は掃除。
ほこりっぽくなってるから雑巾がけとかね。
相変わらず、さっちゃんと朋ちゃんは美桜花ちゃんを無視して、私とだけしゃべろうとするから、それじゃああんまりだと思って、美桜花ちゃんに配慮しようとすると、どうしてもさっちゃんと朋ちゃん、私と美桜花ちゃんの2人ずつに分かれがちだ。美桜花ちゃんも、2人に対しては萎縮しがちだしね。
美桜花ちゃんの言葉をさっちゃん達が無視するのなら、無視しないでって言えるのだけれど、さっちゃん達は、美桜花ちゃんの存在そのものを無視するというか、いないものとして振る舞い、私にばかり話しかけるものだから、4人でいても、美桜花ちゃん以外の3人でおしゃべりすることになってしまうのだ。
泊まる部屋は、私と美桜花ちゃん、さっちゃんと朋ちゃんの4人で1部屋だ。
どうでも良いけど、なんで二段ベッドなんだろ。二段ベッド2つなんて、威圧感半端ないんですけど。ただでさえ狭い部屋なのに。泊まりがけの学校イベントといえば、大きめの畳の部屋に大人数で雑魚寝じゃない? はっ、もしやお泊まりの定番、枕投げをやらせないため?
掃除が終わったら、ちょっと休憩した後、班ごとにカレー作り。
私は結局、包丁で皮むきができないまま今日を迎えてしまったので、じゃがいもとにんじんの皮むきは、美桜花ちゃんに全てお任せ。ごめんね、美桜花ちゃん。「これくらい任せて~」なんて言って笑ってくれる美桜花ちゃん、マジ天使。
皮むきで戦力外なので、私は切るの担当。じゃがいも、にんじん、玉ねぎ、全部私が切りましたとも!
煮込んだりするのは、主に私と美桜花ちゃんの2人でやったけど、男子2人も、私達に任せっぱなしにせずに、火を起こしたり、ご飯炊いたり、活躍してくれた。
やり直し前の人生では、この男子2人とからんだ記憶がないのだけど、男子達、良い子達だなあ。
クラスで孤立気味の美桜花ちゃんにも、態度変えたりしないし。
ご飯炊くのだって、炊飯器じゃなくて、飯ごう炊飯だから、手間かかるし難しいと思うのだけど、頑張ってやってくれたし。
ちょっと焦げちゃったところもあったけど、自分達がやったからって、私と美桜花ちゃんには綺麗に炊けてるところをくれたし。
あらやだ、紳士!
時折、さっちゃんや朋ちゃんも遊びに来て、ついでに湊くんや真之介くんも来たけど、私は班の子達と仲良くするのに忙しくて、あんまり相手にしてなかった、ごめん。さっちゃん、私にかまわなくて良いから、湊くんの攻略、頑張ってください。
皆で作ったカレーは、とてもおいしかった。昼ご飯食べてから大して間をあけずに野外炊飯になったから、食べられるか心配だったけど、作業中に食欲をそそるあの香りをかいでいるうちに、すぐお腹がすいて、もりもり食べられた。ちゃんと野菜に火が通ってるし、炊きたてご飯はふっくらやわらかいし。お肉はちょっと固いけど、まあ許容範囲でしょ。何より、班の皆で協力して作ったってだけで、おいしく感じるよね。
鉄板とか炭とか使うから、家庭でやる料理より数倍面倒くさい後片づけも、男子2人がサボらず頑張ってくれたおかげで、すごくスムーズにすみ、クラスで1番に終わってしまい、他の班の手伝いにまわったくらいだった。
カレー作りの後は、お風呂。
クラスごとに決められた時間に、順番に入る。
美桜花ちゃんは生理だから、大浴場入れないんだって。泊まりがけ行事と被ると辛いよね。
私はこの身体になってから、まだ初潮は始まってないのだけれど、そろそろ来るはず。
小学5年生と言えば、もう生理が来てる子もまだ来てない子もいる頃よね。
お風呂が終わったら、自由時間。
さっちゃんと朋ちゃんが、湊くんと真之介くん達の部屋に遊びに行きたいというので、美桜花ちゃんも誘ってついていく。
どうでも良いけど、やり直し前を振り返ると、小学5年生の時の林間学校では異性の部屋に行っても良かったのに、小学6年生の時の修学旅行では異性の部屋に行ってはいけないと言われたのね。
この1年の違い何なんだろうね。統一すれば良いのに。
それはともかく。せっかくのお泊まりイベントなんだから、遊ばないとね。
湊くん達の部屋で、皆でトランプ。
さりげなくさっちゃんを湊くんの隣に、朋ちゃんを真之介くんの隣に座らせる。カレー作りの時も話が弾んだみたいだし、さっちゃんと朋ちゃんの恋は、順調かな?
でも、たとえ好きな人の前でも、さっちゃんも朋ちゃんも美桜花ちゃんとは口を利かないのね。好きな人に、自分が他人を無視している様子を見られるって、マイナスだと思うんだけどね。あ、美桜花ちゃんのこと、不良だと思ってるから、不良と仲良しだと思われると自分のイメージが下がるとか、思ってるのかな? うーん、違うのに……。
湊くんと真之介くんは、美桜花ちゃんに特別優しくもないけど無視もしないけどなあ。
美桜花ちゃん、楽しいって言ってくれたし、確かに結構笑ってくれてるけど、自分を無視する人達と遊ぶなんて、しんどいよね。
やっぱり私もさっちゃんの誘いを断って、私と美桜花ちゃんの2人だけで部屋でおしゃべりでもしていれば良かったかなあ。
遊んでるうちに、話すようになったりしないかと思ったけど、甘かったか。
就寝時間ぎりぎりまで遊んで、でも見回りの先生に見つかる前に撤収。さっちゃんと朋ちゃんは、部屋に戻ってからもまだまだおしゃべりしていたけれど、私はもうギブアップ。二段ベッド、誰がどこで寝るなんて決めてなかったけど、入り口から見て右側のベッドの下段に勝手にもぐりこみ、おやすみなさい。時刻は21時過ぎといったところか。美桜花ちゃん、ひとりにしてごめんよ、でも睡魔には勝てぬ……。おやすみなさい。
読んでいただきありがとうございました。