第1話 始まりはタンスの整頓から
自分の願いを叶えることができる。それは、魔法の言葉。誰もがそう言われたら、手を差し伸べてしまうのではないだろうか。けれど、その手を伸ばした先に、見えなかった過酷な試練があったらどうするだろうか。 詐欺だ、聞いてない、やめる、と言うだろうか。けれど、手を引き抜きことはできない。
願いを叶えるというものは代償がつくのだ。
「さむいっ」
春というのに、冬のような寒さを感じる風が吹いた。私は、その寒い風に耐えれず、座りすぎで少し痺れている足を動かし、障子を閉めた。
この家は随分と古い家だ、床暖房もエアコンもLED電球もない。外壁もボロボロで隙間風も少し吹いている。けれど、そんな古い家には、新しい家にはない思い出が詰まっていた。
私は、なぜか懐かしい気持ちになり昔から色々なものを入れていた、というか詰め込んでいたタンスを整理していた。中は隙間のないほどに詰め込まれていて、出すのにも一苦労が必要だ。
中に入っているのは古いものばかり、壊れた黒電話、ガラケー、百円札などなど。一体なぜ入っているのだろう、と思うものばかりだった。
けど、そんなものを見るたびに思い出が一緒に蘇る。私が物珍しさにタンスから取り出しては、おばあちゃんにいつも聞いていた。これは何? あれは何? それを聞く度に、おばあちゃんは少し微笑みを浮かべて一つ一つ丁寧に教えてくれた。その姿を見て、お母さんは微笑んで、お父さんは俺にもわかるぞ、と威張っていた。そんな昔話。
今は、家にいるのは私一人になった。元から家族で住むには狭すぎる家だった、私一人でちょうどいいぐらいだ。けれど、一人でいるとなぜか広すぎるようにな感じた。頭の中で蘇る、笑い声や怒り声に泣き声、みんなの笑顔や照れた顔や呆れた顔、その全てが私の宝物で、この家を広く感じさせるのだ。
「多い……」
タンスの中身は、カオスの一言に尽きる、いろんなものがごちゃごちゃに詰まっていて、想像していた倍は大変だ。しかも、まだ取り出しているだけ、やっと3分の2取り出し終わった程度だ。
中にはビー玉やアイスの当たり棒などのゴミと思われるものもあって、それは捨てていった。いる、いらないをただ延々と繰り返す作業、私は飽きていた。しかし、一度やったもの、しかも中途半端なものを投げ出すのはなんとなく性に合わない、というか、気に入らない。私は、そんなことを考えながら、掃除を進めていった。
……抜けない。掃除の途中、物が引っかかり、取り出せなくなっていた。力強く斜めに引っ張るが、それでも抜けない。
「ど、どうして抜けないの? これでも、力には自信があるんだけど」
私は、顔が赤くなるほど引っ張る。力を込めるために、寝転び、一番下のタンスの引き出しに足を置き、思いっきりタンスを蹴る、それと同時に手に力を込め思いっきり引っ張る。
すると、手の力がいきなり抜けた。そう思うが否や、頭の上にいろんなものが落ちてくる。詰まっていたものが、何かが抜けた勢いで飛び出したのだ。
「いたっ!」
何か重いものもあったようで、頭に痛みの余韻が残る。私は、頭をさすりながら体を起こし、タンスから出てしまった余計なものをしまおうとする。
「もー、めんどくさいなぁ」
だるそうに体を起こすが、周りを見て驚いた。想像より、出ているものは少なくて一つだけだった。おそらく、これが詰まっていた原因だろう。私は、それを手に取る。大きくて、案外重いそれを、両手で持ち、膝の上に置いた。
「本?」
その本は古いようで、ほこりですっかり表紙が見えなくなっていた。私は、どんな本なのか気になり、手で本についているほこりを払いおとす。
けれど、同時に表紙もボロボロと崩れていく。
「わっわっわっ!」
表紙を払うのをやめ、急いで本から手を離す。
「だ、大丈夫だよね?」
私は、本を横から覗く。表紙はボロボロになってしまったが、中身は無事のようだ。
その時突然、本を読みたい欲求に襲われた。そして、それを拒む理由もなく、そのままその欲求に溺れた。
欲求に従うまま、本を開いた。
そこに書かれている文字は、突飛なものだった。
『君は、選ばれた』
「……なにこれ」
紙がよれて、黄ばんでいる白い紙に書かれていた黒い文字は、なぜかわからないが、恐怖を呼んだ。私は、背筋が冷たくなるのを感じ、本を閉じようとした。
しかし、奇妙な現象を目の当たりにし、閉じる手が止まった。黒い文字の下に、赤い血のような色で文字が書かれていくのだ。
「ひっ!」
私は、怖くなり閉じようとするが、手は恐怖を隠せず震え、うまく動かない。私はどうなっているかわからない原理で書かれていく赤い文字を読むほどの余裕もなく、書かれていく様子を見ているしかなかった。そして、文字が書き終わるが否や、その文字は紙に溶けていくかのようになくなった。
私は、終わったと思い、息をついた。しかし、同時に私の意識は誰かに切られたかのように途絶えた。
目が閉じていく中、最後に見えたのは、あの本だけだった。
ーーその本のタイトルは、『The Little Match Girl』