第1章『オリエンテーション』
もう四月だというのに灰色の雲が低くたれ込め、まるで冬のような寒々した天気が、これからおこなわれるオリエンテーションをなんとなく暗示しているかのようだった。
しかし海は穏やかで、快調に進む船は無事に目的地の島へと到着した。
ひび割れたコンクリート製の申し訳程度の船着き場に、船の乗客――三十人のジャージ姿の高校生とそれを引率する一人の男性教師が降り立った。
ここが、これから三日間のオリエンテーションをおこなう場所である、離れ小島だった。周囲わずか五キロメートルほどの無人島である。上陸した砂浜からは人工物はなにも見えない。かつては漁師の休憩地としての施設もあったが、今やそれはない。テントを張ってのサバイバルだ。
非日常を経験する機会に、もう少し浮かれてもよさそうなものなのに、整列した高校生たちは皆一様に戸惑いの表情を浮かべていた。
「どうした?」
それを見て、男性教師がにこやかな笑みを浮かべて訊ねる。生徒たちの戸惑いを予想していたかのようだった。
「間木田先生」
ひとりの男子生徒が手をあげた。
「なんだ、加賀見」
その生徒がなにを言うのかわかっているような口ぶりで、間木田と呼ばれた男性教師は返事をする。
「ネットにつながりません」
「そりゃそうだろ。無人島なんだから」
なんでもないことのように、間木田教諭はこたえる。
「でも……」
男子生徒――加賀見雷司は、口の中でもぞもぞと言いかけたが、あまりに平然と言われて、それ以上なにも言えなくなった。
ネットへの非接続状態。それは自己の社会的不参加を意味した。
ネットにつながらないというのが、なによりも生徒たちを不安にさせた。生まれたときからモバイルでネットに接続できる生徒たちにとってみれば、ネットは体の一部だった。
膨大なネットの情報がウェアラブルモバイルを通じて思考や体の状態までを評価しフィードバックされている状態が物心ついたころからの日常だった。
それがない。
不安になるのも無理なかった。
生徒たちは、船着き場から離れていく船を、置き去りにされた島流しの罪人のような目で見る。
「いいか――」
と間木田教諭は、覚悟を求めるかのように声を張り上げる。
「きみたちは自分で考え、自分で行動することに慣れていない。ネットに頼らず、みんなで力を合わせて、これからの三日間を乗り越えてくれたまえ。さ、テントの設営だ」
そうはいわれてもな……と加賀見雷司はつぶやく。
だれもが戸惑い、果たして教師の言うように乗り切れるのか、と疑問に思っていた。
☆
やるべきことは多かった。
なにしろサバイバル・キャンプなのだ。テントを設営し、飲料水や食べ物を用意しなくてはならない。貸し出されたリュックにはサバイバル用の道具が入っていたが、一切の食料はこの島で確保しなければならない。もたもたしていたら日が暮れる。
各自分担を決め、分担が決まったらそれぞれの仕事をどうやっていくかを決めて実行しなくてはならない。それなりに知識も必要だった。
しかしネットに接続できないため、生徒たちは先生の助言の元、協力しあって作業を進めていくしかなかった。入学式を終えて早々、同じクラスになったばかりでまだお互いのことがわかっていないのに、それはかなり高度な要求だった。
「加賀見くん」
石を積んでかまどを作っていた加賀見雷司に声をかけてきたのは、黒村理衣子だった。芯のしっかりした大人びた雰囲気で、同い年であるにもかかわらず少女という感じがしない。服装が同じ上下のジャージだというのに、この違いはなんだろう。
「食料の葉を採ってきたの。どう? いっぱいあるでしょ」
とカゴの中の葉を見せる。
雷司は葉をひとつつまみ、
「これはアシタバじゃないよ。似てるけどこれはハマウドだ。食べられない。ほら、切断面が白いだろ?」
そう言ってつまんだ葉をカゴの外へと放った。
「切断面が黄色いのがアシタバなんだよ。……わかった。食料集めを手伝うよ」
雷司は、いっしょにかまど作りをしている男子生徒に向かって言った。
「悪いけど、あとを頼む。食料集めを手伝ってくる」
同じクラスだが、話をしたのは今日が初めての算田という男子生徒は、おお、わかった、と愛想よく返した。
「かまどができたら、鍋を下げる木の棒を見つければいいんだな?」
と、段取りを確認する。
「うん。五、六センチほどの太さの、なるべくまっすぐなやつね。あと、たきぎも」
「わかった。やっとくから、食料集め頼む。そっちも大事だからな」
「まかしとけ」
黒村のあとについて、雷司はその場を離れた。
海岸から少し小高くなった低木の生える場所で、女子生徒たちが食べられる若葉をせっせと採取していた。一応、間木田教諭からどんな葉が食べられるのかのレクチャーを受けてはいたが、全員が初めてのこととあって判別に苦労している様子だった。持っていたカゴがなかなかいっぱいにならない生徒もいた。
海辺には海辺の食用植物が生えていた。アシタバ、ツルナ、ツワブキ、ハマダイコン……。この季節、残念ながら食べられそうな実はなっていない。
カゴを持って、雷司も指で葉をちぎっていく。刃物は使わず、柔らかい葉を選んで。
砂浜のほうに目を転ずると、何人かが貝をとっていた。
最初、魚を釣ろうなどと豪快なことを言う男子生徒がいたが、釣り道具はなく、そう簡単に食べられそうな魚が釣れるものではないし、よしんば釣ったとしても、全員にいきわたるほどの魚はとてもではないが釣れないだろうと指摘すると、テンションが下がって貝を捜すことになった。貝なら、荒らされていない浜なら、アサリなどの貝が採れることもある。
食料の確保も大事ながら、水の確保も重要だ。
持ってきた水はわずかだ。小さな島に、あるかどうかわからない川を捜して林に分け入るのはリスクが高かった。
浜辺の、海水を含んだ地面に穴を掘り、そこから太陽熱によって蒸発する水分を集める簡易的な給水装置をいくつも作っていた。三十人もの人間の飲料水を確保するには、夕方まで作りつづけることになるだろう。
黙々と葉集め作業していると、やがてカゴがいっぱいになる。雷司はかがめていた腰を伸ばし、手の甲で汗をぬぐうと、黒村がやってきた。
「たくさん採れたね。わたしなんか、どれを採ったらいいか、よくわからなくて」
彼女のカゴには、わかりやすい形状のツルナの葉などが入っていた。
慣れないと、葉の判断が難しいのである。
「でも、一日働いても、腹一杯にはなるほど集められないだろうな」
「わたしたちの祖先は、日がな一日、こうやって食料集めに明け暮れてたんでしょうね」
「いいかげん、やってられないから、農耕が発達したんだろう。――かまどの具合を見てくるよ」
雷司はさっきかまどを作っていた場所へと戻っていった。
かまども数基作られていた。それでも、いっぺんに三十人の食事ができるかどうか……。とはいっても、しかし、いっぺんにいろんな設備を作るわけにはいかない。労働する人数も三十人しかいないのだ。
「よお、おかえり。他のやつらはたきぎを集めに行ったぜ」
さっき雷司とかまど作りに専念していた算田が、六基目のかまどを組みながら言った。
「そうか。じゃあ、おれも集めてくるよ。そうだ、女子にも協力してもらおう。葉はだいぶ集まったみたいだから」
「貝のほうはどうだい? 葉っぱしか食べられないなんて、わびしすぎるもんな」
「あんまり期待しないほうがいいよ」
雷司は苦笑した。
植物の葉とちがって、砂のなかにもぐりこんでいるアサリを見つけるのは簡単ではない。アサリは完全に潮の引いた干潟ならまだしも、砂浜では難しい。
じゃ、またあとで、と雷司は今度はたきぎ集めに向かう。
黒村が待っていた。
「わたしもたきぎ集めを手伝うわ」
「それは助かる」
「どんなのを集めたらいい?」
「そうだな。生木は燃えにくいから、枯れた草や落ち葉とかがいい。できるだけ乾燥したもの」
「でもそれだけ足りる?」
「そうだな……」
雷司は天を仰いだ。
「生木でも、表面に傷をつけると空気と触れる面積が増えるから燃えやすくなる。適当なものが見つからなかったら、ナイフで枝を切り落として使おう」
「わかったわ。わたし、ほかに手の空いた生徒を呼んでくる」
灌木が生える一帯に入る直前、黒村は言って、去っていった。
☆
火をおこすライターがリュックにあったのが幸いだった。もしなければ、火なんか起こせない。木をこすりあわせればという知識はあったが、実際にやると素人では無理だ。
大きな鍋を火にかけ、沸騰させた海水に葉っぱと砂抜きしたアサリ貝を放り込んだ。
全員がそろってそれを食べるときには、すでに夕方になっていた。だれもが空腹だったが、育ち盛りの高校生が満腹なるほどの食べ物は行き渡らない。口々に不平を言う生徒がいたが、我慢してもらうしかなかった。
真水もじゅうぶんとは言えなかった。給水装置で作った水は、ひとりあたりコップ一杯程度。昼間の労働で汗をかいた身にはとてもではないが足りない。各自がもってきたペットボトルの水はもうほとんど飲み干してしまっていた。
疲労と不満で、とてもではないがキャンプを楽しむ雰囲気ではなかった。
「昼間はお疲れさま」
雷司が算田と二人して、沈みゆく夕日を見つつ塩味だけの葉と貝の味気ない食事をとっていると、黒村理衣子がとなりにすわった。
入学してからさして間もないこの時期、友だちと呼べるほど親しくなるにはだれもがまだ早かった。算田と同様、黒村とも今日、はじめて口を聞いた。
このオリエンテーションは友人を作る良い機会だと間木田教諭は言い、必要以上の指導はせずにいた。
「お疲れさま」
と雷司も返す。
「感心したわ。手際がよかったから」
他の人がいろんな作業で苦労しているのを横目に、雷司はテキパキとやるべきことを進めていた。
「そうなんだよ。たいしたもんだぜ」
算田も手放しで誉めていた。
「こういう知識があったからね……」
「それだけじゃないわ。ほかの人にもいろいろ教えてたじゃない」
複数の人数にそれぞれの役割を説明して、テントの設営をやってもらっていた。
「ネットにつながらないのは不安だけれど、知識を総動員すればなんとかなるさ」
「ほかのみんなはそれができないのよ。ネットがないとなにもわからない。でも加賀見くんはそれができる」
ネットに尋ねればすべてが解決する。だから「知識」というものはそれほど重要ではなくなっていた。ネットの情報を理解するのに必要な基礎知識を中学のはじめまで学び、その後は知識を詰め込むのではなく、ネットの情報を如何に早くつかみ構築していくかという点に重きを置いた教育がおこなわれていた。
「それはどうも……」
雷司はハマダイコンの葉をかじる。三日も食べていたら、飽きのきそうな味だった。
黒村理衣子は口の端を少し曲げて微笑する。そして、立ち上がると、
「明日も、よろしく頼むわ」
と言い残して去っていった。
「やった、ハマグリだ!」
と、無邪気に叫ぶ算田がうれしそうに大きな貝を木の枝の箸でつまんでみせた。
「残念。それはハマグリではなく、バカ貝かシオフキだ」
アサリに混じってい採れることがあり、味はいいが、アサリのように簡単には砂を吐いてくれないので、調理が面倒だった。
砂を噛んで、ぺっと吐き出す算田。悪態をついて、ほんの少しその場がなごんだ。
日が落ちると、電灯もないから急速に暗くなった。たきぎも燃え尽き、あとは眠るしかない。
設営されたテントに入って、雷司はすぐに気がついた。
「早朝は地面が冷たくなるから、防寒の対策がいるよ」
「なんだって?」
その一言で、いっせいに動き出す生徒たち。まだ明るさが残っているうちに、防寒の作業をした。あり合わせの材料を床に敷き、急場をしのぐ。
やがて夜が訪れた。電気もなく、たき火を消せば、星空と月明かりだけの暗い夜。
ふだんの夜ならば、ネットのトラフィックが増大する時間だったが、ネットにはつながらないから、みな、なにもすることがない。不安は流行病のように全員の覇気を奪い、疲れのせいもあって、日が暮れて間もなく生徒たちは眠りにつくしかなかった。
夜が明けても、もちろんその状況は変わりない。
早朝の朝礼で、教師は、起き抜けの生徒たちを前に、言った。
「みんな聞いてくれ。きのうは、これまで経験したことないキャンプをよくこなしてくれた。ネットと接続できないことによる不安はよくわかる。しかしきみたちはこれから社会に出て行くに当たって、大事なことを経験できないままでいることを先生は心配している。今や、すべての判断や知識をネットによって得て、如何に情報を早く的確に集めて判断するかのスキルが求められているが、昔は自分だけの判断でなにごとも決定していた。大勢に従う癖がついてしまうのは危険だと先生は感じている。今の教育は、そこを失っているような気がしてならない。先生は、きみたちが自分の考えで行動できる人間になることを期待している」
しかし、その言葉が生徒たちの心にどれだけ響いているものなのか――。
雷司にしても、なんだか演説めいた大げさな言葉をまともに受け取ってはいなかった。まるでよその国の話をしているかのような現実感を伴わない発言だった。
オリエンテーションが終われば、なにもかもまた元の環境に戻る――。だれもがそう考えていた。だからそれまでの辛抱だ。不満があっても帰ることはできないのだし、ここは穏便にして時間の経過を待っていよう――それが、覇気のない生徒たちの本音だった。
そして二日目が始まった。
多少慣れたとはいえ、生きるためのサバイバルともなれば、何事も知恵をしぼってやらなくてはならなかった。
きのうのうちに用意しておいた、朝露を集める仕掛けには、いくらか水がたまっていたので、それで喉をうるおすことができた。
まさしく原始人の生活である。「生きる」ということだけに、これだけの手間暇が必要なのかと思い知って改めて愕然とした。さして不自由もなく暮らせる現代の社会が恋しくてしかたなかった。
満ち足りた生活から比べれば不便このうえない環境。しかし生徒たちの一番の気がかりは、ネットに三日も接続しないことだった。
それは浦島太郎の気分だった。ネットの社会で常につながっていたのが強制的に遮断され、その間、情報が止まったままなのである。ネットの中はなにもかもがおそろしく早く流れる。自分だけが置いていかれているような気がして、やきもきしてしまうのだった。
早くネットにつながりたい――。
だれもがそのことばかり考えていた。
間木田教諭の図ったサバイバル訓練の効果など、たったひとりの生徒にも届いていなかった。
もっとも、間木田教諭にとってそれは最初から織り込み済みだった。そう簡単にネットまみれの脳が変わるわけはない。だが、少しでもそのキッカケとなれば、そして、一人でも、今は社会の危険性に気づいてくれるならば……。そういう思いでいた。
だからたとえ意図した結果につながらなくとも、間木田教諭にはそれは想定内だった。だが、この日、想定していなかったことが起こった。
船が接近してきているのに気がついたのは、女子生徒のひとりだった。
「船が来たわ!」
その声は、さざ波のように生徒たちに伝わっていき、ついには全員が仕事を放り出して船着き場へと殺到した。
「おい、待てよ!」
間木田教諭は不審に思う。迎えの船の来るのは明日である。
どうなっているのかと、間木田教諭も船着き場へと向かった。
すると、やって来る船はモーターボートで、それほど大きな船ではない。生徒全員が乗れるほどの船ではなかった。せいぜい十人ほどが乗れる程度の、デッキにキャビンが備えられたワークボートだった。
白い波を引きながら、白い船体のモーターボートは船着き場へと接近する。甲板には数人の見知らぬ男たちが立っていた。スーツを着ていたり、作業着を着ていたり、なんとなくものものしい雰囲気を発して。
生徒たちも、まだ帰れるわけではないと落胆した様子だった。
だが、とすると、いったいなんだろう……。
こんな無人島に用があるとは考えられないし、では生徒たちに用があるのかといえば、だれにも心当たりがない。
船が接岸すると、男たちが飛び降り、作業服を着た一人がロープで船をもやいでいると、残りの数人が生徒たちのほうへ近づいてきた。
生徒たちが道を空ける。
間木田教諭が前へ出て、なにか言おうとすると、男の一人がスーツの上着の内ポケットから出したものを提示して、
「思想警察の者です。間木田さんには逮捕状が出ています。ご同行願いますか?」
と低い声で言うのだった。警察手帳だった。
その男の隣で、もう一人が一枚の紙を広げる。こっちは逮捕状である。
「国家転覆思想罪の容疑がかけられています」
生徒たちがざわつく。
間木田教諭の顔がひきゆがんだ。
「どういうことですか? なにかの間違いでは?」
警察手帳をしまい、男は苦笑した。切れ長の目が鋭く眼光を放っていた。
「この状況でなおシラを切りますか? 現行犯でもじゅうぶん逮捕できるんですよ」
そして、周囲の生徒たちに視線を走らせる。
「生徒のみなさん、まもなく帰りの船が到着します。それで、この理不尽な扱いから解放されます。どうか安心してください」
「先生はどうなるんですか?」
聞いたのは雷司だった。
思想警察の刑事は雷司を見る。口元に微笑をたたえていたが、その表情の急変ぶりは背筋が寒くなるほどだった。
刑事は雷司だけでなく、生徒全員に向かって宣言した。
「残念ながら、みなさんといっしょに帰ることはありません。我々も非常に心苦しいのですが、今後、みなさんが間木田容疑者と会うことはないかもしれません。ここでみなさんが間木田容疑者にあじあわされた苦痛は、それぐらいの高い代償なのです」
しかし、とまるで選挙演説のように言葉を切り、
「もう、みなさんに危険が及ぶことはありません。みなさんは責任を持って、我々が学校まで無事に送ります」
その間、後ろに控えていた二人のスーツの男が、間木田教諭を両側から拘束した。
「ご同行願います」
と、短く、しかし有無を言わさぬ口調で。
間木田教諭は抵抗しなかった。
間木田教諭が船に乗せられていくのを、生徒たちは黙って見ているしかなかった。一様にショックを受けて、呆然と。
しかし間木田教諭は無言で、生徒たちに言葉を残したりはしなかった。それは、自分が無実であるとの自信があるせいなのか、それとも、覚悟を決めてのことなのなのか……。
だれかが、「先生」と、声をかけた。
間木田教諭は一度振り向くと、そのままモーターボートのキャビンへと押し込まれていった。
それから、笑顔を見せながらスーツの男は言うのだった。
「生徒の皆さん、ここで我々が来たことなど、ここでの一切は、口外してはいけません。秘匿義務が生じているからです。くれぐれも、だれにも、家族にさえも話さないように。友だちどうしでも、その話題は避けてください。もし話した場合、我々はあなたがたを逮捕しなければいけなくなるかもしれません」
エンジン音も軽やかに、モーターボートが船着き場を離れてゆく。
しゃがみ込んですすり泣く女子生徒、見えなくなるまでモーターボートを見つめつづける男子生徒。突然の出来事にどうしてよいかわからず、だれひとり、その場から動けないでいた。
国家転覆思想罪。
雷司はそれを口の中でつぶやいた。それがどんな罪なのかはぼんやりとしてわからない。だが巨大な力がこの世を支配しているのをまざまざと見せつけられ、息苦しさを覚えた。
その雷司を、少し離れたところから見つめるのは、黒村理衣子だった。
一時間後、帰りの船が現れた。
こうして、三日におよぶオリエンテーションはあと一日を残して強制終了したのだった。