短編 鎖に縛られた子ども
子どもは何のために生まれてくるのだろうか。何を思って神は子どもを創ったのだろうか。
全ての始まりは50年前、この世界に隕石が落ちてきた年。一人の生後1分にも満たない赤子が起こした事件…… この子どもは牙を生やし、産声をあげるとともに親を殺した。
その事件以来、牙を生やした子どもが生まれ出した。牙を持つ子どもは”ファング”と呼ばれ、自分たちの中にある”陽因子”と”陰因子”を練り合わせることで、人間とはかけ離れた身体能力を発揮することができる、異能力を持っていた。
生まれたのは異能の子どもだけではない。それまで存在しなかった生物。食崩と呼ばれるそれらは人型から巨大な獣型など多種多様な姿をしていて、人間から自分たちが進化するための新たな因子を取り込むために殺し続けた。
だが人間は、はるかに優れているそれらに屈服しなかった。
異能力を持つ牙の子ども。 大人たちは同じ時期に誕生した子どもたちの能力を利用して戦うことで、生き続けていた。でも……戦う子どもたちは皆、大人になるのを待たずに死んで行った。
「たった10歳で初任務ってどういうことだよ。普通15からだろ……」
深い森の中、そんな言葉を呟いたのは黒い髪に黒い目、黒の戦闘服に身を包んだ背に剣を背負っている真っ黒な少年だった。
「俺は”ゼロ”が羨ましいよ。それだけ大人に頼られてるってことだろ? 『今までのファングの中でお前ほどのやつはいない』って言われてるし」
「ロウ、あまり言わないでくれ」
そう言われると、ゼロと呼ばれたその少年は短い茶髪で茶色の目のロウと言う少し年上の少年を睨んだ。
「そう睨むなよ。陽因子と陰因子の基本量が俺らは5万ずつぐらいなのにお前は20万。それだけ身体能力を上げることができるんだ。強いことは頼られること
、良いことじゃないか」
ファングの強さは因子の数に比例する。一般のファングより4倍の因子を持つゼロは天才と呼ばれ、大人たちに頼られた。ゼロも頼られることは嫌いじゃない。そのために生まれてきたのだから。だが、子どもに頼る大人とはなんなのだろうか、大人になったら頼らねばならないほどに弱く、この力を失うのだろうか。そんな疑問が頭に浮かんだ。
「でも、食崩って因子が多いやつほどよく狙うんだろ。初任務で殺されるとか笑える」
「俺もいるんだ。守ってやるし食われる時は一緒に食崩の皿に乗ろうぜ」
乾いた笑いをするゼロに穏やかな笑顔で冗談を言っていたロウの表情が変わった。
「見つけた、あいつがお前の最初のターゲット。サイズレベルは俺らをより数倍デカイから6ってとこか、ここを通ったファング達は皆通信が途絶えたらしいけど……普通のと変わらないぞ」
木の陰に隠れ、ロウがそれを説明してくれるが初めて戦うゼロにはよく分からない。
「俺が前に出て戦う、お前は周囲の警戒とサポートすることが仕事だ」
『安心しろ』とでも言うような顔をして、肩を叩いてくれた。その時、
「危ねぇ!」
と叫び、肩を叩いてくれてた手が俺を突き飛ばした。
ゼロのいた場所には、500mは離れていたはずなのに一瞬で迫ってきて、ゼロの方を見つめながら牙の生えた口でニィっと笑うバケモノがいた。
そのバケモノは身長165cmのゼロの何倍も大きく、黒い仮面を被ったような顔に二つの青い目と牙の生えた大きな口、頭には金色の髪のようなものも見えた。
だが、恐ろしいのは顔だけではない。
広い肩から伸びる関節の分からない足まである細くて長い腕、その先についているのは顔より大きな手。足も同じような形で、まるで黒い鎧を着ているような姿だった。
「キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」
気持ちを小さくして不安にさせるような鳴き声をしたバケモノは、足がすくんで動けないゼロに手を伸ばした。まるで、皿の上に置かれた料理に手を伸ばすかのように……
「死ねぇぇ!」
ロウが叫びながら剣で切り掛かり右腕を切断した後、練られた因子を込めた蹴りでバケモノを蹴り飛ばした。
「立てるな、因子は練れるか?流石に練らずに勝てるほど甘くないぞ」
冗談を言っていたようなロウは消え、代わりに初めて見る大真面目な顔。その顔を見た瞬間に『これは一瞬でも気を抜いたら死ぬ』と言うことを理解した。
ゼロは倒れたバケモノを見つめ、ほんの少しでも動いた時一瞬で反応できるように全神経を集中させて、体の中を流れる二つの因子を一つに合わせた。
「キヒッキヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」
不快な鳴き声をしているバケモノは切られた部分から腕を再生させ、ゼロに飛びかかった。
「お前は俺に殺されるんだよぉっ!」
ゼロが攻撃しようとした時、ロウが前に飛び出して剣を振り下ろした。剣はバケモノの顔を真っ二つに裂き、殺した……ように見えた。
バケモノは剣を確認すると切られるギリギリ、鋭い爪の生えた指で刃をつまみ、岩ですら砕きかねない力でロウを叩き飛ばした。
木に勢いよくぶつかったロウは、口から血を吐き、意識を失ったのか動かなくなった。
「キヒヒヒヒイタキヒヒダキヒヒヒヒヒマスヒヒヒヒヒヒ」
ゼロは血の気がスゥっと引いた。確かに今、バケモノが『いただきます』と、喋った。知識のないはずの食崩が、だ。つまり今バケモノはゼロに『絶対に殺せる』と言ったのだ。 それだけ、余裕だと言うこと。
「舐めんじゃねぇよ。俺がお前を捌いてやる」
ゼロは背中から長い剣を抜き、目の前のバケモノを殺すことだけを考え、剣を振った。
やつは強かった。全ての攻撃を遊ぶように紙一重でかわし、少しでも隙ができるとロウを吹き飛ばしたようなパンチが飛んでくる。ロウのことで頭に血が上っていたゼロの攻撃は見切りやすかっただろう。だから負けた。
「キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」
この声は鳴き声でないのだと、ゼロは気づいた。笑っているのだ。
剣は折れ、痛くはないが両腕の骨も砕けているようだ。少しも動くことができない。
やつはゼロの顔と足を掴んで地面から拾い上げると、不気味な笑いを見せている大きな口から生えている、俺たちと同じ……いや、それ以上の鋭い牙でゼロ
の腹を噛んだ。
血は出ているが全く痛くない。でも、力がどんどん抜けていく。
「ただ食われてるだけだと思ってんじゃねぇぞ」
ゼロはほとんど出ていないような小さな声で腹を噛んでるバケモノに言うと、顔を掴んでるバケモノの手を噛みちぎるぐらい強く噛み付いた。
それと同時、
「離せぇぇ!」
と、叫んでロウがバケモノの手を切りつけてゼロを助けてくれた。
すると、ロウの攻撃が効いたのかどうかはよく分からないが、バケモノは長い腕でゼロたちを薙ぎ払うように攻撃すると、砂埃に紛れて逃げた。
「ふぅ」
ロウが一息着くと、全身の力が抜けたようにばたりと地面に倒れた。
彼の背中は木にぶつかったせいか枝が背中全体に刺さり肉が裂け、血だらけだった。それを見ると、ゼロも腕の骨が折れていることを思い出し、鈍い痛みが広がった。
「俺はなぁ……多分もう無理だ……置いていってくれよ」
ロウが肩から血を吐きながら掠れた声で言った。衝撃で内臓も壊れたところがあるのだろう。
「さっきは大声で助けてくれただろ。待てよ、担いでいってやるから」
ゼロはロウを担ごうとしたが、折れて曲がった腕では力がほとんど入らず持つことができなかった。
「やめとけ……俺は食崩を全部で100匹くらいしか殺せなかったけどよ……中には強いのもいたから役に立てたと思うんだ……だからもう良いんだよ。それに、あんなつまんねぇ場所で死ぬよりよ、こんなにいろんなものがある自然の中で死にたい。だから、置いていってくれ」
ロウが笑顔でそう言うと、ゼロは立ち上がった。
「ありがとう」
ロウに礼を言ったゼロの顔には、涙が溢れていた。
「初任務にしてはお前すげぇよかったよ」
元来た道を引き返すゼロに最後、そう声をかけるとロウは二度と喋らなかった。
「一緒に皿の上には乗れなかったな」
要塞に戻ると、治療の後に様々な検査を受けさせられた。骨が折れた程度なら因子を練ればすぐ治せるはずなのにそのままだったからだ。
そして、とても大きな以上が二つ見つかった。
『陰因子しか存在せず、陽因子が完全に消えていた』『陰因子の働きが以上なほど活発になっていた』と言うことだった。
片方の因子しかないと練ることができず、身体能力の強化ができなくなる。これの理由は食崩に食われたからだとすぐに分かった。だが、活発になった理由は全くわからない。
謎はそれだけじゃなかった。喋ったり、因子を片方だけ食い尽くす食崩は、今まで確認されたことがないのだ。食崩も陰と陽の因子を使って身体強化をしている。だから、人間を狙って因子の数を増やそうとする。ゼロの以上に多い因子を片方だけ食い尽くすのはバランスが崩れるだけだ。
要塞に帰って治療した結果と、ゼロが報告した食崩のデータについて大人たちが話し合った。
ロウのことは一言も話されなかった。ただの道具なのだ。
一ヶ月後、ゼロに命令が下りた。食崩と戦う力に至らない役立たずのファングたちは皆、普通の人とは隔離された街である牢獄と呼ばれる場所に送られる。だから自分もそうなるだろうと予想していたゼロだったが、大人たちが下した命令は戦うファングたちを育てる飼育場に戻されることだった。
理由は「早すぎた」と、それだけだった。
飼育場には同期の仲が良かった友人がいる。飼育場に戻されることになったゼロは、それを考えて心を安らかにしようとした。でも、ロウを死なせてしまったという事がゼロの心に鎖を付け、安らぎを与えず縛り続けていた……
誰かが死んで、一番してはいけないこと。それはその人を忘れてしまうこと。そして二番目は、『自分のせいだ』と思いつめ、自分や、その人の想いを殺してしまうこと。
長編にもしようと思います。