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セーフティネット

寝食も忘れてネットにのめり込み、結果として自分はおろか自分の子まで命の危機に曝した愚かな母親、釈埴愛良(しゃくじきあいら)については、入院後一週間が経っても意識が戻らなかったが、彼女の長男である漣吾(れんご)については順調に回復し、母親を残し退院することになった。当初の予定通り、<もえぎ園>で保護することとなる。


それについては何の心配もしてなかったが、問題は釈埴愛良の今後だ。今回の件で彼女は親として決定的に適性を欠いてることが露呈し、息子とは切り離されることになるだろう。<もえぎ園>の園長、宿角蓮華(すくすみれんげ)の剣幕は想像通りで、本人が受け入れなければ裁判で親権停止を求めるとまで言い出しているそうだ。


「あの人らしいや……」


戸野上は、自らの探偵事務所の部屋で書類に目を通しながらそう言って苦笑いを浮かべていた。


ただ、戸野上は釈埴愛良のことで少し気になっていることがあった。実は彼女は書類上ではまだ結婚しており、当然、夫がいるのだが、その夫の所在が現在、掴めていないのである。


『女房子供をほっぽりだしてる時点でお察しだが、取り敢えずこいつにも責任は負ってもらわなきゃいけないだろうな』


子供は一人では作れない。子供をこの世に送り出したもう一人の当事者として、責任は負わなきゃいけないのだ。


釈埴愛良の書類上の現住所はあのアパートではなく、市内のある借家ということになっている。そこには現在は別の人物が住んでおり夫もそこにはいないのだが、夫の住民票もまた、その借家のままになっていた。


転居したにも拘らず住民票を移動しないのは、科料もある不法行為なのだが、この釈埴夫妻の件もこれに当たるだろう。一時的な別居などであればそこまで言われないにしても、夫婦揃って転居してしかも全く無関係な他人がそこに住んでるとなれば、近々、役所による職権削除で本当の意味で<住所不定>となってしまう。


現時点でも既に児童手当すら受け取っている様子がない状態なので、それこそ完全に公的なセーフティネットから外れてしまうだろう。


税金を逃れたいとか保険料を払いたくないとか、そういうことを言ってこのようなことをしてると本来受けられる筈のセーフティーネットからすら外れてしまってかえって自分を追い詰めることになる。収入が少なく生活もままならないとなれば税金についても保険料についても相談に乗ってくれる。生活保護とまでは言わないにしても、受けられる扶助や支援というのはあるのだ。


ちなみに、このセーフティーネットは子供がいるかいないかは関係ない。子供がいれば『子供本人に対する扶助や支援が発生する』だけでしかない。貧困にあえいでいる単身者も、国や行政に文句を言う前に、自分からまず動くべきだろう。


もっとも、


「自分の趣味に収入の殆どを費やしている為に生活に困ってる」


とか言う場合には、担当職員に眉を顰められるくらいのことは覚悟するべきだろうが。



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