探偵
男は、いわゆる<探偵>だった。と言っても、普段は事務所で部下の探偵の指揮をしているだけで、自ら出向くことはあまりないが。
しかし今回は、他が全員出払っていて手がなかったことで、彼もこうやって出張ることになってしまったのだった。
彼の名前は戸野上威。自ら立ち上げた<戸野上探偵事務所>の所長である。
年齢非公表。と言っても、知ってる人間は知ってるので、あまり意味はないだろうが、一応はまだ四十には少し時間があるとだけ言っておこう。
シュッとした印象はありつつ、身長は一七五センチと決して大柄とまではいかないものの、仕事柄、張り込みなどをすることもあるのでむしろ目立たないことが望まれている。しかしその体はしっかりと作り込まれ、服を脱ぐと否が応でも目立ってしまうのでそれが目下の悩みである。が、いざという時に頼れるのはやはり自分自身のみなので、そういう意味では鍛えずにはいられないのだ。
顔立ちや髪型も、良くも悪くも目立たない、敢えて特徴らしい特徴を消した地味な印象だった。だから余計に、引き締まった体とのギャップに驚かれることもある。
特に女性などには。
敢えて弱みなどを作らないようにする為、結婚はしていないし、特定の女性とも交際はしていない。女性に触れたくなれば金を払ってそういう店に行くか、その場限りの行きずりの相手と一夜を共にし、後腐れなく別れるだけだった。
そんな彼が今、目の前にしているのは、化粧っ気もなくよれよれのジャージに身を包んだ、若い筈にも拘らずくたびれた印象のある女だった。その腕には、恐らく一歳くらいの赤ん坊が抱かれている。
彼と女がいるその部屋は、女の自宅アパートだった。日用品や衣類などが雑然と置かれたそれは、いわゆる<汚部屋>だっただろう。女は、赤ん坊の父親に逃げられて一人で子供を育てているところだった。そして今回の彼の<仕事>は、女の親族から彼女と子供の生活状況を確認し、もし虐待などの兆候が見られるようなら伝えてほしいというものだった。場合によっては児童相談所などに介入してもらい、母親と子供を引き離して<事件>を未然に防ぎたいということだった。
しかし、女の様子を見て彼は思った。
『まあ、大丈夫そうだな…』
こんな、ロクに整理整頓もされていない部屋で子供を育てていて『大丈夫そう』とはどういうことか?と思うかもしれないが、彼が見ていたのは、あくまで子供を見る母親の表情や仕草だったのである。母親がどれだけ赤ん坊に対して意識を向けているか、それだけだったのだ。そしてそういう意味では、この母親は十分に子供を大切にしているのが察せられたということであった。




