伸びない両腕
宿角健雅の次男、宿角健臣を<もえぎ園>の方で保護するという交渉は、なかなか進展しなかった。先方が完全に不審がってしまって交渉そのものが成立しなかったのだ。
健雅の方は捜査が手間取っているらしくそちらも進展しない為に施設の方で保護されているからまあその点では心配要らないだろうし、あまりしつこく押してはむしろ逆効果だと考え、しばらく様子を見ることになった。
その間にも、牧内不動に里子として保護してもらっていた石田葵にようやく養親が見付かり、養子縁組を経て晴れて川上葵という新しい名を得て人生の再スタートを切ることになった。
牧内夫妻は葵をずっと預かる覚悟も決めていたことで少し残念がったものの、やはり養子とはいえきちんと<その家の子>として生きられるのならそれに越したことはないので、笑顔で見送ることとなった。またそのすぐ後で今度は、間倉井好羽の息子の藤田健人の養親も見付かり、島本健人という名を得て、こちらも新しいスタートを切ることになった。
<もえぎ園>としても今後もサポートを行いつつ、見守っていくことになる。
その一方で、<もえぎ園>にも現在、保護されている子供達はいる。その子達はいろいろな事情があり、専門知識やスキルを持たない一般の養親では養育が難しいとされている子供達が主だった。
その殆どが、虐待の被害者である。それが故に他人と上手く関わることができなかったり攻撃的であったり、<試し行動>が酷くて扱いが難しいのだ。トランスセクシュアルが原因で家族から虐げられていた守縫久人もこれに含まれる。彼の場合は年齢が高く、しかも思春期かつトランスセクシュアルという事情があって、さすがにこれに対処できる養親となると見付けるのは困難であった。
まあ彼については若干特殊な例にしても、物心がつく頃まで虐待を受け続けた子供達の心の傷は非常に深く、かつ対処が難しく、苛烈な<試し行動>を行う子もいるので養親が見付からないままに<もえぎ園>での保護を続けている状態である。
だから十八歳になるまで園で過ごした卒園者達も、そういう過去を持つ者達であった。
そして、戸野上探偵事務所を経営する戸野上威も、その一人である。そういうこともあって、彼は児童虐待が絡む案件については特に熱心に扱っていたと言えるだろう。
スーツを着ていると分かりにくいが、彼の両腕は肘の関節が真っ直ぐに伸びない。本人はまっすぐに伸ばしているつもりなのだが、僅かに曲がったままなのだ。これは、虐待によって両腕を骨折した影響なのだった。




