宿角健雅
その日、宿角蓮華は新聞を読みながら浮かない顔をしていた。
「どうなさったんですか?」
千堂京香が問い掛ける。
すると蓮華は、「はぁ…」と溜息を吐きながらこぼした。
「なんかね、自分が情けなくなるのよ…。他人には偉そうに言っておきながら、自分の身内のこともちゃんとできない自分にね……」
悲しそうな目で紙面を見詰める彼女の視線の先にあったのは、ある小さな記事だった。そこには、二歳の次男の頭を拳で数回殴り、頭蓋骨骨折の重傷を負わせた父親が暴行傷害の容疑で逮捕されたという内容の。
そしてそこに書かれた父親の名は、宿角健雅。蓮華の曽祖父の兄の曾孫に当たる人物だった。
次男の頭を殴った動機について宿角健雅は、『躾のつもりだった。態度を改めないので腹が立った』と供述してるという。
蓮華から新聞を受け取って記事を読んだ京香も、辛そうに眉をしかめた。
「園長の親戚にあたる方なのに、どうしてこんな……」
そうこぼす京香に対し、蓮華は椅子の背もたれに体を預け、腕を組みながら苦々しく言った。
「いくらこっちが手を差し伸べようとしても、相手が逃げればどうにもできないってことよ……
健雅の曽祖父はね、弟である私の曽祖父に家督を奪われたと恨んでたそうなの。ただ、それにはもちろん理由があった。健雅の曽祖父は人を人とも思わない人間だった。それを先代に疎まれて家を追い出されたんだけど、今なら分かる。それがそもそもの間違いだったんだって。
家を追い出したはいいけど、健雅の曽祖父は行く先々でトラブルを起こしては多くの人を傷付けた。宿角家とは何の縁もゆかりもない無関係な人をね……
自分達にとって邪魔だからってただ追い出して、自分達だけは平穏を得て、他人に災禍を押し付けたのよ。
私は、それを大きな過ちだと思ってる……祖先が犯した大きな過ちだってね。
祖母も母も八方手を尽くしたけど、向こうは私達の干渉を嫌がって逃げ回り、それこそ根無し草のような生き方をするようになった。他人に寄生して財産を貪って、食い尽くしたとなれば次を探すみたいな。
まったく……とんでもない怪物を野に放ってくれたものだと思うわ……
こんな風に他人様を苦しめるぐらいなら、そのまま宿角家に封じ込めておいて共倒れするべきだったとさえ思う。
私はね、祖先の尻拭いをしなきゃいけないと思ってるの……
でも、彼らはよっぽど私達が嫌いなんでしょうね。不思議と私達のネットワークから外れたところに居着くのよ。
大した嗅覚ね……」




