辻堂緋翔
辻堂緋翔は、命の危機に曝されていた。
このゴミだらけの部屋に置き去りにされて既に一週間。水だけはペットボトルに残っていたものを飲んでいたが、蛇口からは出ず、食べ物はそれこそ何一つなかった。だから彼は、雑誌のページを破り取ってそれを口に含み、何度も何度も何度も何度も噛み締めてドロドロに溶けたところで飲み下した。そうやって飢えをしのいだ。
もう、体は満足に動かない。大小便は漏れ出るに任せたまま。最初は痒みや痛みもあったが、それももう感じなくなっていた。目もよく見えず、耳もよく聞こえない。ずっと同じ姿勢だったことで痛みがあったのも、同じくもう感じない状態だった。
そう、彼の命は消えかかっていたのだ。ゆっくりと、しかし確実に。
どうしてこんなことになってしまったのか、彼には分からなかった。無理もない。彼はまだ僅か三歳の幼い子供だったのだから。
以前は、父親が一緒にいた筈だった。なのにその姿は今はない。
彼は家から出ることを固く禁じられていた。出ようとすれば厳しく折檻された。だから彼には家から出て助けを求めようという発想がなかった。帰ってこない父親を待って、待って、ただ待った。
そして気付けばこうやって動くこともままならなくなっていた。
彼の命は明らかにもう長くなかった。早ければ数時間、遅くとも明日明後日くらいまでには燃え尽きるだろうというのが、素人目にも分かるほどだった。目は落ちくぼんで光はなく、肌は粉が吹くほどに渇き、そもそも生きているように見えないほどだった。燃え尽きた灰の中で僅かに埋もれ火が残っている状態だったのかもしれない。
だがその時、ベランダの方に人の気配があった。何者かがベランダの柵を乗り越えて窓のところに立ち、ガラスにテープを貼り付けてそして固く尖ったものでそこを叩いた。ガラスはひび割れたがテープが貼ってあったことで大きな音は出なかった。そしてテープをはがすと手が通る程の穴が開いた。そこから手を差し入れて窓の錠を開ける。
もうここまでくれば間違いない。空き巣だ。
ニット帽を目深にかぶった、痩せた男だった。十代後半にも見えるし、三十代と言われてもそうかなと思える、作業服姿の男。そいつは部屋を見るなり、「げ…」と小さく声を上げた。
「こりゃハズレだな…」
呟いたその声からは落胆の色が窺えた。とても金目のものとかがありそうに見えなかったからだ。だからこんなところに長居は無用と背を向けようとした男の耳に何かの物音が聞こえた。男の体がビクッと撥ねる。微かではあったがそれは確かに人の声だったからだ。
「……パパ……」
消え入りそうなその声は、間違いなくそう言っていた。
思わず振り返った男の視線の先に、床に寝た状態で彼を見る目と視線が合ってしまった。だが男はそれを振り切るようにしてベランダから出て行ってしまった。
それから一時間も立たないうちにサイレンを鳴らしたパトカーが来て、破られたベランダの窓を確認、そこから部屋に入り、床に倒れている辻堂緋翔を発見。命の火が消える寸前で彼は保護されたのだった。




